第 拾捌輪【その想いを刃に乗せて】

 急な雨で濡れた体は、寒さよりも恐怖で震えている。


 鬼灯の中に確かに残る危険回避本能。


 ――〝逃れ〟〝怯え〟〝恐れ〟が大音量で警鐘していた。


(〝怖い〟何て言ってらんねぇ。少しずつでも一歩を踏み出せ。それが未来を繋ぐための前進だ!!)

 

 弱気な気持ちを払拭ふっしょくする様に、首を横へ振ると食事中の薊馬の元へ歩む。


 短いようで長い距離に対して、一歩、また一歩と近付く度に、存在その物の圧力が増してく感覚に陥る。


 不意に意識を逸らせば、先程まで共に歩んできた〝生物〟の肉片が、眼前に飛び散る様を目の当たりにした。


〝下手をしたら自分がこうなるかも知れない〟。


 幾度となく襲い来る負の感情に臆する事なく、花輪刀が届く距離……〝刃圏じんけん〟まで歩を進めた。


 乱れた呼吸を整え、どこに有るか分からない眼を探しつつ、自らよりもおおきな存在に身振りを添えて告げる。


 怪しまれないように自然かつを込めて……


『「〝家畜えさ〟は旨かったか?。 俺はよぉ、こう見えても〝薊馬あんた〟に感謝してるんだぜ?」


 口角を上げつつ上機嫌を装い、針の穴の如き隙を狙う。


 だが、食事中に鬼灯が話し掛ける事を、直感で〝不自然〟だと感じ取る薊馬アザミウマ


 (ナニか、面白オモシロいことになりそうね。ちょっと、遊んでみようかしら)


 何時いつもなら、に己が身を優先する筈。


 一体、その余裕は何処から来るのか?……


 薊馬は触手に埋もれた複数の眼を用いて、鬼灯を舐めるように観察した。


 その結果、


 今日は何故か、御守りにしていた偽物の〝花輪刀〟ではなく、に変わっている事を。


 嫌でも目立つその刀は松明の灯りに照らされ、隠せない存在感をあらわにしていた。


 身動きが取りづらい檻の中で薊馬は、身体をくねらせながら鬼灯の目線に顔を合わせる。


 食事中の血肉纏う歯を剥き出しにしながら、複数の眼を一斉に鬼灯へと差し向け


 「あなたの感謝カンシャと、その白刀オモチャナニ関係カンケイがあるのかしら?」


 ゆっくり、ねっとりと静かに言うと、無数の触手を地へと這わせながら檻の外へ出す。


 仁王立ちになっている鬼灯の背中にある刀を、柄頭つかがしらからこじりに至る全てを念入りに愛撫あいぶする。


 長年忘れていた〝闘いの記憶〟を思い出しながら、かつて、に斬られた〝感覚〟を思い浮かべていた。


 鬼灯の体には血やよだれと言った液体が付着し、まるで汚物に埋もれた様な不快感が襲う。 


(あー、この気配は植魔虫ワタシタチむべき〝花輪刀カリントウ〟の――)


 独特の圧力に屈する事なく、眼前に迫る無数の触手をくぐる。


 鬼灯は薊馬の話を逸らすように「今日は、ちょっと相談が有ってきた。あんたには悪いけど、いま寄生している〝宿主〟を解放してくれないか?」


 何時にも増して鬼灯が放つ殺気を感じつつも、に落胆する薊馬。


ナニかとオモえばそんなコト……?。 当然トウゼン無理ムリイヤよ。いい加減カゲンアキラめなさい」


 慈悲を乞う人の願い等は、心の無い植魔虫に響く事はなく、冷たく淡々と感情の起伏なくあしらう。


 今現在、互いに必殺の間合いであったが、無防備な薊馬だけは、鬼灯の


 大切な人を失いながらも、時には己の信念や感情を殺してきた。


 そして今、静かに眠っていた〝怒りの炎〟は、活火山の如く怒濤どとうに押し寄せる。


「俺がなぜお前を肥えさせたと思う?。動きを鈍くし、あの子の姿を残さないためだ! せいぜい、今まで奪った命に謝罪でもするんだな!!」


「えっ、鬼灯ホオズキちゃん……?ナニって――」


 動揺する薊馬が、言葉を紡ごうとしたその時だった。


〝花の守り人〟ではない筈の鬼灯の手には、が存在感強く握られていた。


「そっそんな、まさかっ……正気ショウキなの鬼灯ホオズキちゃん?。 今まで通りの働きをすれば、ワタシツバをつけたムラには植魔虫ザコタチかさないわよ!?」


 薊馬の言葉等、耳に入る事はなく『いつだって俺は正気だぜ?自分を偽って人生を送るのは、これで仕舞いにしようっと思ってな』


 抜かれた刀を強く握り締め、致死となる反撃もいとわず触手の中を走り抜ける。


 慌てふためく薊馬は「イヤよ――めて……!! ないで……!!これまでのコトアヤマっ……」


 言葉を詰まらせながら最後の言い分を述べた。


 あざとく懇願する薊馬を睨む鬼灯の瞳には、姿が重なって見えていた。


 波の様に綺麗な〝髪〟も、けがれの無い白い〝瞳〟でさえ、今となっては無残に頭骨がはだけ、濁りきったビー玉の様。


 今や見る影もなく肥えた肉の塊でさえ、愛しく思ってしまう幻覚が脳裏に浮かぶ。


 しかし、覚悟を決めた男の勢いは止まる事を知らず、醜く歪みながら懇願する肉体を深々と貫く。


「ヤメテヤメテ……ヤメロッ!!ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ッ!!」


 鞭の様にしなりながら痛みで暴れ狂う腕は、自らを閉じ込めた木製の檻を意図も容易く破壊。


 踏ん張る足がよろめく程に地を揺らし、壁を縦横無尽に抉り取る。


 正に、最後の悪足掻きをする薊馬。


 だが、冷静な判断がままならず鬼灯の皮1枚はおろか、衣服を撫でるだけで傷さえ付けれずにいた。


(暴れても無駄だ。この刀は死んでも離さねぇ……。今まで嘘ついて偽った日々の全ては、この絶好の機会に賭けてきたんだ!!)


 徐々に抵抗する力も弱まるが、人殺しの〝魔物〟に情け等は無用。


 やっと掴んだ勝利を確信し笑う鬼灯と、断末魔の叫びを残して息絶える薊馬。


「〝薊馬〟お前は俺を……人間の執念舐めすぎた。と思っている奴程、寝首を掻かれやすいんだぜ!?」


 何れも、この時の敗因は只一つ……力に頼りきったでしかない。

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