第 参拾参 輪【姉の心 弟知らず】

 どぎまぎする青葉を不思議そうに見る。


 複数の疑問符が頭上に出たのか「どうしたの?まるで……」と、首をかしげ言った。


 悟られまいと全力で首を横に振り「ううん、何でもないから気にしないでっ! はははっ」


 自分なりに考えた気遣いと、下手な笑いで誤魔化す。


「ん~、〝気にしないで〟と言われれば、気になっちゃうんだけど……本当~に教えてくれないの?」


 思わず吸い込まれそうな無垢なる瞳。

 意図せずとも自然に誘導をする声。


〝分かっているが故なのか〟、はたまた純粋に答えが知りたいのか、真実見えぬまま鼻先ほどまで迫る。


 青葉は、妙な汗が頬を伝い声が出せずにいた。


 かわく瞳に対して瞬き1つと出来ず、考えた末に咄嗟の判断で視線を逸らす。


(お姉ちゃんには、嘘が通じないのは分かるけど、それでも


「ありゃりゃ~」と、筈なのに、今日に限って通じなかったのを残念がっている様子。


 けれども尚、諦めきれずに顔を覗き込む。


 思わず瞳同士が合う――否、青葉は


 ぼやけて見えた〝それ〟に対して、眼をすぼめて確認。


「あれって?……。もしかして――」


 祖父が座る椅子の足辺りに、若葉色の巾着が落ちている。


 〝はっ〟として気が付き、大袈裟に指を差しながら浜悠の耳元近くで叫ぶ。


「お姉ちゃん大変だよ!! お祖父ちゃん、〝大事な薬〟忘れてるじゃん!!」


「~うるさっ!」と、思わず両耳を塞ぎながら、苦虫を噛み潰したような顔をしたのも束の間。


 巾着を握り締めた青葉が小刻みに足を動かす。


「早く早くぅ!!。 届けにいくよ!」


「あっ、ちょっ待って――」


 手を勢い良く引かれ、転けそうになりながらも外へと連れ出される。


 玄関の戸を力強く開ける青葉、すかさず閉める浜悠。


 村長宅から小道を駆ける間に、互いに言葉は交えなかった。


 それでも、風を切りながら走る弟の逞しくなった背中を、姉として微笑みながら眺める浜悠。


(私は、あんまり一緒に居てあげられないけど……立派に成長したじゃない、良いこと良いこと!)


 ついこの間まで、初めて抱っこしてたばかりなのに。

 ついこの間まで、初めて掴み立ちしてたばかりなのに。

 ついこの間まで、初めて言葉を話してたばかりなのに。


 そんな泣き虫だった弟が


 走馬灯の様に脳裏を思い出達が次々と巡り、「また、お父さん達に報告しなきゃね……」と、小さく呟く。


 内なる声は誰の耳に届かなくとも、きっと伝わる時がくる。


 ――そう、切に願う浜悠なのでした。


 しんみりと弟の成長を感じるのも束の間、村の会合場所と言われる母屋おもやへ数分程で着く。


 外からでも聞こえる音は、閉めきった窓や戸から漏れ出た笑い声だった。


「お祖父ちゃんの所に着いたねお姉ちゃん!?久し振りにみんなに会いに行こうよ!」


 無邪気な悪戯っ子の笑顔で八重歯を見せる。


「はぁはぁ……。記憶の中で〝思い出し溺愛〟してたら、


 手に残る温もりと仄かな香りを堪能しながら、ようやく呼吸を整えた浜悠。


 2人は玄関口に散らかる大量の履き物を避けながら、靴棚へきちんと揃えてから中へと入る。


 青葉に連れられた廊下で、古くから付き合いがある人達とすれ違う。


「お久しぶりです。こんにちわ」と、会釈を交えた挨拶をすれば、幼い頃からの顔馴染みと言う事もあり、ちょっとした世間話もした。


「あら……珍しく2人揃ってちゃって、しばらく振りじゃないかしら~。浜悠ちゃんは、いつも私たちのためにありがとうねぇ」


「おうっ!! 2人とも大きくなったな。仲良く手を繋いで何処へ行くんだい?」


 両親亡き後も面倒を見てくれた人達も少なからずいる。


 成長した浜悠が〝花の守り人〟になっても、分けへだてなく接してくれる数少ない存在だ。


 そうした裏表のない声は、村人達の中でも微々たる物でしかない。


「おじさん達、元気そうでよかったね。ちょっとだけ、お酒の匂いがしたけど……」


「うん!。 〝村の会合〟って奴の時はいつもそうだよ?」


 互いに顔を見合せながら言うと、青葉が広間の襖を開けた。


 そこには酒盛りをする村の有力者達が向かい合いながら談笑し、奥には村長である祖父の姿が見えた。


 先程の賑やかな雰囲気とは打って変わって、手や口が止まり一瞬にして静まり返る。


〝歓迎〟とは言えない空気感の中で、みなが刀を背負った浜悠に目が釘付けの様子。


 数秒後、何事も無かったかの様に時が動き出すと、浜悠達に気が付いた祖父が手招きで呼んでいる。


「お祖父ちゃん~薬持ってきたよ!」

 薬入りの巾着をこれでもかと振り回す青葉。


 祖父の元へ人の間を縫うようにして歩く。


 賑やかな声の中から耳へ届く大半は、皮肉や心無い発言の類いばかりだった。


「皆~、大層な御身分の〝花の守り人様〟がお通りだぞ。道を開けろ開けろ!」


「まぁっ、2。 青葉君も男の子何だから、たまには1人で歩きなさいよ?」


 命をさず守られているが故のに、苛立ちながら聞き耳を立てる青葉。


 「いつもの事だから気にしないで。ああいう人達には、勝手に言わせておけばいいの。構ってたら疲れちゃうから」


 耳元で小声で呟き、浜悠は凛とした態度で気にも止めていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る