蠱毒のグルメ ~夢見る毒虫~
モン・サン=ミシェル三太夫
第1話 五条堀川商店街の犬神定食
とにかく飢えていた。
オタサー(怨霊退散サークル)の幹事をやってる俺は、蠱毒に使えそうな四つ辻があるというので、都の東、いわゆる左京まで足を運んだが、行ってびっくり予想を上回るにぎやかさだった。
四条の大通りに近いせいか、日当たりは良いわ、夜も人通りがあるわで、とても呪術向きでない。おまけに蠱毒に妨げとなるヨモギが親の仇とばかりに自生しており、匂いがひどい。まったくの無駄足だった。
そしてどうやら俺は誰かに呪われているらしい。すっかり帰り道を見失っていた。「人を呪わば、ご一緒にあなたの墓穴もいかがですか」とはよく言ったものだ。
そう、俺はバイトで人を呪う、呪術師くずれのチンケな大学寮生だった。
「まいったな、どこに迷いこんでしまったんだ」
雨にも降られ、かざす手のひらから見えた看板には、五条堀川商店街とある。くそ、それにしても飢えがひどい。どこでもいい、エサにありつけさえすれば。
俺は半分朽ちかけたあばら屋を見つけ、迷わず飛び込んだ。うち捨てられた雨具と数匹のネズミを期待してのことだ。
すると驚いた。ここはメシ屋ならぬムシ屋だった。
外から見れば真っ暗で、人気もまったくない建物だったはずが、屋内には油が贅沢に灯され、大勢の蠱主が食事をさせているではないか。
「しゃあ~い」
おかみが水を出す。
「……犬神定食ください」
「はい」
俺はできるだけ同業者らしく注文をする。身分を詮索されるのは迷惑だ。
「あと、蛇」
「蛇なに? シマヘビ、アオダイショウ、ヒバカリ、ジムグリ」
「ヒバカリください。あ、すみません。ウジも、ひとつ」
壁のメニューを見渡しながら、ついつい余分に頼んでしまう。
注文をすませると、ようやく店内を見渡す余裕ができた。
常連っぽいやつらが、ひっきりなしに訪れ、店員は大忙しだ。
身なりの良い客ばかりなのは、飼っている蠱が近隣の家々から財産をかすめとってくるからだろう。
また一人、客が入って来た。
「いらっしゃい、食べさせてくの?」
「持ち込み。この
持ち込み! そういうのもあるのか。
「いくら稼がせたの? じゃあ二百貫文ね」
一度飼った蠱は、なかなか手元から離れてくれない。しかし、今まで奴らが盗ってきた財産に色を付けて路上に捨てれば、欲深い誰かが拾って蠱も一緒に憑いていく。
「多いんだな、持ち込み。しかし蠱なしで暮らすとは、自分で稼ぐのか」
蠱を失うと、とたん運が傾き貧乏になる。だから実際に蠱を手放すやつがこんなにいるとは意外だった。
「おまちどうさま」
ほどなく俺のテーブルに置かれた内容はざっとこんな具合だ。
【ヒバカリ】
ほとんど、まるまるひとつ分。
【毒ヘビ盛り】
マムシとヤマカガシがいっぱい。毒はたっぷり。
【首だけの犬】
皿の上に犬の頭が置かれているものと思っていたら、予想に反して穴の中に犬の身体を埋めて、首だけ出している。不思議なドックフードつき。
【ウジ虫】
量多し。
「うーん、ヒバカリと毒ヘビ盛りで、蛇がダブってしまった。なるほど、この店は定食で十分なんだな」
深く息を吐くと、体内の蠱が形を為す。かなりの空腹だったから、瞬く間に毒の材料をたいらげていく。すっかり俺になついて可愛いものだ。飼い始めてまだ数日といったところだが、仕込んだのは一年前の春だった。
五月五日・端午の正午は、五毒百虫が世にわいて生まれる日。
それに合わせて山で俺が集めたのは、あらゆる毒虫どもだった。
虫というのは、虫偏のついたあらゆる生き物の総称だ。
それを素焼きの容器に入れ、四つ辻に埋めた。食べるものがないから、互いに共食いをする。こうして最後まで残った一匹がこの「蠱」だった。
むしゃむしゃと咀嚼する音をBGMに、俺は店内の雰囲気を楽しむ。
どうやら近場に住む蠱主どうしでテーブルを囲んでいる。おそらく増えすぎた蠱を受け継いできた同族だろう。
蠱を飼う缶の装飾を見せ合ったり、飼育法の談義をしたり。
「なんだ、あったかくて桃源郷みたいな場所じゃないか」
しかしこの店に来てる客ってのは、ほとんど給餌よりも、自分用のアヘンや酒の客なんだな。
どちらも蠱を退ける薬みたいなもので、体内に蠱を飼ってる俺は飲めない。
「ふう、お勘定ー」
蠱が満腹したようで、俺は絹で支払って店を出る。
数歩で振り返ると、あの店はすっかり元通りのボロ家に戻っていた。
その陰からは、おかっぱ髪で赤い服を着た子どもが、じっと見つめている。こんな廃屋から出てきて、何者かと思ったのだろう。
朱雀大路についた。この日の高さなら、サークルのミーティングまで時間があるだろう。
流しの牛車がなければ、まあ朱雀門まで歩くだけだ。
俺は、無地に蠱にエサをやれた安堵感とともに、得体の知れない違和感も同時に味わっていた。
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