第 陸 輪【前へ進まなきゃ】


 祖父の凄惨な死から一夜明けた。


 体が言うことを聞かないせいで、そのまま腹這はらばいの状態で過ごす。


 意識も薄まっていく中、同じ場所で日の出を


 二度目の陽が上り、あれから何も口にしてないせいか空腹に耐えきれずにいた。


 残っていた野草を構わずまむ。

 さすがに腐っていたのか直ぐに吐き出した。


 応急措置のため、擦り傷に薬草を混ぜた軟膏なんこうと、簡易的だが布製の包帯を巻く。


「この刀は、〝花輪刀〟の中でも類を見ないほどの代物だから、くれぐれも無くさない様に」と生前の祖父の言葉を思い出し、ついでに刀と体を包帯で繋いで背負う。


 端から見れば包帯だらけの重傷人だが、それは仕方がない……とキッパリ割り切った。


 少しだけ重心が後方へ下がりよろめく。


 抱えるのとは違い両手が使えるので、目を覚ます様に頬を叩き気合いを入れる。


「これでよしっ!!」


 自らを姿見で確認すると、やや不格好だが花の守り――っぽいと思った。


 興味本位で触ってみたが、母の形見このかたなが抜ける事はなかった。


 気を取り直して、しっかりと戸締まりをし、日が暮れる前に森を抜けようと早足で急いだ。


 道中では、様々な事が頭の中を駆け巡っていて、それは自身が口に出さずに心に秘めた1つの思い。


 武器を手にする事や植魔虫との対峙。

 今まで平凡に暮らしていた桜香にとって、想像も出来なかった位に未知の世界だ。


 でも祖父が目指し母がそうだった様に、必ず〝花の守り人〟となって、この世界をあるべき形に戻す。


 その為には誰もが認め、後世に語り継がれる程、強く美しい一輪花わたしでありたい。

 たとえ血が滲む様な事になっても、〝花の守り人〟として生涯を捧げた、母と同じ様に亡くなったとしても……。


 そんな思いを胸に秘め、憧れていた〝花の都〟への道中に、桜香の足は祖父の墓へと向う。


 到着後、不器用に盛られた土に置かれた〝種子刀しゅしとう〟に向かって、深々とお辞儀をした。


「いつか必ず強くなって、ここへ戻ってくるからね?。お母さん達によろしくお願いたします」


 数秒の沈黙後、顔を上げると不思議な事が目の前で起こった。


 それは、瞳から落ちた雫のせいなのか?


 または、天上にある陽のせいなのか?


 事実は定かではなかったが、桜色の瞳に映る景色には心地よく送ってくれる様に、祖父の折れた刀が燦然さんぜんと輝いて見えていた。


 他人に話せばそんなの偶然で、どうせ朝霜あさつゆと陽のせいだろ?。


 ――とでも言われるかもしれない……。


 一見、些細ささいなその出来事は、彼女にとって心の雲がかった部分が、少しだけ晴れた様な感覚がしていた。


 少しだけ気持ちが落ち着いた桜香は、心の帯を再び絞め直し、躊躇ためらいも無く後方を振り返る。


 眼前には木漏れ日が差す獣道があり、一歩――また、一歩とゆっくり地を踏み締める。


 歩を前へ出す度に、擦り傷で多少の痛みはあれど、〝今〟〝この時〟〝この世界で〟たった1つしかない命。


 様々な人がつむいだせいを感じられる事が出来る。


 先程まで体中に重くのし掛かっていたのは、疲労でもましてや刀のせいでもなく、これからで生きることへの不安だった。


 だがそれは、祖父が背中を押しそして母に守られた事により、新たな目標はなのまもりとに向けて歩み始める事ができた。


 墓から数十歩程進み、自身の取り柄である元気で明るい表情で、空へと還った祖父に約束を誓った。


「さようならは言わないよ……だって〝またね〟だから!!」


 そう言って再び桜香は、痛み等ものともせずに力強く歩み始めた。


 刹那――


「体に気を付けて元気に過ごすんじゃぞ……」と祖父の声が聞こえた気がして。


 桜香は咄嗟に振り返ると、墓にはなくなったはずの祖父が立っていた。


 今近づけばまた、が戻る様な気がした――。


 歩み寄りたい気持ちを踏み留め、その場で左右に大きく手を振った。


 全力で力一杯に振り続けた。


 天国むこうで、自慢の孫だと誇りにしてもらうためにも、見た目を気にせず顔がくしゃくしゃになりながらも。


 互いに言葉こそ発しなかったが、祖父はいつも通りの屈託のない笑みを浮かべている。


「行ってらっしゃい」


 と、お見送りしている気がして、これまでの感謝と気持ちを込めて思う存分感謝を込めて。


 この時は、永遠にも感じられると思われた。


 しかし、いつだってそう――〝終わり〟の時は音もなく突然やってくる。


 髪の毛が風でなびき、直ぐ様右手で不明瞭な視界を取り除くと、いつの間にかその姿は見えなくなっていた。


 桜香は気を取り直して、肩まである髪の毛を包帯で1つに束ねる。


「早く街の方へ向かわないとなぁ……」と独り言を口に出し、馬の尾に似た髪を揺らしながら新たな道へと歩み始めた。


 桜香の視界には、いつもと変わらぬ風景が広がっている。


 ――陽が木々から漏れ、病んだ体を温める。

 ――時折、風で揺れ動く木葉が舞っている

 ――集中しても聞こえるほど、小鳥達が鳴いている


 そんな森での生命体は、含め、小動物や危害の無い生物しかいない。


 それは何故か?。


 朝型の奴等しょくまちゅうは活発な種が多数であり、この場所に生息している個体も決して例外ではない。


 だが、〝華技・春語四文字・桜贈返礼〟により、森全体を包んだ純白の膜は、《《空中や地中等、一切関係なく作用。


 そして、、眠りから覚める事なくちりと化していた。


 ここで生まれた〝植魔虫〟は最初こそ力もなく、高齢者である桜香の祖父、〝雅流風がるふ〟によって討伐されていた。


 だがそれは食料ひとを食べれず。。


空腹状態で地上を這いずり回り、


 端的に言うなれば万全ではないからだ。


 ゆっくりと進む桜香は、自らが思ったより足が上がらず、5cmにも満たない小石につまずいた。


「おっとっとっ!? 危ない、危ない。転んだら立てなくなっちゃう」


 背負った刀の重みで倒れそうになり、片足で飛びはねながらも、何とか姿勢を立て直す。


 時折姿勢が歪まない様に背伸びをし、桜色の瞳は振り返らずに前へと見据えていた。


 その後、進んでは立ち止まり、また進むを繰り返し、背中へと視線を移しながら口を開いた。

「ふぅ、ひとのおもいって重いもんだなぁ……」


 

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