王国首都のパレード(路地裏)

「このタイミングで潜伏場所アジトがバレるとか、どー考えたってわなとか陽動ようどうとかそーいうんじゃねぇーの?」

「だからといって、放ってはおけまい」

「イヤだゼ、突入したら建物ごとドッカンとかヨ」

「だからこそ、お前の出番だ、オウル」

「けっ、こんなときばっかアテにされてもサ」


というやり取りがオウルと師匠ししょうの間であったのだが……もちろん、いつも通り言いたい放題のオウルの意向いこう配慮はいりょされることはなく、オウルは王国陸軍憲兵隊と不穏分子ふおんぶんし潜伏場所アジトだという路地裏ろじうら集合住宅アパートメントまでやってきていた。


「おいおい、おたくら王国陸軍ロイヤルアーミー特殊部隊スペシャルフォースとか王国警察の対テロ班カウンターテロリストユニットとかじゃあねぇのかヨ?」

「急だったのとほかにも出動が重なったものでして。それで、応援に来てもらえまいかと……〈狩人かりゅうど〉が来ていると耳にしたもので」

「しょうがねぇナ」


 なんだかんだ言っても、口は悪いが面倒見めんどうみは悪くないオウルだ。


 呼んでおいてなんだが、まさかこんなに若いとは……と自分も若輩じゃくはいなのはたなに上げ、老練ろうれん中年ちゅうねんの〈狩人かりゅうど〉が応援に来てくれるのだろうと勝手にイメージしていた憲兵隊員は思った。


「援護はいいけどヨ。無闇むやみに撃って、俺に当てるんじゃあねぇゾ」


 言いながら、腰のホルスターから回転式拳銃リボルバーを抜き、撃鉄ハンマーを起こしたオウルはドアのノブに手をかけた憲兵隊員にうなずいた。


回転式拳銃リボルバーですか?」

「ああ、回転式拳銃コイツがいちばん確実だ」


 憲兵隊員が珍しいものを見るようにして言ったのに対してオウルがそう応じた。憲兵隊員は建物のクリアリングをはじめるため、ドアをゆっくりと開きはじめた。


       *          *          *


「王国の奴等やつらが来たら、このピンをくんだ。わかったか?」

「そうすれば、お父さまとお母さまは助かるのですね?」

「ああ、約束する」


 少女とそんなやりとりの後、男たちは建物を後にした。


 その中のひとりにアレクサンドル・コドロフもいた。


 今日のアレクサンドルのちは共和国陸軍の軍服ではなく、ラフなジャケット姿でハンチングをかぶっていた。婚礼のパレード目当ての観光客に見えなくもない。


 あの高地の戦いの後、負傷しつつも帰還したアレクサンドルにさらなる災難が待っていた。


 どうやら戦死した政治将校の身内に軍の有力者がいたらしく、つつがなく任務を完了したハズのアレクサンドルに「味方を見殺しにした」だの、「臆病風おくびょうかぜに吹かれて、負傷したフリをした」だの難癖なんくせをつけてきた。


 共和国陸軍の将官である義父ぎふが働きかけてくれて、なんとかことなきをたものの、その落としどころがしばらくアレクサンドルが共和国陸軍の指揮官という職務から離れるということだった。


「まあ、何事も経験だ。こういった任務の経験も後々のちのち、きっと役に立つ」


 義父ぎふはアレクサンドルをさとしたが、王国の潜入工作員として現地エージェントと行動を共にするという特別任務とくむにアレクサンドルは戦場にはない居心地いごこちの悪さを感じ、知らず知らずのうちに嫌悪感けんおかんいだいていた。


「あの娘の両親は、本当に助かるのか?」


 現地エージェントのひとりにアレクサンドルはいた。


「そんなことより、自分たちの心配をしたほうがいい。王国の連中、だいぶ近くまでぎつけてきてるようだ」


 男は、それどころではないというように言った。


 世の中が、綺麗事きれいごとだけでまないのはひゃく承知しょうちのアレクサンドルだったが、こういうところがどうにもしょうに合わない……一日も早く原隊げんたいに復帰して、苦楽くらくを共にしてきた部下たちと戦場に立ちたいものだと思った。


       *          *          *


「花売りの少女……ってワケじゃあ、なさそうだナ」


 少女は王国で見かける花売りが身につけている、桃色ピンク基調きちょうとした装束しょうぞくで、真っ白な前掛けエプロンがとてもよく似合っておりあいらしく、左腕ひだりうではなの入ったカゴかかえていた。


 だが、日中の街路がいろではなく、暗い屋内おくないにひとりきりでたたずむその姿は、ととのった血の気のない容貌ようぼう相俟あいまって、見る者にうすさむさを感じさせていた。


 オウルは「まあ、落ち着けよ」と、目の前の娘に語りかけながら、左手で後続こうぞくの王国軍憲兵隊員を「撃つな!」とせいした。


 そして、右手の回転式拳銃リボルバーをゆっくりと腰のホルスターに戻したが、そのとき撃鉄ハンマーはそのままで戻さず、ホルスターのストラップもかけなかった。


「お父さま、お母さまどうか……」


 少女は小声で何かつぶやきながら、花籠はなかごの中から、こぶし大のを取り出した。


 憲兵隊員たちがざわめき、自動拳銃オートマチックピストル散弾銃ショットガンの狙いを眼前がんぜんの少女にあらためてつけた。


つな!」


 オウルは声に出して言い。


 憲兵隊員たちをおさえながら、少女からは眼を離さなかった。


「まあ、待てよ。安全ピンソイツいちまったら、オマエさんも無傷タダじゃあまないんだゼ?」


 部屋はせまく、手榴弾しゅりゅうだん起爆きばくしたら破片はへんを防ぐことのできる遮蔽物しゃへいぶつもなかった。


 少女の左手が、右手に伸びていった。


「ちっ、いちゃあいねぇってか!?」


 アウィスは、こしのホルスターから回転式拳銃リボルバーった。


 西部劇ウェスタンのガンマンを彷彿ほうふつとさせる、常人じょうじん動体視力どうたいしりょくではとらえることのできない早撃ちクィックドロウだった。


 少女が手榴弾しゅりゅうだんを取り落とし、右手を押さえてうずくまるのと同時に憲兵隊員の何人かが飛び出して彼女を拘束こうそくした。


「お見事!」


 そして、ひとりがオウルに声をかけた。


 少女は抵抗しなかったので、武器と自爆用の爆薬がないか身体検査された後、左手の止血処置をされていた。


「聞いたようなことを言うな!! こんな曲撃きょくうちが“見事”なもんかヨ」


 オウルは妹弟子のリーゼロッテと大して変わらないような年齢の少女を見ながら、てるように言った。


 誰に向けるともなく腹の底から込み上げてくる怒りに、その身をゆだねながら。

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