王国首都郊外の農場(母屋の一室)

 その日、〈農場ファーム〉には予期せぬ来訪者らいほうしゃが少なからずあった。


 その一人、ルトギエル・ヴァルシュタット王国空軍中佐のあまりに唐突とうとつ来訪らいほうは、〈農場ファーム〉配属の空軍将兵たちを大いに驚かせた。


 ルトギエルは、〈アトロファネウラ・プロジェクト〉に深くかかわっており……。


 〈農場ファーム〉の設営も多大な影響力を持ってして推進してきた張本人であるのだが、 例の婚礼・・・・やその後の中佐昇進と操縦手パイロットから“中央”への配置替えなどなど、ある意味「時の人」である自分が動くことの危険性を薄々感じていた。


 そのため、本来、プロジェクトが最終段階に入るまで〈農場ファーム〉を訪れる予定はなかったのだ。


 しかし、 とある命令書・・・・・・の存在を知ってしまったことから、その日の予定をすべて返上してとにもかくにも〈農場ファーム〉へやって来ることになった。


 〈農場ファーム〉の母屋おもやを改築した司令所施設内の一室に入ると、ルトギエル・ヴァルシュタット中佐はレティシア・ヴァルシュタット少尉に面会を求めた。


「お呼びでしょうか? 閣下……」


 ルトギエルはフライトジャケットを着た妹の下半身が、なんというのか……やけにすずしげに見えるのはなぜなのかと怪訝けげんそうに見つめながらいった。


「閣下はよせ。レティシア、お前は輸送機の副操縦士だったはずだ。今すぐ原隊へ復帰せよ」


 レティシアが長らく空軍士官宿舎暮らしだったため、兄妹が再会するのは久しぶりのはずだったが、少なくともそれが感動的なものになりそうな気配は微塵みじんもなかった。


「できません」

何故なにゆえだ!」

「王室からの特別命令ゆえです」

「そんなもの!! 私から、殿下でんか撤回てっかいを願い出る」

「王国がこのレティシアを必要としているのです。その要請ようせいこたえるのは軍属ぐんぞくの義務。中佐も、王国軍人ならばおわかりになるはず」

「母上になんという? 男爵家のあるじを失っただけでは事足ことたりず、愛娘まなむすめまで失うのか?」

「中佐がそれをおっしゃいますか?」

「実の兄の私以外に誰が言う?」

「母上もヴァルシュタットの女。私が王国空軍操縦士となったとき、御覚悟ごかくごはされたはず……」

「輸送機の操縦士であるからと説得していたではないか。『後方で物資を輸送するだけゆえ、危険はありませぬ』とかなんとか……」

「……失礼します 」


 勝手に敬礼してドアノブに手を掛けたレティシアに向けて、ルトギエルがさけんだ。


「待て、レティシィ!!」


 それまで比較的冷静に対応していたレティシアだったが、立ち止まって振り返ると怒鳴どなるようにいった。


「兄上っ!!」


 レティシアはルトギエルをにらんだ。


 ヴァルシュタット家の者特有の「あの吸い込まれるかのような……」とよく形容されるあおい瞳同士がぶつかりあった。


 こういうとき、この妹は兄を兄と思わぬようなところがあった。


「私のことをそう呼んでいいのは……父上だけです」


 静かに言い残すと、レティシアは〈アトロファネウラ愛機〉の待つ〈納屋シェッド〉へ向かった。


 ルトギエルは妹の後ろ姿……その綺麗な脚線美をなんとなく思い出しながら、操縦士パイロットの妹が空軍施設内でなぜそのような格好をしているのか考えてみるのだが、どうしてもわからなかった。


「とても、本人にけるような雰囲気ふんいきではなかったしな……」

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