不穏な雰囲気

 午後の授業も終わり、今日もアルバイトのために、アーロムの調査部が管理する時空渦管理施設へ、来ていた。

 黒い雲に覆われる空の下、俺は大剣——ブレイブエッジを構える。

 目標は——静かにたたずむメイナ。

 俺は息を整えると、全身に活を入れて、一歩、一歩、じりじりと歩み寄って、突っ込んだ。

 

「いくぞ!」


「……うん」


 ——腹部に激痛。

 ドスッと重い音が鳩尾を抉り、肺の酸素が押し出される。両腕の力が抜けてしまい、ブレイブエッジがカランと乾いた音を鳴らして、地面に落ちた。

 い、痛い……。ただ痛い……


「う、うぐ……」 


 急所を突かれ、俺は湿った地面に尻餅を着く。

 ま、まだ立てる……


「……すごいね。まだ戦う意思があるんだ……」


「あ、あ、当たり前だ!ゴホゴホ……!」


 惨めに倒れて、メイナの前で羞恥を晒したくない。カッコつけたい一心で立ち上がるが、激しい咳と眩暈に敵わず、顎から地面に突っ込む。

 観戦していたマリーが隣に座るユキを抱きしめながら「無理し過ぎ」とヤジを飛ばす。


「……今日は、このへんにしておこうか」


「あ、ああ……」


 悔しい。また手も足も出なかった。何度挑んでも反撃すら叶わない。

 昨日は忙しくて、できなかったが、俺はほぼ毎日メイナに実戦を交えて稽古をつけて貰っている。

 おかげで、確実な回避のテクニックを会得して、正確な攻撃が繰り出せるようになってきた。

 それでも、メイナには遠く及ばないが……


「はぁ……カッコわるいな……」


「……どうしたの?」


「なんでもない。そういえば、メイナってジョブは何なんだ? レベルも気になるな」


 メイナは一差し指を唇に当てると「……内緒」と小さく呟く。

 謙虚な性格をしている人にとって、自身のレベルやジョブを公開するのは、自慢っぽくて嫌なのだろう。

 マリーに言われた通りだ。本当に俺はメイナのことを何も知らない。

 真摯になって、稽古を付けてくれる理由すら、未だに不明。面倒を見てもらえるのは嬉しいのだが、メイナの本心が見えないせいで、心の中にはわだかまりがある。

 

