第 弐拾肆 輪【それがありのままの自分の姿を晒して】

 植魔虫との闘いで傷付いた体。

 目の前で家族を失い病んだ心。

 それらを支え、耐え抜く己の器。


 完全回復とまではいかないが、時間がゆっくりと治してくれている。 


 いつか成長した弟から、になりたい一心で、 どんなに辛い出来事にも歯を食いしばってきた。 


 今、この一時ひとときでも、動植物や自然と一体になれた気がした。


 未来にいる誰かのために役に立つなら、植魔虫を斬る〝花の守り人やいば〟になれる。


 あぁ……もし、神様が許してくれるのであれば、何時いつまでもこのままでいたい。


 そんな事を脳裏に思い浮かばせながら、夢心地ゆめごこちな〝今〟を暫く堪能していた。


 眼を閉じ耳に伝わる様々な音や、木漏れ日の光さえも、うっすらぼんやりと感じられる。


 全身を温かな何かに守られている様な、母なる包容感。


 うっとりとした表情の浜悠は、


「静かで豊かな所に……そう、〝汚れのないどこか遠く〟へ行きたいな。何て言っても分からないかな?」


 そう呟きながら微笑むと、無邪気に餌を求めて一番近くにいる雛鳥を手に取った。


 数多くいる内の一羽は瞳を輝かせながら、誰もがうらやむ特等席から見上げる。


 ゆっくりと、鼻先同士が接触寸前まで行った所で――


 浜悠は、誰にも聞こえない程のとてもとても小さな声で「ふぅ……」と、口から優しい吐息を漏らした。


 雛鳥の生え始めたばかりの羽毛は、1本1本が柔らかくなびく。


 余程、心地良いのか小さな手の平の中で、それよりも小さな小さな体を使い、喜びの踊りを自由に舞って見せた。


 回って、跳んで、鳴いて、震わせて……様々な〝表情と表現〟をその身1つで体現する。


 小さな命の温かさに触れ、思わず感慨深くなる浜悠。


(〝花の守り人〟としての私でも、ここへ帰れば居場所がある。誰にも負い目を受けることなく、ありのままで入れるんだよね……)


 事実、浜悠は優秀で才ある人物だったが、御法度とされる植魔虫狩りに動いている。


 己が願えば〝安定〟と〝権力〟を得ることも、充分に可能であった。


 しかし、花の都を出る最後まで、幾多の好条件でさえも首を縦には振らなかった。


 自身の約束された未来よりも、誰かの〝希望の光〟となる事を誓ったからに他ならない。


 こうして、短くも充実した時はあっという間に過ぎ去り、お土産と称した餌も底をついた頃。


「そろそろ行こうか……」と、浜悠が膝に手を着いて重い腰を上げた。


 立ち上がり、両手を雲一つとない空へと思いっきり伸ばす。


 日々の習慣なのか自然と導かれるように、へと体を向ける。


「ん~~っ!!。 人間はやっぱり、こうやって体を使って陽を浴びるのが一番だよね!!」


 左手の小指や薬指の付根には、努力の成果である〝まめ〟が、優しい手の中で存在感を醸し出していた。


戻らなきゃ行けないから、今日はこの辺で終わりにしようかなっ!!」


 誰も寂しくならない様に、明るく元気に振る舞った。


 でも、例の如く〝まだ行かないで〟と言わんばかりに、寂しそうな、愛しいような……。


 


 と、心で葛藤する複雑な幼顔おさながおが、ちらほらと視界に映り込む。


 何かを察した親御さんは、肌を密着させると寄り添ってなだめる。


 感情の波に堪えきれず、まるで示し合わせた様に思い思いの鳴き声を響かせ。


 大合唱顔負けのそれは、森中に響き渡ると同時に、1日の始まりとなる〝目覚めの一声〟となった。


 只ならぬ雰囲気に「何だ、何だ?」と、村人達が続々と外へ出る。


 堪らず撫でたり抱っこしたり様々な方法で〝みんな落ち着いて〟と、必死に制止しながら


「あわわわわっ!? そんなに大きな声出したら怒られちゃうよ?こっ……今度、美味しいご飯持ってきてあげるから、皆は大人しく待っててね!!?」


 と、早口で照れながら後ずさる浜悠は、小走りで祖父と弟の元へと向かう。



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