第 弐拾捌 輪【目覚めの基本は朝の挨拶から】
2人の生存確認をした浜悠は複数枚の白紙を本状にし、手書きの線と文字で書かれた〝表〟を使い鉛筆で印を書いていた。
項目は大きく分けて5つあり、それぞれ〝体調〟〝掃除〟〝洗濯〟〝料理〟〝日記〟と管理体制は整っている。
空白の欄に、〝完了なら丸〟〝次回以降なら斜線〟を素早く付けていく。
「ここは良し……ここも良し……まだ、良し、次に……」
野戦が主であり帰宅出来ない時もあるため、日にちを跨いでいても怠った事は後にも先にもない。
1日のやるべき事全てが終われば、手製の判を押して終了となり、押し花の栞を挟んで閉じる。
風圧で頭巾から少しだけ出ている白髪が、耳元に掛かり頬を撫でた。
「全ての部屋掃除良し!。
元気良く声を張って指差し確認すると――腹部から気の抜けた音が、耳を澄まさずとも聞こえる。
所々で高くもあり低くもある
「あはははっ。そう言えば、植魔虫狩りを身軽にするために、ご飯あまり食べてなかったね!!』」
笑みを隠せない浜悠自身、あまりの情けない音色に両の手で腹を抱えた。
「そっか、そっか」と、手の平で優しく
「どんな状況を
そう意気込んで硝子細工の様な眼を見開き、袖をずれてこない様に肘まで
陽の目を浴びたのは女性らしい柔肌ではなく、痛々しい生傷が大小と散りばめられている腕。
古い
「縫いもしないで痛くないの? 1度付いたら元には戻せないんだよ?あなたは女の子というのを自覚しなさい」
と、周りからの執拗な声も、〝
闘いで疲弊した体を休めるのも束の間。
浜悠は先程と打って変わり、朝食の準備に取り掛かるため台所へと立ち。
3人分の食器と調理器具を棚から手際良く出す。
頭巾と前掛けの帯を結び直しながら、ご機嫌そうに鼻歌交じりに
「今日のご飯は何にしようかな~?。 ふふん、ふん……」
眠り眼を擦りながら食材を一通り確認後、朝採れの卵を3つ程持つ。
手慣れた様子で器に割り入れ、箸で弾力のある卵黄、濁りのない卵白を素早い
数秒で程よく
「料理は鮮度と速さが大事!。 巻いて巻いて、形を整えて……」
丁寧に全体へと火を巡らせ、余った卵液を順番に流し入れつつ箸で綺麗に形成。
完成後、鍋を上方へと振り、宙を舞う卵焼きは食卓の皿へと吸い込まれる。
次いで、村で採れた鮮度抜群の大玉
ずっしりとした重みも、口一杯に広がる甘味も抜群。
包丁を器用に手元で回しながら
「いつも大きくて食べ応えあるね!。 さぁて、今日は2秒台で切れるかな?」
と、静かに手を添える。
刹那――浜悠の耳へと届く音が、ほんの一瞬だけ止んだ。
普段、成人男性ですら片手では持てない刀を振るっているせいか、目にも止まらぬ速さで包丁を動かす。
右から左へと進め、瞬きの
次に掌ほどの蒸した
自らが〝切られた〟と気付かないのか、芋の形を保っていた。
「そして、こんがりときつね色に焼けた豚肉を乗せたら……完成!」
〝主菜〟〝副菜〟の全てに意味があり、どれも色褪せることなく踊っているようだった。
決して大層な物ではないが、水を与えられた花の様に微笑む。
それでいて、食欲を刺激する美しい1品が出来上がる。
子どもや大人は別として、弟も祖父も性別としては〝男〟だ。
きちんとした栄養のある食事を、毎日摂っているとは考えにくい――
直感で判断した浜悠は、自身が帰ってきた時だけでも、手料理を振る舞う事を心に決めている。
熱々の深鍋を
「私、お味噌汁の香りって好きなんだよね~。まぁ、それもたまに何だけど……」
と、一段落した浜悠の後方から寝起き直後の小さな声がする。
「んっ、姉ちゃん? おひよう……」
「あら青葉、朝の挨拶はおはようでしょ? 基本がちゃんと出来ないと大人に成れないぞ~!?」
浜悠の〝
まだ若い鈴の音の様な声する方へと振り返り、静かにゆっくりと微笑みかけた。
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