第 弐拾参 輪【強く気高く心豊かで愛される人】

 毎日変わり栄えのない天上から、温かな陽が顔を出す。


 森を優しく吹き抜けた〝風〟は、まるで悪戯っ子の様に予想できない動きをしていた。 


 ふと、耳を澄まして聞こえてくるのは、の始まりを告げる家畜達の鳴き声。


〝牛〟の低くうなる物から、〝豚〟の様に鼻を鳴らす物。


 いては、喉を使う〝鶏〟の甲高い声まで……三重奏となる音が奏でられている様。


 視界ボヤける眠気眼を擦りながらも、敷地奥に位置する住まいへと向かう道中。


 家畜小屋前を通りすがる際に、愛想良く手を振りながら話し掛ける。


「やぁ、今日も伸び伸び元気かいみなの諸君!? 御待ちかねの私が帰ってきたよっ!」


 常に笑顔満点で、〝御転婆娘おてんばむすめ〟顔負けの、元気一杯に振る舞う浜悠。


 どんなに辛いことがあったとしても、いつだって決まってする恒例行事。


 〝植魔虫狩り〟が一段落して帰って来た際に、必ずしてきた彼女なりの愛情表現である。


 久方振りの浜悠を見た家畜達は、いつも以上に元気良く動き回り声を張り上げた。


 一言で表せば〝懐いている〟――否、が正しい答えである。

 

 しかし意地悪で嫉妬深い人間は、動物と違ってそうはいかない。


 付近の住民は、音に釣られて〝植魔虫〟が来ないか、鬼の形相で室内から外を見回す。


 何処からともなく、鳥のさえずりにも負けそうな小さな声で


「たまに帰ってきたと思えば家畜は騒ぐし、おちおち眠れもしないから本当に迷惑だわ」


「いっその事、……」


 悪口が聞こえてないと思っているのか、次々と出る罵詈雑言の雨嵐。


 当の本人は〝我関われかんせず〟なのか……

 全くもって動じず臆せず、常に笑顔じぶんを貫き通す。


 実は――〝しっかり〟〝ちゃっかり〟聞こえていた。


(あ、いつも笑顔で挨拶してくれる彼処の夫婦、私の悪口言ってるな~。もう、何回目だろうね?)


 心に溜まった物を吐き出す事はなく、その場でしゃがみこむ。


 慣れた手つきで腰袋から何かを取り出して、それらをゆっくりと地面に転がす。


 開かれた手からは、多彩な色が互いにぶつかり合いながら、小さく広がる木の実の姿だった。


「ここの人は、正直じゃなくてあまり好きじゃないな。けど、。さぁ、皆おいで……?」


 すると直ぐ様に、平等の優しさを振り撒く彼女の元へと、森に生息する小動物達が

 足元に集まり出す。


 小鳥や栗鼠りすと言った小さな生き物から、猪等の大きめの動物まで周りを囲うように沢山やって来た。


「今日は少ししか持ってこれなかったけど、取り合わないで食べなね~?!」


 その一言で、小動物達を含む〝成体おとな〟は後方へと下がる。


 まだ未熟な子達は親に後押しされて、瞳を輝かせながら餌へとありつく。


 仕舞いには、服の裾を引っ張られたり複数匹も体に登られ、追い駆けっこをして遊び場にされる始末。


 狩りから帰ってきて早々、疲れた顔を微塵も感じさせる事なく戯れ始めた。


 自分の周りへと集まる小さな背中を、頬杖をついてとても嬉しそうに眺める浜悠。


〝こんな世界〟ながらも、人と違って自由奔放なその姿に対して、ふと……羨ましくなったのか


「はぁっ……。本当にこの子達は、〝汚れが無くて〟可愛いなぁ~」


 と、頬を緩ませながら至極の笑みを浮かべた。


 両者の間で一切の言葉は通じずとも、〝感情〟は表情と〝声色〟で十二分に伝える事が出来る。


 浜悠を中心に、小動物達の嬉しさを〝行動〟で、将又はたまた〝声〟で


 まるで〝心が1つ〟になったかの様な、優しくて温かな時間が、辺りを包み込むように流れていった。




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