雑魚の中では最強

 昨日の異世界での戦闘が祟り、ぬくぬくな毛布で人間として適切な7時間という睡眠時間を取ったにも関わらず、全身の疲弊は回復していなかった。両膝の関節が痛み、肩は鉛でも乗っているのかと疑うほど。

 どれだけベッドでうめいても、太陽は融通が利かない頑固者。

 そして、今日は平日であり、学生は学校がある。


「くっそ、ダルい……」


 俺自身、才能や運で色々悩んでいることが原因で、ストレスを抱えやすい人格をしている。

 何かをキッカケに、俺の心は簡単に崩壊するかもしれない。


「疲れてたから、昨日は、勉強できなかったな……」


 バイトを始めてから成績が落ちたということは無いが、落ちこぼれから更に下に行かないために努力を惜しむつもりはない。


「さてと、準備しないと……」






 重い瞼と睡魔。これらとの闘いに無事勝利した俺は、午前中の授業を切り抜け、昼休みが訪れる。


「腹が減ったな……」 


 瞼をこすりながら、大きな欠伸が零れる。

 身体に溜まっている疲労が休息を求めているが、空腹には勝てない。

 この時間帯の食堂は腹を空かせた学生達が、数量限定の人気メニューをどうやって入手するか躍起になっている頃だ。

 人混みが苦手な俺にとって、昼休みの食堂は地獄なので時間を置いていきたいけどな……睡眠時間が惜しい。

 

「さっさと飯を食って……残りの昼休み時間を睡眠にあてよう……」

 

 思い立ったが吉日だ。

 重い身体に鞭を打って立ち上がると、フラフラと教室を出て廊下を歩く。

 窓から流れ込む風が心地よい……。廊下って涼しくて、静かだよな——


「——うわあああ、離してください!」


 聞き覚えのある幼さが混じった男の子の声。

 嫌な予感が頭をよぎり、俺はそっと後ろを振り返る。


「うわ……。俺と同じ学校だったのかよ……」


 全身黒でスカートの丈に赤のラインが刺繍され、ちまたでも可愛いと評判の女子制服。それを着こなしているマリーがユキの身体をベタベタ触っている。

 手首を掴まれて拘束されているので、逃げるに逃げれないらしい。

 涙を浮かべて必死に抵抗しているユキには申し訳ないが、疲れている今の状態で厄介ごとは御免だ。

 俺は気付かなかったフリをして、速足で廊下を——


「あー、パルドじゃん!奇遇ね!」

 

「……」


「ユキちゃんと二人っきりで食事取ろうとしたんだけど、いいわ!ねえ、パルド!一緒にお昼にしましょうよ!」


「い、いや……1人で喰いた——」


 ふと、感じ取った視線。

 涙を浮かべて、期待のまなざしで俺を見つめるユキ。

 やめてくれ……震えながら、助けを求める子犬みたいなまなざしで、みつめないで……


「あ、あのパルドさん……」


「ユキ、いくらなんでも卑怯だぞ……」


 なんで、こいつ男なんだよ。神様恨むぞ。 

 





