第9話 魔法式
今日も講義を終えた私は『竜魔の塔』へやって来ました。
……未だに、此処へ来るのは勇気がいります。
それでも、中を進み教授の研究室へ。ノック。
「テトです」
「開いてますよー」
何時もと変わらないアレン先輩の声がしました。
それだけで、ふわっ、と身体が軽くなるような気がします。
研究室へ入ると挨拶。
「こんにちは?」
「どうして、疑問形なんですか。やぁ、テト。毎日、講義、御苦労様です」
ソファに座り、分厚い古書を読まれている先輩が軽く手を振られました。
室内に、この部屋の主であるアンコさんと教授の姿はなく、更には紅髪の公女殿下もいません。
講義に出ている……と、いうわけでないでしょう。
何しろ、先輩とリディヤ先輩は学生にして学生に非ず。
大学校内で……いえ、大学校の長い歴史上でも二人しかいない『講義免除』の身なんですから。
教授にこっそりと聞いたところ『テト嬢、なら逆に問うが――君は『剣姫』に何かを教えられる剣士や魔法士が王国内にどれ程、いると思っているのかな? 僕が見る限り、精々十人、といったところだろう。そして、アレンは僕宛に届いた、解けないが為に行き場を失った魔法関連の依頼、その過半を任せているんだよ? そんな子に、ここの教師達が教える?? ふふ……君も中々、言うじゃないか。あの二人が、此処にいるのは、多分に政治的問題だ。聞きたいかい?』
勿論、断りました。聞く場合は先輩に聞きます。
むしろ…………僅かな期間で驚かなくなった自分が少しだけ悲しかったです。
私は鞄を降ろし、質問します。
「えっと……アンコさんと教授は?」
「ん? ああ……教授は、出廷中です」
「ほぇ!?」
変な声が出てしまいました。
い、今……『出廷』と聞こえたような……。
王国最高峰の魔法士である、あの教授が!?
動揺する私を見て、先輩はくすくす。
「テトは本当に表情が豊かですね。さ、帽子も取りましょう」
「あ!」
先輩の浮遊魔法と風魔法で帽子が奪われ、帽子掛けにかかります。もうっ!
……相変わらず、綺麗で繊細なのに、凄い安定性の魔法式です。
少しだけ頬を膨らましながら、ポットに水を入れ、沸かし始めます。
――先輩が私へ要求したのは、たった一つでした。
『研究室には、毎日来なくてもいいです。好きな時に来てください。ただし、来た時は紅茶か珈琲を淹れてくれると嬉しいですね』
変な人です。
でも――嫌じゃありません。結局、放課後は毎日、此処へ来てしまいますし。
私は、研究室内をきょろきょろしながら、問いを再開します。
「教授は……どなたかに、その……訴えられたんですか?」
「ええ。『王都愛猫会』に匿名の訴えがありまして。曰く『教授は我等を軽んじ、会合時にアンコ嬢を連れて来ること稀! これは許し難き大罪である!!』と。確かに大罪です。訴えられるのも無理はないと思います」
「は、はぁ……」
……変な人には、変な人が集まっているようです。
私は近寄らないようにしないと!
お湯が沸くまでの間に、何を淹れるかを考えます。
教授も先輩も食道楽な方々なので、研究室には王国だけでなく、海外からも紅茶や珈琲、御茶菓子が届きます。
「リディヤ先輩はどうされたんですか? …………も、もしかして、せ、先輩、浮気を!? は、早まらないでくださいっ!!! お、王都を火の海にするおつもりですかっ!?!!」
「…………テト、僕がモテるとでも思ってるんですか? 時に人は言葉で死ぬんですよ??」
先輩が珍しく落ち込まれます。
……この人がモテない??
