王国空軍首都部基地(滑走路)

「いや、しかし、傑作けっさくだったな」


 笑いながら語る機長と並んで歩きながら、副操縦士は無口だったが、不愉快だからそうしていたわけではない。


 着陸の際、操縦をまかされたので逆に気分は良いぐらいだった。


 こっそりと口元くちもとゆるませているのが、その何よりの証拠だったし、手の平に残った操縦桿そうじゅうかんとスロットルレバーの感触を楽しんでさえいた。


 後方には指定された駐機位置ちゅうきいちで輸送機から装備をろしている、王国陸軍兵士と機体の点検整備に入ろうとしている整備兵たちの姿がある。


 そのとき空軍施設に向けて歩いていた二人の前に、突然、まるでいて出たかのように、黒い影が現れた。


 帽子からコートから靴まで黒ずくめのせいで、接近に気付かなかったのかもしれない。


 男は、強風に黒いコートのすそをはためかせながら、帽子が飛ばないように片手でおさえている。


「失礼……ヴァルシュタット家のレティシアさま」


 男は、静かにそれだけ言うと、レティシアに何か細長い棒状の物体を突き出した。


 とっさに機長は男と部下の間にって入ろうしたが、男が差し出したものが武器のたぐいではなく、巻かれて筒状つつじょうとなった用紙だということに気付いた。


 さらにその筒に見覚えのある紋章もんしょうが押された蜜蝋みつろうの封印を認めると、彼はこおり付いたかのように足を止め、黒ずくめの男をにらんだ。


 としを取っているのやら、見た目よりも若いのやらさっぱりわからない年齢不詳ねんれいふしょうの男だが、この黒装束くろしょうぞくについては思い出したことがある。


 かの家につかえるという……。


 しかし、なぜ、今ここに……。


 それに男はレティシアのことを軍の階級ではなく「ヴァルシュタット家のレティシアさま」と呼んだ……。


 相対あいたいするレティシアも、状況が飲み込めないのは一緒だ。だが、その紙筒かみづつを魅入られたかのように見つめている。


 これから何かが大きく変わる事態が起こり、それは自分にとって今日と昨日を明確に分かつ事柄ことがらであるというのが、手応てごたえを持って感じられる。


 予感というのとも違う。何の根拠こんきょもないというのに、それはレティシアには至極当然しごくとうぜんなことだと確信できたのだ。


 占星術師せんせいじゅつしならば、星並ほしならびと生まれによる「運命」だと片付けてしまうかもしれない。


 だが、その一言で片付けられてしまったら、さぞかし、後世の戦史を紐解ひもとく歴史家は難儀なんぎすることになるだろう。


 そう、このたった一枚の紙が、多くの人々を巻き込む事態につながっているということを知る者は、このとき、ただの一人もいなかったのだ。


 少なくとも、この滑走路上かっそうろじょうには。

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