「日々、こんな特訓してるのね。そりゃパルドもチェッカーズ最強になれるわけよ」


「はい。そしてメイナさんは、やっぱりとても強いですね。憧れます。それとマリーさん、そろそろ離していただけないですか?暑苦しくて……」


「イヤ!」


 マリーとユキがメイナの強さの話題で盛り上がる中、静子さんは持ち前の高い身長を活かして、メイナの頭をぽんぽんと軽く叩く。


「メイナが警備員をしてくれてると、あたしも安心だ」


「……シズコに褒められると恥ずかしい」


「ハハハ、メイナは可愛いな」 


 そういえば、静子さんとメイナは年齢こそ違うものの、そこそこ仲の良い関係だ。静子さんは、基本的にずっと一人で設備点検を行っているせいで、寂しいらしい。

 勤務時間が重なった時、警備員のメイナを話し相手にしているとか。


「ねえねえ、メイナちゃん! 私も戦いたくなっちゃった。相手をお願いしてもいい?」


「……いいよ」


 俺と戦った時と同じで、マリーは少しでも興味が湧くと対戦を申し込むようだ。

 そんな申し込みにメイナは頷くと、マリーは嬉しそうな顔をしてレイピア型のレア武器ウィビス=セイバーを構えた。

 さてと、俺はユキと静子さんと一緒に、離れて観戦させてもらおう。

 マジックファイターのスキルなどを見たいが、参考にならないだろうな。

 どうせ、一瞬で片が付く。


「じゃあ、メイナちゃん。いくよー! 私のとっておきのスキル見せてあげる!」


 マリーは、一気にメイナの懐目掛けて突っ込むと、右手から魔法陣を展開した。簡易的なスキルでは必要ないが、強力なスキルを発動する際は、魔法陣が必須だ。

 だけど――


「あーあ。メイナの前で不用意に魔法陣を展開したか」


「パルドさん、どういうことですか?」


「面白いことになるぞ」


 メイナの目の前に魔法陣が展開されており、このままでは魔法が直撃するだろう。逃げようにも、あまりにも零距離過ぎるせいで回避は不可能だ。


「いくよ!『ギ・フリーズ!』」


 魔法陣が白く発光して、協力な魔法が放たれる瞬間――メイナは魔法陣を掴んだ。


「え?」


 意表を突かれたらしく、マリーは驚いていたが、魔法陣の魔力は今、放たれようとしていた。このまま発射されれば、メイナとはいえ、ただでは済まない。

 優位?違う。マリーは追い込まれている。


「……『エナドレイン』」


「んな!?」


 魔法陣から直接魔力を吸い上げられたマリーは、全身に電流が流れたように身体をビクンとさせると、痙攣しならが膝から崩れ落ちる。


「メ、メメ……メイナちゃん……。一体、何をしたの……」


「……魔法陣を通して、体内から直接魔力を抜いた。ごめん、やり過ぎたかも」


「あがが……、こ、これ……、ひ、ひど……い……」


「……抜いた魔力は、ほんの少しだけだったんだけど……。微量でも、抜くとダメなのかな。ごめんね」


 メイナは申し訳なさそうに、地面に倒れるマリーを起こした。

 マリーはまだダメージが残っているようで、まだ顔が引きつっている。


「魔法陣通して、全力で魔力吸い取ると神経ごと抜き取れるからな。メイナは手加減してくれてるぞ」


「これで……、手加減なの……? あと、ちょびっとでも多く抜かれてたら……、失禁してるまで……あるよ……、こ、これ……」


 魔法陣を使用できる故に生まれる弱点だ。

 俺もメイナからピンチの時は、魔法陣から『エナドレイン』で全部抜き取れと教わっている。

 見事な効き目のようなので、機会があれば使わせて貰う。

 そんなやり取りを見ていた静子さんは、半笑いでレジ袋を持ってきてくれた。

 中に何が入っているか勘付いたマリーは、さっきまで痙攣していたというのに、一瞬で復活すると飛び上がった。


「ほら、お前達、疲れただろう。施設管理長のあたしが、昼の休憩時間中にコンビニで買ってきたシュークリームだ。5個入りだから、皆で分けれるぞ」


「………ぁ!」


 静子さんは気が効く大人の方で、肉体労働の俺達に甘いお菓子を振る舞ってくれる。コンビニのお菓子でも、選んでくる商品はセンスは抜群だ。

 おかげで今まで、戦闘で疲弊した身体を何度も癒やしてもらったことか……


「メイナ、手が汚れているな。おしぼりあるから、先に手を拭くといい」


「………シズコ、お菓子くれる度に言うね、それ」


「当然だろう。あたしは、ちゃんと見ているぞ。お前が大好きな日本のお菓子だ。手の汚れなんかに、味

を阻害されたくないだろ?」


「……うん。ありがとう、シズコ」


 おしぼりで手を拭いたメイナは、シュークリームを受け取ると、大きく口を開けて、それはとても美味しそうに頬張る。


「……ニホンのお菓子、美味しいね」


 俺も食べているが、確かに美味しいと思う。しかし、メイナのようなリアクションを取れるほど純粋ではない。


「……こんな美味しい食べ物がある地球、羨ましいな」


「メイナさんは地球に行かれないんですか?」


 ユキの素朴な疑問に、幸せそうにシュークリームを食べていたメイナの表情が一瞬だけ曇った。


「あ、あの……、ごめんなさい。僕、いけないことを言ったのでしょうか……?」


 ユキは自身が失言をしたのではと思い、頭を下げたが、メイナは首を横に振って「気にしないで」と優しく語りかけた。


「ユキは何も悪いことは言ってねえよ。アーロムと地球の環境の違いが、悪いんだ」


「そのせいで厄介な連中も生まれたからね。ほんと嫌になっちゃう」


 マリーは溜息を吐くと大きく口を開けて、シュークリームを放り込む。口周りは白く染まるが、メイナに負けず劣らず美味しそうに食べていた。


「地球とアーロムの環境に厄介な連中ですか?」


 アーロムに詳しくないユキのためにも、しっかりと世界の説明してやろう。


「魔力のあるアーロムで生まれると魔力に依存した身体になって、魔力の無い地球では衰弱するんだ。そのせいで、アーロム人は地球にいけない」


「そんなことが……。それって、一方的な関係では?」


 これはユキの言う通りで、地球側は一方的な関係を利用して、好き放題にアーロムを調査して、未知の資源や物資を頂いている。

 一部のアーロム人からすれば、侵略されている気分だろう。

 その結果、生まれたのが――


「――ヴェルロだ」


「ヴェルロ……。最近、話題になっている例の団体ですよね」


「ああ。地球との関係に不満を持つアーロム人が結成して、生まれたテロ組織ヴェルロ。アーロムに建てられた地球の施設を破壊したり、時には地球人を襲う連中だ。俺は目撃したこともないし、ウルリア近辺では活動したという記録もないな」


「こ、怖いですね……」


 ユキの不安に思うのは当然だが、実は俺達調査部の人間が襲われたことは一度も無い。武装していることもあるが、基本的に地球側のお偉いさんを狙うのだ。ヴェルロといえど、俺達のような人質の価値が低いのは、狙わない。


