リミテッドブースト

 パルド、ユキ、マリーが時空渦を通り、地球へ帰宅する。

 静粛。先程まで騒がしかった3人組が突如といなくなり、静かとなった時空渦管理施設に実感が沸かないメイナはゆっくりと目を伏せた。


 ——寂しい。


 メイナの心を潰す1つの感情が、心に芽生える。

 原因は至極単純だった。パルドがいない、ただそれだけ。

 メイナ自身、パルドに依存しすぎていることは自覚してるつもりだ。彼に迷惑をかけたくないと思いつつも、それでも彼を求めてしまう。

 自堕落で幼稚な思考回路——メイナは、そんなダメな自分が嫌いだった。


「……シズコ。あたし、帰るね」


「おお。おつかれさーん。私は、仕事が終わったら帰るよ。修理、破損部品の発注、報告書……いつ終わるかわからん……」


 出社時にパルドが利用した武器を格納しているカプセルの修理作業に没頭している静子は、大袈裟なため息を吐きながら、背中を向けてメイナに手を振ってくれた。






 メイナは個人の家を持っていないが、寝泊まりする場所は確保している。

 それが社宅だ。アルケミーカンパニーが所有するアーロムの土地に建てられた、3階建ての建造物。

 異世界アーロムで働く者達のために会社が用意した住家である。

 利用者の9割が地球人、残りの1割は異世界人で、共同で暮らしており、その女子寮の3階にある一番左端の奥の部屋——それがメイナの自室だ。

 ベッドと机以外の家具が存在しない部屋は、カーテンが閉め切ってあり、暗闇に包まれている。

 お洒落や物欲に乏しいメイナは、何事も「これさえあればいい」と割り切るため、質素な部屋になるのは必然だった。

 帰宅したメイナは、胸当てを外して、会社からの書類が散らばる机に置く。次に服を抜いて、そのまま邪魔な下着も脱ぎ捨てる。

 赤裸々に肌を晒して生まれたままの姿となったメイナは息を吐くと、トイレ付きのバスルームへ移動した。

 身体の汗と、ティッシュでは拭ききれなかった返り血をシャワーで流すため、蛇口をひねる。

 温水のつもりでも、最初は冷水が出ることを忘れていたメイナは、「ひっ!」と可愛らしい声が零れた。

 アルケミーカンパニーの寮の水は、厳重に管理されているため、とても清潔で生水で飲んでも問題はない。そんな高級な水が、ここでは蛇口をひねるだけで出てくる。

 自分らしくないと思いつつも、メイナはそんな贅沢なシャワーが好きで、日々の身体の汚れと疲れを流すのが日課となっていた。

 

「……おなか、空いた……」

 

 ぐーと空腹を訴える音が、腹部から鳴り響く。

 シャワーを堪能したメイナは、バスタオルで身体を拭くと、無地の白Tシャツとズボンを履いて、一階へ向かった。



  



 寮の一階は食堂である。

 内装は清潔感溢れる白の壁に、磨き抜かれたタイル製の床。木製の4人席用の四角テーブルが沢山配置されている。異世界アーロムの食事処で、このような光景を見れるのは、この場所だけ。

 現在の地球は、我先にと一秒でも早く異世界へと事業の展開を狙っているため、アルケミーカンパニーは24時間フル稼働している。

 休憩に加え、メイナと同じ仕事終わりの従業員が利用しており、食堂はいつの時間帯も活気に満ちている。

 本日の食堂おすすめメニューのカレーライスを注文したメイナは、お盆に食事を載せて座れる場所を探す。キョロキョロと席を探すと、見覚えのある人物と視線が交わった。


「メイナさん、こんばんは」


「はっろー、もしかして今から晩御飯?なら、私と一緒にたべよーよ!」


 先程、時空渦を潜り、地球へ帰宅したはずのマリーが4人席のテーブルで腰を降ろして、食事をとっている。その隣にはユキも鎮座しており、マリーに必要以上な密着をされていた。

 メイナは遠慮なくマリーの正面の席に座り、カレーライスをじっくりと味わおうとすると、マリーがグイッと鼻息がかかる距離まで顔を詰めてきた。

 

「……帰ったんじゃなかったの?」


「ユキちゃんがお腹空いたって言うから連れてきたの!それよりも、メイナちゃんとパルドの関係を教えてよ!乙女として気になるわ!」


 突拍子のないマリーの質問にメイナは首をかしげて、脳内を整理する。

 ——あたしとパルドの関係

 パルドと知り合って1年が過ぎるが、その答えは今のメイナには導きだせない。

 しかし、ただ1つだけ確かなものがあった。


「……制限増幅リミテッドブースト


「りみてっどぶーすと?」


 耳にしたことのない単語にマリーは、ただ聞き返した。

 

「……パルドの特性。スキルとは違う……例えるなら神の加護みたいなもの」 


「私が聞きたかったのは、そういうことじゃなかったんだけど……」


 不服そうな表情で頬をかくマリーは、興醒めしたようにメイナから顔を離す。

 男女の絡みを知りたく、意気揚々と尋ねたのだが、メイナは違う方向性で捉えた。

 もやもやしつつも、パルドには不明点が多く、知りたいことが山積みだったマリーは、この路線で話を進めることにする。


「神の加護?みょうちくりんなこと言うわね。それで、そのリミテッドなんやらがあると、どう違うの?」


「……経験値獲得量とステータス上昇量が、人より1,5倍多くなる」


 想像を遥かに超えた回答にマリーは顔をゆがませて「はぁ!?」と声を荒げると、次は顎に手を当て考える仕草をする。 


「そういえば、パルドのステータス、ジョブ未設定にしては妙に高かったわね!所詮0,5と思っていたけど……1,5倍!?もしも、パルドが私と同じジョブのマジックファイターになれたら、ステータスに修正が入るはずだから……レベルが同じでも1,5倍の差がつくってこと!?」


