第 弐拾伍 輪【全てにおいて見た目ではない美しさ】


 小さな幾数の花模様があしらわれた隊服は、寝転んだ拍子に泥や毛でまみれていた。


 どこにでもある自然が為す、茶焦げ色や湿っぽい黒が混ざった色。


 まだ未熟だった頃に植魔虫から探知される人の匂いを隠すのに、重宝していた時期もあった。


 次いで、斬った際に降りかかる植魔虫の生臭い返り血が少しでも和らぐ効果もある。


 たとえ、弟から獣臭いと言われようとも、無理にでも抱き締める事もしばしば。


 到底、16歳の少女とは思えない程に冷静沈着であり、悪く言えば


 足取りから美麗な面持ちまで、大器を思わせる余裕さえ備えていた。


 後方を一切振り返る事なく、少しばかりの笑みを添えて自然と足を前へと進める。


 口元を緩ませながら土を踏み締め、一歩一歩の足取りがとても軽い。


 目で見えぬかせはあれど、〝表情〟〝言動〟〝行動〟からは一切感じさせない浜悠。


「毎回毎回、好かれるのは嬉しいんだけどさ。あの鳴き声で、付近の植魔虫が……」


 何かが起こっては遅い――そう言った心配を他所に、今の気持ちは〝怯え〟でも、ましてや〝恐怖〟と言った負の感情ではない。


 心内にある〝嬉しさ〟と〝恥ずかしさ〟が、脳内に混在する正の感情と言った所。


 自らに催眠の如く思えば思うほどに、明日の〝生きる糧〟となる。


「また、。今は、私の大切な〝家族〟の元へ!!」


 徐々に早くなるは、〝植魔虫〟を闇夜に紛れて狩る癖のせいか、姿勢低く風を切り音を消し去っていた。


 軽やかになびく髪は、1本1本が独立している様に揺れる。


 その動きに合わせて浜悠の〝未蕾刀みらいとう〟も、体の芯に響き渡る重厚な音を鳴らす。


 例えるならば何層にも丁寧に重ねられた、美しき色を放つ硝子細工の風鈴。


 父の様に強く優しくて。

 母に抱かれた様に温くて。

 心穏やかに安心して眠くなる。


 そして時折、懐かしくて愛しくて思い出し笑いをする。


(青葉を寝かしつける為に〝未蕾刀みらいとう〟を背負ってあやしていたら、いつの間にか眠っていた……何て事もあったっけ?ふふっ懐かしいな)


 物思いに更けながら浜悠は、意図も容易く駆けるが、そう上手くはいかない。


 落下防止と安定のために、鞘部分を背に固く結び付けているとはいえ。


 訓練された〝花の守り人〟でなければ、通常歩行さえ困難を極める代物。


 力自慢の大柄な男でさえ、とてもじゃないが


〝花の守り人の刀〟は数字や見てくれに固執した、単純な重さでは決してない。


 この世にただ1つの自らの命を預け、誰かの平穏のために他の命を救い、人に害を為す命を刈り取る。


 故に大小問わず手に宿るのは、生死を賭けた選択の連続であり、


 だから浜悠は、どんな疲弊感にさいなまれても、通常なら安らげる筈の睡眠時ですら手放さない。


 しかしそこには、重大な欠点がある。


 浜悠は、花の守り人〟としての素質や心持ちがあるとはいえ何故なのか?


 自らの想像を遥かに越えた不測の事態を経験していなかった事。


 いつも変わらぬ真っ直ぐな信念を持つが故に、人ならざる者への〝疑念〟や〝狡猾さ〟を知らなかった事。


 事。


 ――私は、少しでもこの世界を救いたい。


 どこかで聞いた様な二番煎じの自分語りとて、後からどうとでもなり。


 現実問題、形定まらぬ虚空こくうでしかない。


 〝〟は、後の惨事に直接的に繋がる要因の1つでもあった。


 けれども、物事は実際に眼にしてみないと人は理解できない生物。


 白き瞳が見据える鼻先には、村の最奥にたたずむ古い家屋。


 まだ物心付く前の幼き頃から、幾度となく見た家は静けさに包まれていた。


 古いせいか開け閉めが面倒な玄関と裏口。


 補修だらけの窓や屋根に至る全体を目視と指差しで確認。


 両の人差し指と親指を写真の様に組み合わせて一言。


「いつみても素晴らしい造形ね。今すぐにでも倒壊しないのが不思議なくらいに!!」


 軽く風が吹けば飛んでしまいそうで、露時期には頻繁に雨漏りもする。


 それが浜悠の生家せいかであり、唯一の心安らぐ場所。


 親代わりとなる祖父が〝村長〟と言う肩書きながらも、人を縛れるほどの絶対的な権力等持ち合わせていない。


 そのせいか、豪邸でもない住まいに孫と2人で住んでいる。


 弟が物心つく前には両親2人とも、早くに亡くなった。


 だから、代わりになれる事は何だってしてきたつもりだ。


「よし、行こう……」


 例の如く〝植魔虫〟狩りへ出た浜悠が、自宅へ帰るのは実に3日振りとなる。


 






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