「そうだった。お前達に伝えておく情報があったのを、すっかり忘れていた」


 静子さんは十字架のぶらさがった黒衣の胸ポケットから、一枚の資料を取り出すと、それを俺達に見せてくれた。

 興味を示したメイナが俺の肩に顎を乗せて、資料を覗く。

 ちょ、ちょっと……は、鼻息がかかって……心臓が爆発する……


「……読めない」


「あ、ああ……。日本語だもんな……。そんな不満そうな顔するなって……」


「……むぅ」


 詳しい理屈は知らないが、アーロムには言語翻訳魔法が国中にかけられているらしい。おかげで俺でも文字が読めるし、地球人とアーロム人の会話も成り立つ。

 俺は静子さんの資料に目を通すと、そこには昨日戦ったゴブリンやサイクロプスとは違った見慣れないモンスターの名前が短く綴られていた。


「精霊シャドーウィッチ」


 俺がモンスターの名前を呟くと、メイナが眉をひそめた。


「……シズコ、精霊がいるの!?」


「それはあたしも知らん。ただ、ヴェルロが狙ってるだの、突然精霊が発生しただの、出所不明な噂が飛び交っている。とにかく、危険な存在がうろついてる可能性がある。遭遇した場合は気を付けるように。まあ死んでも蘇生薬で生き返れるけどな」


 そんなヤベえのがうろついてるなら、国が動いて調査した方がいいのでは?

 いや、まだ噂の域が出ない不確定な情報か。それなら無理だな。

   

「はいはいはーい!危険なら、バイトの私は帰ってもいいでしょ?生き返れる=命を粗末にしていいわけじゃないと思うの!」


「ハッハッハ、そんな通達は私の元に届いてない!『精霊やテロリストなんて関係ない働け』と会社は望んでる」


「この職場、かなりブラックよね。バイト辞めようかしら……」


 頬を引きつらせたマリーは、明後日の方向をむいてがっくりと項垂れる。 


「精霊って、そんなにマズいんですか?」


「そうよ。えーと、確かアーロムは2年前まで戦争をしてたのよね。聖神教とかいう宗教団体がアーロム全国の軍をまとめ上げて、大量に発生した世界の秩序を乱す精霊を討伐した、精霊戦争と呼ばれる争いが勃発するくらい」


「2年前となると、丁度アーロムと地球が繋がったくらいですよね」


「そうだよ。その精霊戦争で、精霊を暴走させていた原因の『イフリート』が討たれたことがキッカケで時空が歪んで、時空渦が発生したの。言っちゃうと地球と繋がるまで、アーロムは精霊と戦争してたんだよね」


 聖神教はかなり大きく、アーロム全国で信仰されている宗教だ。資金面や武力面においても相当なものらしい。


「原因が討たれたってことは、聖神教が勝利したってことですか?」


「聖神教の――名前は知らないけど、スピリットスレイヤーと呼ばれる人が、ズバーンと『イフリート』を討伐して、戦争は終了。凄いよね、私も一度で良いからスピリットスレイヤーと崇められた英雄と、手合わせお願いしたいなー」


 英雄スピリットスレイヤーのことを熱弁するマリーの説明が終わると、ユキは手に持っていたシュークリームを口へ運んだ。


「メイナさん。複雑そうな顔してます……」


「アーロム出身なら、当然精霊戦争を経験してるからな。精霊の出現なんかは色々と思うことがあるんだろ」


 こんな時は、彼女が望んでいる言葉をかけれるほど、俺は出来た人間ではない。不用意な発言でむしろメイナを傷付ける可能性まである。俺のような精霊戦争を知らない男では、どんな言葉をかけてあげれば良いのか検討も付かない。

 それでも、少しくらいは、ちょっかいをかけたくなった。


「ほらよ」


「むぐっ?」


 俺は手に持っていたシュークリームをメイナの口に押し込む。

 メイナに驚いた顔をされたが、好物の前には敵わなかったようで、すぐに口をモグモグさせると、味を堪能してゆっくりと飲み込こんだ。


「……これ、パルドの分」


「地球に帰ったら、いくらでも喰えるよ。メイナが食べろ」


「……ありがとう」


 メイナは、小さく微笑むと頬に付いた生クリームを拭き取った。

 そんな動作に俺の胸はドキッと高鳴ってしまった。何があったか知らないが、メイナには、できるだけ笑っていて欲しい。


「お前達は仲良しだな。彼氏もいないあたしに対する嫌みか?」


「……何を言ってるの、シズコ?」


「えーい、早く仕事に行ってこい! お前達の甘ったるい雰囲気は、独身では耐えられん!」


 静子さんは、咥えていた煙草を携帯灰皿に押し込むと、「シッシ」と手を俺達に振って

施設から追い出された。

 もう少し、メイナの微笑みを堪能させてくれよ……

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混合世界のアルバイトでカッコよさを 天瀬たなお @amasetanao

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