第 弐拾 輪【最後まで利用される人生に救いを求めて】
まるで傷物にしたくないためか、体はゆっくりと滑る様に奥へと引き摺られていく。
最初こそ抵抗の限りを尽くしていたが、そのせいで指の爪は数本が反り返り、剥がれ落ちて出血もしていた。
正に〝背筋が凍る〟と言う表現が正しいだろうが、今は四肢を拘束されているにも関わらず不思議と痛みは感じない。
「もう、指の感覚がねぇ。俺って何やっても失敗ばっかりだ。散々、人を騙したんだ……これは当然の報いって言うんだな」
生を諦めた鬼灯の脳裏では、これから起こるであろう残虐な事柄を有らん限り想像していた。
きっと、〝
四肢を喰らい生きた状態で丸呑みにされ、薊馬の腹の中で生涯を終えるのかもしれない。
或いは、もっと残酷な何かが待ち受けているのやも知れない。
「止めだ止めだ、考え出したら
最悪の状態が幾度も頭を過り、その都度首を横に振って掻き消す。
最後こそ、自分らしく散ってやる――
その気持ちだけを胸に仕舞い、再び薊馬の前へとやってきた。
「そうこうしている内に……お出ましだな。これはまた、気色悪い姿してやがるぜ」
先程の姿よりも打って代わって、人の口であろう部分が大きく開けていた。
人一人分――否、数人は食せるだろう。
だらしなく血肉の
静かに、ゆっくりと、味わうようにして薊馬は、鬼灯を足から呑み込んでいく。
幾数の鋭歯を立てぬ様に優しく舌を這わせて、焦らずにじっくりねっとりと……
絡み付いていた四肢への拘束は外されたが、今となってはどうしようも出来ない。
もがけばもがく程、あがけばあがく程に悪い方向へと
掴み損ねた〝希望〟は、〝
消え行く命の最後の灯火を、〝後悔〟と〝心残り〟で胸が張り裂けそうになっていた。
あれだけ偉そうな
こんな惨めな姿は誰にも見せられない。
只、自分の存在理由が欲しくて〝花の守り人〟であり〝花鳥風月〟だ……と偽る日々。
実際はそんな立派な存在でもなければ、人を救える大層な人間でもない。
悪い思い出や嫌な事全ては、時が解決してくれる……そう思うしか方法はなかった。
後に振り返って見れば、自身が描いていた未来とは違う事になっているのに気付く。
いつしか大勢に祭り上げられ見た目だけ立派な、中身空っぽの存在に成り果て。
本当は誰かに認められたくて、側にいる君に振り向いて欲しくて、〝嘘〟や〝
圧力で
遠退く意識を感じながら、いつの間にか肩まで呑み込まれていた。
――どうせなら、飛びっきり格好良く死のう。
死の間際に鬼灯は、最後に一つだけ自分の口から思いを告げる。
「もし、一緒に居てくれるなら〝必ず君を幸せにする〟って、結局言えなかったなぁ……」
小さく呟いたその言葉をやっと口に出来た喜びで、少しだけ心が報われた気分に浸る。
もう叶わないと頭で分かっていても、ずっと仕舞いっぱなしよりかは、うんとマシだった。
恐怖で強張った頬は自然と緩み、もう届かないだろう〝
誰もが当たり前のように過ごしている、何気ない〝日常〟を求めて。
ぼんやりとした松明の灯りは人と異形を平等に照らす。
見るに耐えがたい奇怪な風貌を影へと落とし込んだ。
命と共鳴していたかの如く、辺りを照らす灯りは消え、深い深い闇が両者を呑み込む。
闇が場を支配する死の淵で鬼灯は、温かな思い出に包まれながら、その生涯は静かに幕を降ろした。
とても上等な気分に浸るのも束の間、触手の眼を介して見えたある事に引っ掛かっていた。
(
薊馬の中で気掛かりではあるが、今はそれよりも、大いなる喜びが
『そんな
感慨深そうにしながら複数個の眼を細め、愛する我が子に触れる様に膨れた腹を愛撫する。
だが、その母性愛に満ちた触れ合いは、次第に強く激しく乱暴になっていく。
『――てっ、
と、叫びながら多腕を駆使して、何度も何度も鬼灯が収まる腹を
その感情は歪みネジ曲がった愛ゆえに勢い良く
「オ゙ォ゙ォ゙エ゙ェ゙ッ゙……。あなたは
鼓動は止まり力なく転がる鬼灯を拾い上げ、再び抱き締めると寄生するために口づけを交わした。
体の何処かにある〝薊馬の核〟を
しっかりと数本の腕で押さえ付けながら、次第に薊馬の意識が鬼灯の体へと注がれていく。
数分立った頃、頃醜態の塊に似た元の体は、糸の切れた
そして、数ヶ月も洞窟内で
若くて強い男の肉体を存分に堪能し、背中の白い〝花輪刀〟を手に持つ。
視線の先には何物でさえ染める事の出来ない純白の刀、〝春刀・花弁四刀〟が汚ならしい血で真っ赤に染まっていた。
冷徹な眼で無言無表情の薊馬は、
鈍い音と共に視界に入ったのは、断面が〝木目調と白い着色料〟で上手く加工されていた事。
細部まで精巧に作らており、疑問が確信に変わると思わず含み笑いをする。
「フフフッ……。やっぱり〝
只の木刀である偽物を放り投げると、爪で顔を掻きむしるが、その跡は高い再生力により瞬時に消える。
「
本来ならば〝花の守り人〟の肉体を欲していたが、何れ必ず手にいれると密かに企み。
自身の欲望押さえきれぬまま、乾いた食欲を潤すために外へと歩を進めた……。
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