第 弐 章〝その思い出を胸に秘めて〟

人の想いと人への思い

第 壱 輪【ようこそ花の都へ……?】


 唖然とする桜香を他所に、能天気な老人は言った。


「ん? お嬢ちゃん、ひどい怪我をしとるぞ……良かったら儂の家に来んか?」


 老人が心配するのも無理はない――今の桜香は森中を走り回った怪我で、包帯を雑に巻かれている状態だ


「なぁに、直ぐそこじゃよ。ふぉっふぉっふぉ!」と、辺りに響くほど高笑いをしている。


 それだけ大声を発しているのだから、この辺りには〝植魔虫〟は居ないのだろう……と確信する桜香。


 事態が呑み込めず困り顔で老人の様子を見ていると


「儂に着いてこい」


そう、言わんばかりに指先を胸に当てている。


 顔を覆う髭で表情が分かりづらいが、その口振りや人柄は穏やかそうで良い印象だ。


 首が前後に動いておりとても眠たそうにしているが、桜香はこの老人に着いていくことにした。


(ここにおじいさんが居るって事は……人が住む街が近いんだっ!!)


 そう思った桜香は体に付着した土を払いながら、ゆっくりと立ちあがる。


 老人に見られないように周囲を遊覧飛行する天道虫ななちゃんを、素早い動きで掴むと腰袋へ仕舞しまった。


 その動きは正に電光石火の如く――とはいかなかったが、何とか上手くやり過ごす。


 腰袋には大量の野草が入っているから、小さな体の天道虫ななちゃんには快適な空間である。


 幸いにも腰が曲がり、視力がおとろえている老人のおかげで、特に怪しまれず避難をする事が出来た。


 慌てて隠した理由は至極単純。


 植魔虫は本来、人々から忌み嫌われ、決して


 夜行性に加えて群れで行動する夜盗虫ヨトウムシと違い、天道虫ななちゃんは穏やかで敵意がない個体だ。

 しかし、目の前の人間が桜香の様な考えとは限らない。


 少なくとも、桜香の両親や祖父を殺した植魔虫は憎い。


 だが、それは個でありではない。


 きっと大人しい子達もいる……そう信じて止まない桜香は、まるで母が子を守る様に身をていして隠した。


 帰路へ向かう老人は足を使い、足早に道なき道を歩いていく。


 それに続き桜香も着いて行こうとする――が。


「あのぉ……もう少しゆっく~りと歩けません?」と、言いたくなるような速さで進む老人。


 自身が怪我をして遅いとはいえ速すぎる。


 時折、道が分からなくなったのか指を舐めては風に聞いたり、杖らしき物を倒して道を決めたりしている。


「こっちかな? あっちかな? ふぉっふぉっふぉ!!」と聞こえるが、桜香はそれどころじゃない。


「着くのか凄く心配なんだけど……どうしよう。夜になったら、またが襲ってきたら……」


 心配する桜香に勘づいたのか、腰袋から天道虫ななちゃんの顔がはみ出す。


 愛くるしい表情を見せているが、状況が状況だけに可哀想だと思いながらも、丁寧かつ素早く中へと押し込む。


 見覚えがある景色ばかりで、迷路にも似た同じ道を歩いている様な気分だ。

 体力が奪われ疲労だけが募り、思わずため息が出る。


 その後、あれから会話も無く前へ進んでいると感じても、必ずやってくると思う桜香。


(1人じゃないのは心強いんだけど、早く着かないかな……そろそろ、足が疲れちゃったよ)


 老人の足元だけを見て進む桜香は、意識が薄れ行く中で歩みを止めることなく進んだ。


 いつのまにか傷が開き包帯がより一層、血で染まるが唇を噛み締めて踏ん張った。


 天道虫ななちゃんは眠っているのか、腰袋の隙間から寝息が聞こえる。


 大量の野草で膨れていた袋は、痩せた様にしぼんでいた。


 盗まれた刀を取り戻すには、自身が万全にならなければいけない。


 心では強く思い続け、しばらくして桜香の諦めない気持ちと意思が実ることになる。


 いつの間にか陽は暮れ幾時が過ぎた頃。


 ようやく人の気配がする灯りが足元を照らし、病んだ桜香の瞳に入る。


 あまりの嬉しさに勢い良く顔をあげる桜香。

 その瞳に映る景色――道標をくれた老人が、いつの間にか目の前から


 訳が分からず辺りを見回すと、松明たいまつで辺りを照らされた小さな家屋が数件とある。


 賑やかとは言いがたいが、耳をませばわずかに人の気配と声がする。


 初めて見る場所だけど到底、〝都〟とは呼べる所ではない。


 どう見ても、母が育ち娘が憧れていた〝花の都〟の想像とは、かけ離れているよそおいだった。


 桜香は気付く、あれほど歩いたのにまだ森の中であり、人里離れた場所なのは間違いないと。


「やっと人が居そうな所に着いた!! けど――〝花の都〟には着いてない……か」


 興奮と嬉しさのあまり叫ぶが、目的とは違う地のせいか同時に落胆する桜香だった。


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