第 弐拾玖 輪【人の温もり宿る手】

 比喩的にも物理的にもあまりの眩しさで、眉間にしわを寄せ眼を細める青葉。


(お姉ちゃんが口うるさいのって、ってやつだな……多分、おいらの勘だけどさ)


 察しの良い浜悠に気付かれぬ様、ひっそりと心内で思っていた。


 しかし、どうやら気付かれたらしく、料理の手を止め、直ぐ様に青葉の目の前へと立つ。


 無言、無表情、只ならぬ威圧感を携えて――   


 ゆっくりとしゃがみ込んで、両手で左右の頬を軽い力で引っ張りながら


「こらっ!。 また、お姉ちゃんの悪口を考えてたでしょ? 言っとくけど、……」


 姉弟の姿が互いの瞳にくっきりと、まばたきを1つともせず映り込む。


 弟を溺愛するとは言え、浜悠にも許せないものは勿論あった。


 押し寄せる感情の波に流されて、乱暴な言葉をつむぐのは至極単純だ。


 人の心に寄り添う事の方が難しくも、未来さきを構築する上で必用不可欠だと心に決めている。


 何故なら〝一挙手一投足いっきょしゅいっとうそく〟が弟の手本となり、人生においての見本となるから。


 自身も幼い頃、両親に反抗しては同じ様になだめられた事を思い出していた。


(私も、こんな時があったんだろうな。あおばが産まれて直ぐに、お母さんやお父さんに構って欲しくて、見て欲しくて、悪戯いたずらばかりしたっけ……ふふっ)


 つねる手をゆるめ、まだ寝癖の残る頭を撫でながら優しくさとしながら言った。


「人はね、意思を伝えられる口が有るんだから、物事をはっきりと言いなさい。良い? 


 たとえ、一字一句を丁寧に思いを込めて口に出す。


 一定の間隔でささやくような息遣いが、青葉の小さな耳へと伝わる。


 時折、思い出し笑いをしながら頬を緩ませる浜悠。


 目と鼻先にいる姉を間近に見て、尚も不貞腐ふてくされる青葉は嫌々期が残る男の子。


 聞き分けが出来るはずもなく、欠伸あくび交じりに屁理屈を述べた。


「ふわ~。そんな事、言ってもさ。眠いものは眠いんだもん……もん……くか~」


 青葉は直立しながら睡魔へと襲われ、重いまぶたが閉じる。


 浜悠は前後へと揺すりながら「寝たふりしないの!!私だって、


「ほらほら、立ったまま駄々捏ねないで!! しっかりと顔洗って眼を覚ましてきなよ」


 そう言って180度に方向転換させ、背中を軽く叩いて洗面台へと足を運ばせようとした。


「ふぁ~い……ってか、お姉ちゃん。くまが酷いよ?森でちゃんと寝れたの?」


 睨みつけるような薄目をする青葉は返事と共に、眼差しを向ける浜悠の目元を指でなぞった。


 すると、驚いた表情と共に両手の人差し指で隠しながら


「んとね、多分6時間位は寝れたよ。一般的な平均だね~。あははははっ~」


 とても、わざとらしく端的に笑った。


 姉の見え透いた嘘を直ぐに指摘する青葉。


 「それって、どうせ3でしょ? しかも、〝複数回〟に分けてだよね。だからお姉ちゃんの身長伸びないの!」


 可愛げのない言葉を口にし、浜悠の三角頭巾を手で上へと摘まむ。


 図星を突かれ、全身の体温が急上昇したのか頬が赤らむ。


「むっ、良くも気にしている事を言ったな~! 私の弟ながらばっかりだしさ~!?。 ん~だ!」


 世にも恐ろしい気迫と、低い唸り声を上げる般若の如き顔――を、本人はしているつもりだった。


 実際は悪戯に舌を出して、精一杯の抵抗をしているに過ぎない。


 らちが明かないと感じたのか、手を叩き合わせ『話はこれでお仕舞い。顔、洗ってきなよ?』


 と、無理矢理話を終わらせ、ふと思い出したように視線を台所へ移す。


「って……いつの間にかお鍋、沸騰してるし!!あわわわわわっ!!」


 不透明の水蒸気を噴き上げ、鍋から溢れんばかりの泡達が続々と生まれていく。


 直ぐ様気付き勢いで立ち上がるが、背中の〝未蕾刀〟の重みで蹌踉よろける。


「おっとっとっと~!」


 とっさに青葉が片足で平衡を取る浜悠の前掛けを引っ張り、ぐらついた体勢を整えた。


「ほら、お姉ちゃん。慌てないでしっかり立たないと危ないよ?」


 「急にしっかりしないの! あなたは早く顔洗い行く!!」


 照れぎみの浜悠と悪戯に笑い駆ける青葉。


 鼻をくすぐる朝食の匂いに包まれ、なんだか愉しげな雰囲気を醸し出していた。


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