第 拾玖 輪【大切な人を想う、その気持ちに偽りなし】
数えきれない程の人を食らい、その心の弱味に巣食ってきた魔物、
植魔虫を斬り伏せる事が出来る唯一無二の業物〝花輪刀〟を携え挑むも、いざ結果を見れば激闘とは呼べない〝あっさり〟とした決着。
それに疑問や不自然だとも思わずに、〝いつだって力は裏切らない〟――いつだって強く思っていた。
震える手で深々と突き刺さる花輪刀を抜くと、血肉や粘液等が複雑に絡まりながら糸を引いていた。
「何だこりゃあ、気色悪いな……折角の刀が台無しだぜ――」
仇となる薊馬を倒したのも束の間、緊張の糸が解けたのか、力なく膝から崩れ落ちる。
その拍子で握られた刀は血溜まりへと落下し、白の刀身全体を赤黒い血肉が侵蝕し染めて行く。
再び握ろうとするも強張りのせいか握力が無くなりつつも、背中の鞘に辛うじて納める。
「はぁはぁっ……。正直、かなりヤバかった。〝花輪刀〟って凄いんだな。今まで、あんなに苦労したのに倒しちまった」
久方振りに呼吸をしたように目一杯、血生臭い空気を肺に詰め込む。
贅沢を言えば新鮮な空気を……と、言いたいところだが、今は息をするだけでも幸せに感じられた。
呼吸を整えながら落ち着きを取り戻すと、腰袋から甲高くも元気な声が耳へと伝わる。
「きゅっ~!!きゅっ~!!」
思わず抱き締めたくなる様な愛くるしい声を聞いた鬼灯は、思い出した様に腰へと結ばれた袋の口を開いた。
短い手足を使って中からは現れたのは、両羽を一生懸命、動かして羽ばたく〝
「お~、そう言えば、お前が居たな。餌にならなくて運が良いじゃねぇか?」
自然と安堵の表情となり、その小さな体を包み込むように撫でる。
肉体的にも精神的にも疲弊していた筈なのに、珍妙な生き物のおかげか少しだけ元気が沸いてきた鬼灯。
最後の力を振り絞りながら膝に手をつき、気合いと根性のみで立ち上がる。
「さぁてと、もう一踏ん張りと行きますかね。
〝
そして、
今までは都合の良い〝操り人形〟だった――でも、今は違う。
自分の好きなように自由を求めて、誰よりも高く飛べる翼を手に入れた。
入ってきた時とは違い、真っ暗闇で生きる〝羽虫〟の様に、自然と足が眩しい位の光へと吸い寄せられる。
帰りの道中で少しだけ気になってた事を、人の言葉ながら七星天道虫へと投げ掛けた。
「おい、ちび助。そういやお前って本当に
「きゅっ?きゅきゅのきゅっ?」
「そうかそうか……って、やっぱり分からねぇや。こんなんだったら、勉強の一つや二つ教えてもらうべきだったなぁ」
他愛もない対話をしながら洞窟の中程を過ぎ、滝の如き雨音が未だに反響している。
長年世話になった村を去り、仇討ちも終わり、後は自由きままにやりたいことをやるだけ……。
勇気を出して一歩を踏み出した人間の、光に満ち溢れた未来は華々しくも美しい限り。
解放されたあまりの嬉しさで鬼灯は、両手を挙げて喜びの言葉を出した。
「これを切っ掛けに〝花の都〟にでも行って、本格的に花の守り人でも目指すか!!。 何てな。これであの子にも顔向け出来――」
突然、言葉が途切れ息が苦しくなり、鮮血が口元から
振り返ったその先に居るのは、倒したと思われた〝
暗い、暗い、洞窟の奥底から静かにこの時を待ってたように、無防備な四肢へと絡み付く。
鼓動の高鳴りは外へ漏れだす様に五月蝿く、頭から爪先まで炎の様に熱い。
「嘘だろ、おい……まだ……生きてやがったのか?」
希望が絶望へと切り替わり、苦痛よりも疑問が脳裏を
植魔虫の生命を断つために沢山の物を犠牲にしてきた……筈
桜香って子から奪い、待雪に渡された本物の花輪刀の……筈
全てを失って辛くても苦しくても、何年も費やして俺は強くなった……筈
(あー駄目だ……。意識が……持たねぇ)
「きゅ~きゅ~っ!!」
薄れ行く意識朦朧の中、必死に呼ぶ声――否、〝鳴き声〟は辛うじて鬼灯の意識を繋ぎ止めた。
強がっていても小さな体では相手にならないのは明白であり、今の鬼灯に刀を抜いて反撃する余力もない。
「ちび助、お前……植魔虫の癖に〝
「きゅうっ!!」
元気良く返事をするが効果は今一つであり、その間も鬼灯の体は闇へと飲み込まれていた。
「きゅい……」
たとえ倒れても諦めずに立ち向かい、不安定ながらも両羽を駆使して飛ぶ。
(あんな小さな体でも、まだ〝諦めねぇ〟って面してやがる。何者にも怖じけず逃げない……それを俺は出来なかった)
ロクな死に方をしない覚悟は、随分前に出来ていた。今出来るのは無様に抗う姿ではなく、希望に賭け笑って死ぬ事だ。
『今のお前じゃ無駄死にもいい所だ。ここは俺に任せて早く逃げろ……そして、お前が一番信頼できる奴を呼べ。後は――頼んだぜ!?』
「きゅい……!!」
魂が込められた人の意思を感じ取ったのか、生ある者の最後の言葉を聞いて勢い良く飛び去った。
自身が一番信頼出来る人物――
降りしきる雨に
「やっと終われる……」
そう言って抵抗する力も無く倒れた鬼灯。
ゆっくりと死への現実味を感じながら、最奥部へと引き摺られていった。
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