第 三拾 輪【嵐の前の豊かな時間】
小走りで行く青葉が戻る間に、3人分の朝食を準備しながら呟く
「もう……、世話の焼ける弟を持つと、姉は本当に大変なのよね。あ~、幸せ幸せっ!!」
ふと、何の変哲もない日常の風景に浮かれて、思わず気分が高揚していた。
上機嫌に振る舞う理由として、〝家族〟に会えた事も去ることながら、ここは血生臭い戦場ではない所が大きい。
浜悠は円を描きながら意味もなく回転し、足踏みで音色を刻んだり自由に今を楽しむ。
「ふんふふんふふ~ん。我ながら上手に出来たね~匂いも見た目も完の璧~」
無駄ではない様な無駄な動きをしながら、とても3人では食べきれないほどの量を食卓へと所狭しに並べた。
次に自前で音頭を取りながら釜一杯の米を、しゃもじで茶碗へ3度4度と複数回に渡り豪快な盛り付けをしていく。
浜悠が仕立てた米は、ひと粒ずつが潤いと艶を合わせ持ち、湯気から嗅覚へと伝わる旨味だけで口元から涎が垂れる。
「朝から作りすぎちゃったけど、青葉は食べ盛りだからね~もう一杯! それ!もう一杯!……あっ何か垂れてきた。愛嬌ってことで許してね」
両手が塞がっているのもあり、袖で食いしん坊の雫を拭き取る。
拭けども拭けども滴り、分かりやすく腹の虫が大合唱で〝空腹〟を知らせた。
「駄目よ
幾度も自己暗示と葛藤で十数秒を費やし、震える手で追い盛りをした後。
常人ならば眼を見張る程の白米山で、あっという間に10合炊きの3分の2がなくなる事態に。
「わぁ~……中々に重いっ……。けど、私のはこっちの軽い方なんだよね~」
右腕の血管が浮き上がる程の茶碗を青葉の席へ置き、自らの分は祖父のよりも少なく盛り付けていた。
姉として出来る優しさ故の気遣いだが、それだけでは腹が膨れない事を自身でも分かっている。
(こんな世の中じゃなかったら思う存分、たくさん食べれるのにね……。この森だけでも守れるように強くなるから、もう少しだけ待っててね)
――朝から空元気で、しんみりと傷心気味の浜悠。
意識が他を向いているせいか、背後に忍び寄る存在に自らを呼ぶ声が掛かるまで気付かずにいた。
「〝
「おひゃあぁぁぁっ!!……」
聞き覚えがあっても突然の声に驚き、肘から上を胸辺りに挙げながら、ぎこちない上に情けない状態で振り向いた。
張り裂けそうな爆音を鳴らす鼓動も手伝い、驚いて裏返る声を震わせながら眼を見開くと。
「おっ、お祖父ちゃん。おひようございまし……本日は、晴天ですねぇ。えへへへっ」
〝祖父〟だと安心が出来ても、未だに脳内処理が追い付かず、癖のせいか背中の〝未蕾刀〟へと手を掛けながら言っていた。
「こらこら、か弱い老人に殺気を放つのはやめい。恐ろしくて尿漏れしてしまいそうだわい」
「またまた~御冗談を~。はははっ……」
本気の様な癖強めの〝冗談?〟にも、心がここにあらずで
口調や表情は穏やかな笑顔で、内心は荒ぶる鬼神と化していた。
(もーお祖父ちゃんの馬鹿馬鹿っ!!。 危なく振り向き様に斬っちゃうところだったよ)
いくら八方美人な笑みをしても、中身が伴わないのは致命的であった。
薄っぺらな張りぼての仮面だけでは、到底隠しきれない程の殺気が漏れている。
戦場で命を賭す〝花の守り人〟にとって感情に左右される事等、何時如何なる状況下でさえあってはならない。
だが、ほんの数秒の間に取り乱していた落ち着きを、たったの一息で正常へと戻す。
「ふぅ……。何回も同じこと言うけどさ、お祖父ちゃん。私の名前は〝
と、優しく呟きながら先程とはまるで別人の様な顔つきをする。
いつも通りの逞しい
(あれほどの〝殺気〟を……もう沈めおったか。相変わらず切り替えが早くて、少々驚いてしまうな)
久方振りに再会した筈の祖父と孫娘の間に流れる――何とも言えない絶妙な空気と間。
互いの心内では〝
何故、祖父からの呼び名が異なるかというと……
今は艶やかな天然の白い癖毛の浜悠が産まれて間もない頃。
両親共に眼を見張る程の直毛がまるで、自然を閉じ込めた様な緑色だった事が由来している。
お腹の中にいた頃から祖父は、数十もある命名候補から勝手に選んだ名――〝
〝浜悠〟と命名された後も娘夫婦の制止を押し切って、
呼べば未だに苦笑いする孫と、どこか誇らしげな祖父との恒例とも言えるやり取りが今も変わらずあった。
(お祖父ちゃんの茶目っ気には、毎度のことながら驚かされるからな。私も修行不足かなぁ)
(浜悠よりも万年青の方が、中々に可愛らしいと思うのだが……女心は分からないなぁ)
〝蛇に睨まれた蛙〟状態がしばらく続いていたが、張りのある元気一杯の声で時が再び動き出す。
「お姉ちゃん、爺ちゃん、おはよう!!。 お腹すいたよ~ごはんにしようよ。ねぇっ!?」
「あら、今度こそちゃんと、〝
笑顔で返事をし青葉の幼い頭を撫でる浜悠。
今頃に気づいたてんこ盛りの白米山を見て、お手本のような三度見をして硬直する祖父。
時間は少々かかり各々が席へと着き、両手を合わせると浜悠が口を開く。
「いつも私達は〝生きとし生けるもの〟〝大自然の恵み〟の全てにおいて、心からあなた達に感謝をしています。命を繋いでくれてありがとう……では――」
「「「いただきます」」」
目の前には出来立ての温かい食事、見えずとも肌で感じる暖かな空間。
両親亡き後も穴の空いた箇所は、協力して互いで補い合う。
これが在るべき姿であり、人としての生活風景を切り取った幸せの形。
「こら、青葉! そんなに口に頬張らないで、ちゃんと適度に噛む!」
「
「全く、お主ら姉弟揃ってせっかちだねぇ。老人には豪華すぎる飯だよ」
他愛もない事を笑って話し、誰もが平等に与えられる筈の、当たり前の日常が三者三様で広がっていた。
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