第 参拾弐 輪【一つ一つが大事な選択肢】
姉からのちょっかい防止のため、窓につっかえ棒をして再び火起こしに励む。
(まぁ……こんな簡単な方法じゃ、あの性格上諦めないだろうけどね)
簡易的に風呂場へ封印してから、
それでも頑なに無視をすると、大人しく入浴したみたいで、気分の良い鼻唄が鳴り始める。
(やっと諦めた。1人の時間くらい大切にしたらいいのに)
十数分ほどで音が止み、頃合いを見て室内へと行く。
「はぁ、熱かったな~。おいらも後で入らないとな」
やる気のない弟の声に気付いた浜悠。
足を組みながら椅子に座り、その背には肌身離さず〝
「
およそ、
(悲しいけど、何を言ってるか分かっちゃうのが〝姉弟〟なんだよね……)
青葉は理解できる自分を
「やれやれ」と、冷ややかな視線を送る。
そんな事は上の空、手慣れた様子で髪を掻き上げ頭上で結う浜悠。
まるで雨粒流す傘の様に、美しく白い毛先が垂れ下がる。
今度は、はっきりと感謝を口に出す。
「お疲れ様、青葉。お陰様で綺麗さっぱり、剥きたてゆで卵みたいな肌になったよっ! どうっ?触ってみる!?ほれほれ~」
自慢げに頬を前へと突きだす。
どこか、子どもっぽさが残る茶目っ気たっぷりの姉の姿。
(お姉ちゃんは、黙ってれば整った顔付きしてるし――)
〝花の守り人〟としての姿よりも、飾り気のない今の方が素直に心から〝綺麗〟だと思える青葉。
異性としての意識ではなく、〝純粋〟に
誰かのために刀を握っているとは言え、どんなに大人びても浜悠は年頃の乙女だ。
少しばかり見た目に気を使っても、可笑しくはない。
それが、自然かつ誰しもに与えられた在るべき姿だ。
「何、何~? そんなに見つめてたら照れちゃうなぁ……」
体を左右に揺らし、照れて見せる浜悠。
両手で顔を覆いつつも隙間からは、大粒の瞳が分かりやすく覗く。
まだ未熟で幼い五感ながらも、姉が持つ一種の才能を理解していた。
不平等な〝特別性〟ではなく、ただ単純な答え。
誰もが生まれながらに持ち知らぬ間に汚れては失う物――それは、人としての〝心の純粋〟さの違いからだ。
思わず息を呑む程の
自然が奏でる音色の様に聞き惚れてしまう心地よい声。
いくら駄々を
記憶の片隅にある母の面影を
誰彼構わずに世話を焼き、とても面倒見の良い人柄。
弟から見ても、何れをとっても自慢の姉だった。
目の前でからかう浜悠に対して、突拍子もない事を青葉が呟く。
「お姉ちゃんはさ。もし、おいらが〝植魔虫〟に喰われちゃったらどうするの?」
常日頃から思っていた疑問だった。
人がどんなに抗っても、運命や自然の摂理には逆らえない。
驚きながらも一瞬だけ動きが止まり、笑みをした浜悠は即答した。
確かな〝希望〟と〝意思〟を乗せて――
「そんな事は〝絶対〟にさせないよ? どこにいても、たとえ世界の裏側にいても必ず助けに行くから」
小さな体を柔らかく包み込み、背中を、頭を、恐怖感で張り裂けそうな心を撫でる。
震える吐息を交えながら、耳元で
「たとえ、私がどんな姿になっても必ず助けるからね?。だって私は、あなたのお姉ちゃんだから」
青葉は鼻を
「ふふっ、まだまだ甘えん坊だこと……」
微笑みながら浜悠が涙を拭いてあげると、打って変わって元気な声で問われた。
「じゃぁ、姉ちゃんに質問するよ!。 俺も成れるかな?お姉ちゃんみたいな〝花の守り人〟にさ……」
祖父からは常々聞いていたが、面と向かって言われたのは初めてだった。
もし、弟が〝花の守り人〟になりたいと言われたなら?と、考える事は幾度もあった。
出来ることならやりたい事を伸び伸びとやらせてあげたい。
けれど、駄目とも良いともこの場で答えは出せない。
(ついに……言われちゃったか。この世に存在しなければ無かった選択肢を、選ばせちゃってごめんね)
たった数秒の出来事である自らの一言。
その一つで〝将来の芽を育てる〟返しが大事だと重々承知している。
浜悠は思考を巡らせながら重い口を開いた。
「青葉なら成れると信じてるし、私は姉として成らせないようにしたい。でも、一つ言わせてもらえば、青葉は先ず身長を伸ばしなさい。そんなんじゃ、重い刀は振れないよ? それと、お爺ちゃんの言う事は良く聞く事。後、文句言わないで好き嫌いはしないこと!!」
「お姉ちゃん、一言が多すぎだよ。まるで、おかあ……」
寸前の所で〝お母さん〟と言いかけ止めた
人一倍に正義感が強い上に、弱い所は明るみに出さない姿勢。
どんなに両手で強く掴んでも、
何も出来なかった自身を、今も卑下しているのを知っていたから。
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