「……多分」


「ええー、なによそのチート!納得できない、理不尽よ!私もそんな才能が欲しいわ!どうしたらそんなチートを手に入れられるのよ!」


「……わからない。でも、そんな良いものじゃないと思う」


「なんでよ、いいことまみれじゃない!」


 1年の努力を正体不明なもので否定されたマリーは、納得のいかない様子だった。

 

「……ジョブに就けなくなる」


「へ?」


「……確信ないけど、多分幸運度も低下してる」


「幸運度ってレア武器のドロップに関係するって言われてるアレよね?」


「……メリットとデメリットの共存。だから制限増幅リミテッドブースト


「羨ましいと思ったけど、私はいらないかも……。辛酸を舐めること前提の加護だもん……」

 

 拍子抜けしたようにガックリと肩を落としたマリーは、静かにカレーを食べ始めた。

 メイナとマリーが会話している間に、ユキは食べ終えて両手を合わせる。  


「ご馳走様です。メイナさん、とても興味深い話をありがとうございます。パルドさんが、あんなに強いのは才能の1つなんですね」


「……才能」


 ——パルドの才能。その言葉がメイナの脳内に反響する。

 初めて出会った日、彼はとても弱かった。容量が悪く、動きも鈍い。

 鍛錬を依頼されたとき、彼の成長には、膨大な時間を有すると思っていた。

 しかし、一カ月が経った辺りからだろうか。彼は、驚くほどの成長を見せた。

 ただ彼は、ジョブに就けないことと、周りがどんどんハンターズに昇級してしまうことから、自分の欠点に強いコンプレックスを抱くようになってしまい、今では「俺は落ちこぼれ」と勘違いをしている。

 何度も挫けそうな顔をしながらも、あたしに鍛錬を依頼する彼に、尋ねたことがあった。

 

「……どうして、そんなに強いの?」


「俺は、強くねえよ……」

 

「……なら、どうしてそんなに強くなろうと努力できるの?」


「それは……隣に立ちたい人がいるから……かな」


 あたしに彼の思考を読み取ることはできなかった。

 ただ、日々強くなっていく彼を見て、嬉しくなる半面、あたしは怖くなっていって……

 ——遠くない日、きっとパルドはあたしより強くなる。

 もし、そうなったら、あたしは彼に必要とされなくなるのでは?と嫌な想像をしてしまう。

 少しでも、必要とされたくて、パルドが困っていたら、手伝いたくなる。すべてを投げ捨ててでも、彼に必要とされたくなる。

 パルドが無理な頼み事をしてきても、きっとあたしは断れない。

 いくらでも強くなっていい。でも、お願いだから、ずっと一緒に——


「メイナさん?あの……大丈夫ですか?瞬きもしないで固まってましたけど……?」


「……!?」


 ユキは心配そうな顔でメイナを見つめていたが、意識がはっきりすると胸を撫でおろした。

 メイナは、自分が思考の泥沼にハマっていたことに気付き、ゆっくりと目をつぶり、首を振る。

 目の前の席に座る怪訝な目をしたマリーがメイナの頬を引っ張った。


「もー、メイナちゃん。せっかく美人なのに暗い顔ばかりする。もったいない、笑いなよー」


「……むひゅかしい……」

 

 

 ——ボン。

 突然、食堂のカウンターから見える厨房から火が上がる。

 調理の際に使用する油に引火したようで、フライパンに載る料理がメラメラと燃えていた。

 トラブルが発生したが、厨房の人達は冷静に対応している。幸い、怪我人もいない。


「まったくもー。びっくりしちゃった!火は危険なんだからね」


 マリーは、腕を組みながらぷんぷんと怒る。食堂を利用する他の従業員も驚いただけのようで、騒ぎにまではなっていなかった。


「ははは……失敗は誰にでもありますよ」


「そうだけどさー。でも、やっぱり怖いよね、メイナちゃ——」


 同意を得ようとマリーが振り返った時だ。 


 ——利用していたテーブルが宙を舞った。

 料理がベチャリと床に散乱し、食器が割れる音に人々の視線が集う。


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 突然、メイナの叫び声が食堂中に響き渡った。

 あまりにも突然のことでユキは目を丸くして放心してしまう。

 メイナの異常を察知したマリーは、席を立ちメイナの隣に駆け寄って慈愛の手を差し伸べたが、バチンと痛々しい音と共に弾かれる。人間とは思えない力で弾かれたマリーの手は、腫れて血がにじんでいた。


「うっ、痛い。メイナちゃん……?何に怯えているの……?」


「火が……火が!」


「火?火がどうしたの?」


 目を見開き、全身に鳥肌が立っている。

 一瞬で、噴き出したとは信じれない量の冷や汗で、服は濡れていた。

 

「……いたい……」


「いたい?」


「パルドに会いたいよ……!」


「メイナちゃん……」

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