小首を傾げ――手を打ちます。
「ああ、そういうことですね!」
「…………いったい、何が『なるほど』なのかは、敢えて聞きません。多分、泣いてしまうので。リディヤは屋敷です。南都から御両親が来られているので」
「??? なら、どうして、先輩は此処に?」
「テトで遊――からかっている方が、精神衛生的に健全ですからね。公爵殿下と公爵夫人が、リディヤと話したいことがあるそうで、夕方から行きます」
「なぁ!? 言い方! 言い方がおかしいですっ! 遊ぶ、も、からかう、も結局、私に実害があるじゃないですかっ!!!」
「……おや?」
「おや? じゃないですっ! そういうところがモテないんですよっ!」
「ごふっ!」
先輩がソファーに倒れこみます。
やってやりましたっ! やられっ放しはテト・ティフェリナの流儀じゃないんですっ! ……多分、リディヤ先輩が『絶対の楯』と化していて、モテないだけなんでしょうけど、教えてなんかあげません。
お湯が沸いたので、丁寧に丁寧に、王国西方産の紅茶を淹れていきます。
……べ、別に、先輩に美味しい紅茶を飲んでほしい、なんて思っていません。
私が美味しい紅茶を飲みたいだけ。他意は微塵もありませんっ! そうですっ!
自分自身を納得させつつ棚からカップを取り出します。
先輩のは小さな赤の鳥がカップの底に描かれたもの。
私のは、先輩とリディヤ先輩が、侃々諤々の大討論の末、決定した可愛らしい黒猫が描かれたものです。
それだけで――浮き浮きしてしまいます。
ティーポットとカップ、御茶菓子を選んでテーブルへ。
「先輩、淹れますよ?」
「うん~」
先輩は文献を凄い早さで捲り――閉じます。
身体を伸ばし、ぐたぁ、とします。
「…………はぁ、疲れました」
「何を読まれていたんですか?」
「んー……テトが気になっていることですかねー」
「! わ、私は、べ、別に何も、気にしてなんかいませんよ? ええ、気にしてなんかいませんっ! あの二人との模擬戦を勝手に決めておきながら、後輩を放り出しっぱなし薄情者な先輩のことなんて、気にしていないんですっ!」
「くっくっくっ……気にしてるじゃないですか」
「……だってぇ」
先輩の前へ小皿に載せたカップを置き、紅茶を注ぎます。
――いい香り。
「ありがとう」
「どういたしまして」
一口。うん、今日も美味しく淹れられました!
とっても穏やかな時間が流れます。
……大学校の講義は、難しいですが、同時に好奇の視線にも曝されて、お世辞にも居心地が良いとは言えないので。
あと、確かに私は二人の男子生徒――イェン・チェッカーとギル・オルグレンとの模擬戦を気にしています。
でも、正直言うと
「…………こういう時間がそのままなら、負けてもいいかな? と思うんです」
「テトー、思ってることが、またしても口から出てますよー」
「! せ、先輩、魔法を使いましたねっ!?」
「冤罪はよくないと思います。まぁ」
先輩が、焼き菓子を私に放ってきました。
受け取り、頬張ります。
「今のままでも楽勝なんですが、圧勝に変えます?」
「……ふぇ?」
あっさり、と先輩が告げてきました。
えっと……
「……先輩、私、多少の実戦経験があるだけ、なんですけど」
「でも、一週間、僕の魔法式を見て、こっそり練習していたでしょう?」
「! に、にゃぜ、そ、それを」
「バレバレです。あと、練習する度に、僕の様子を覗うのは止めましょう。リディヤと笑いを堪えるのに必死でした」
「!?」
私は、紅茶を飲んで自分を落ち着かせ――……むーりーでーすー。
頭を抱え、蹲ります。
……先輩もリディヤ先輩も意地悪が過ぎます。
笑い声。
「自分で弄って分かったと思いますが、僕の魔法式は既存のソレじゃありません『白紙』部分が多く、僕が『いる』と仮定する精霊に任せてしまう領域を増やしてあります。結果――こういうことも可能になります」
「っ!?」
一切の魔力も感じさせず――先輩の魔法弾が私の急所を全て射抜く幻想。
あ……今、私、死んだ……。
先輩が、手を軽く振られ、魔法を消されました。
「僕から何も言わず、この魔法式を自分で試した君が、あの二人に負ける? ないです。初手で全方位から射抜き――お仕舞いですね。けれど、それじゃ少しばかり、味気がありません。折角の、君のお披露目ですからね。派手にしましょう!」
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