 1人の時間を削り、渋々とマリー達と食堂に来た俺は、ランチを購入して、四角形の4人用テーブルに腰を降ろす。

 この時間帯は利用者が多く、学校食堂は大変賑わっている。

 俺は早く休みたい一心で、黙々と食べるが、ムードメーカーなマリーは常に話題を絶やさない。無視するとやかましいので、適当に受け答えだけはしておいた。  


「ええー! じゃあパルドは学生寮なんだ! 私もユキちゃんも自宅勢だよ。学生寮とか大変じゃない?というか学生寮にいてもバイトできるんだ、意外!」


「別に個人部屋だし……夜でも食堂は開いてるから、何も大変じゃねえよ」


「異世界調査のバイトが終わるのは10時でしょ。そんな遅くまで食堂って開いてるの?」


「夜まで練習してる運動部もあるしな。この食堂は夜でも開いてる」


「なるほどねー。知らなかったわ」


 マリーは納得したらしく、大袈裟な反応を見せる。

 今時、手のひらに拳を乗せる人がいるのか……

 マイペースなマリーも一通り話と、次はランチに手を付ける。


「んー! 美味しい、学食でこんな美味しい昼食を取れるなんて幸せ!」


 マリーは頬に手を当てて、美味しさを噛みしめる。

 しかし、そんなマリーの隣に座るユキは目を虚ろにしていた。


「はい、とっても幸せです……。肉に野菜という普通のランチ……。虫が並ばない食事って幸せです……、本当に美味しいです……」


「ユ、ユキちゃん……、何かあったの……?」


 ユキは昨日のトラウマを思い出して、胃液がこみ上げたのか、口を押さえ始める。

 マリーも下心抜きの本心で心配しており、両手をパンと叩くと話題を切り替えた。


「そ、そういえばさ。私、みんなの名前知らないのよね」


 思い返すとマリーと自己紹介した記憶がない。

 パルドやマリーなんて気安く呼び合っているが、これは異世界アーロムで使う呼び名だ。

 一応、ここは日本なので本名で呼び合った方がいいはずだ。


「俺は桜田遥斗だ」


「はるとだから、少しもじってパルドなのね。安直じゃない?紛らわしいから、今後もパルドって呼ぶわね」


「好きにしろ。俺もマリーと呼ぶ。それで、お前の本名は何だよ」


「夏目マツリだけど。ふふん、良い名前でしょ!」


 自分の名前にそこまで胸張る人、初めて見たよ。大体の人は、どこかしら自分の名前を古臭く感じたり、他の人と違うと思い、コンプレックスを抱くのに。

 というか、こいつもマツリだから、もじってマリーだろ。俺と名前の由来は、ほとんど同じじゃねえか。


「僕は、早乙女ユウキです」


「見た目通りの可愛い名前じゃない! うーん、たまらない」


 マリーは隣の席に座っているユキにガバッ抱きつくと、辛抱たまらないと言わんばかりに笑顔でよだれを垂らして頬ずりを始めた。


「あ、あの……やめてください……」


「いいじゃない! 減るもんじゃないし」


「お前の世間に対する評価は減るけどな」


 食堂という公衆の面前で、女顔とは言え、男子制服着た子に頬ずりしてる派手な容姿した女が興奮してる光景は、多くの人の目にとまる。

 そのせいで、さっきから通りすがりの人の視線が痛い。


「んもー、パルドは厳しいし、余計な一言が多いよ。そんなだと、メイナちゃんに嫌われちゃうよ」


「うっ……、それは辛いな」


 もし、メイナに嫌われでもしたら――

 間違いなく、俺はバイトを辞めるだろう。それ以上のことは考えたくもない。


「パルドもそんなピュアな反応するのね。メイナちゃんにゾッコンなの?」


「日頃世話になってるし、恩もあるからな」


「その言い方だと、恋愛感情は無いみたいに捉えれるわよ」


「ノ、ノーコメントだ……」


 童貞の俺では、好きな女の子の話題ができるほど、心が強くない……

 それにメイナって、どこか感情をひた隠しにするから、イマイチ俺をどう思ってるのかわからない……不安だ。


「チェッカーズ最強でも恋愛に関しては、初心者なのね。せっかく、メイナちゃんとの色恋話を聞けると思っていたのに、ちょっと残念」


「なんか含みがある言い方だな」


「そりゃそうよ。パルドがいなくなった後、大変だったんだから」


 表情を曇らせて愚痴ったマリーに相槌を打つように、ユキが「ははは……」と頬を掻いて乾いた笑いを溢す。


「なにかあったのか?」


「パルドってさ、メイナちゃんの苦手なものって知ってる?」


「藪から棒に、妙な事を尋ねてきたな。メイナに苦手なものってあるのか?」


「パルドとメイナちゃんって、その程度の関係なのね。仲良しに見えたけど、私の勘違いだったのかも。チェッカーズ最強でも、メイナちゃんのこと何も知らないじゃない」


 マリーの言葉が矢ように俺の心を貫く。

 そ、そう言われても……

 ズケズケと「メイナが好きだから、俺の知らないこと教えて!」なんて言える強靭——いや、狂人なメンタルは持ち合わせてない。

 もしも、そんな真似して、メイナに気持ち悪がられでもしたら——翌日の俺は、首を吊ってる。

 駄目だ。恋愛絡みになると、俺はネガティブになってしまう。

 俺はぶんぶんと首を横に振って、脳内を蝕む思考を払拭する。



「さっきから、ちょくちょく言っているチェッカーズ最強ってなんだ?」


「実は昨日、メイナちゃんからパルドの秘密を聞いた後に、気になったからマネージャーから教えてもらったの」


「俺の秘密?」


「それは気にしないで。それでね、マネージャーが言ってたんだけど、パルドってチェッカーズの中では実力1位なのね」


「……」


 それはただ、俺が昇級してないからだろ…… 

 最強と呼ばれるのは気分が悪いものではない。しかし、チェッカーズなんてハンターズに比べれば雑魚の集まりだ。

 レア武器が入手できず、チェッカーズを拗らせた結果、最強になった。 


「ちっとも嬉しくない……」


 メイナとの特訓が無駄では無かったことの証明のためにも、早く昇級したいな。

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