第8話 嵐

 研究室を出ると、アレン先輩達が待ってくれていました。


「お、お待たせしましたっ!」

「いいよ」

「さ、行くわよ! 馬鹿二人を斬ればいいのよね? あれ?? 燃やすんだっけ??」

「……斬らないし、燃やしません」

「……ケチ」


 リディヤ先輩を先輩がたしなめます。

 それだけのやり取りなのに、甘いです。大甘です。砂糖山盛りです。

 でも、私は甘いの大好きなので、気にしません。

 実害がでない限りは。

 先輩方が歩き出したのに追随。

 リディヤ先輩は、先輩の袖を掴もうかどうしようか、真剣な表情で悩まれています。可愛いです!


「そう言えば、テト」

「は、はい!」


 先輩に話しかけられて、思わずその場で敬礼。

 ……私の故郷である王国西方では、軍事訓練参加が義務になっているんです。

 くすくす、と笑われます。


「はいはい。緊張しないように。何も取って食べよう、となんてしてないんだから。何処かの紅髪公女殿下はいきなり斬りかかってきたり、魔法を撃ってきたりするから、その警戒態勢は間違いじゃないけどね」

「……ちょっと? それは何処の公女殿下かしらぁ?」

「何処だろうねぇ。自分の胸に手を置いて、考えることをお勧めするよ」

「誰が、そんなこと、するかっ!」


 目にも止まらぬ、リディヤ先輩の手刀三連撃。

 それを先輩は、何の問題もなく躱し、額を軽く打ちました。


「う~!」


 リディヤ先輩が額を押さえられ、悔しさの中に嬉しさを内包させた表情で先輩へ視線をぶつけます。

 …………今の一撃、軍事訓練時に見た、正規騎士様の剣撃よりも絶対に速かったんですけど?


「と――こういうわけです。テトはこうなっちゃ、ダメです。万が一そんな事態になったら、間違いなく僕は泣きます」

「な、なりませんっ! そもそも、なれませんっ!!」

「……以前、同じようなことを言っていた子がいたんですけど、ね……。結果的には…………」


 先輩が、とても遠い目をされました。

 あ、ちょっとだけ、瞳が潤んでいます。

 それを見ていたリディヤ先輩が腕組みをし、呆れたように論評されます。


「あの子、そもそも才能もあったけど、『何処かの誰かさん』が、それはそれは甲斐甲斐しく……ええ、本当に、本当に甲斐甲斐しく、時には、御主人様を放り出してまで、世話をした結果が、ああなったんじゃない。他人のせいにしてるんじゃないわよ!」

「あーあー。聞こえない、聞こえないー」


 先輩が耳を押さえられて、いやいや、と首を振られます。

 ……ちょっとだけ、可愛いです。

 リディヤ先輩も、優しい瞳を向けられています。


「こほん――と、とにかくです! テトは、健やかに、すくすくと成長してくださいね? そして、僕に日々の安寧を!。ああ、あと『僕は変』理論打破へ尽力を!」

「は、はいっ!」

「……無駄な努力だと思うけど。そもそも、この子だってそう思っているのよ?」

「……リディヤ、僕を虐めて楽しいかい?」

「これ程の愉悦、そうはないわね★」

「くっ!」


 先輩が目頭を押さえられます。当然、嘘泣き。

 

 この御二人、とっってもっ! 仲良しさんです。


 これで本当に付き合っていないんでしょうか?

 ……いやでも、リディヤ先輩は『公女殿下』という、最上位の御嬢様にして、御姫様。片や先輩は、『アレン』としか名乗られませんでした。

 付けたのは――『狼族』だけ。

 一般的に、王国内での社会的地位は


不可侵:ウェインライト王家。及び、王位継承権持ちの方々。

最上位:四大公爵家の方々。リディヤ先輩はここです。他国と異なり、『殿下』の敬称を受けられます。

上位:侯爵までの大貴族。また、称号として『大騎士』等、武勲冠たる人達もここに位置しています。最近だと、『黒騎士』様とかがとても有名ですね。

中位:男爵までの貴族。ただし、大商人の中には、貴族よりも実質的に力を持っている人も。

下位:男爵未満の下級貴族と一般市民


の、王族の方々を除くと、大まかに四層構造になっています。

 下位の一般平民であっても『姓』持ちは当たり前。

 私はこの構造の中では、中位だと言えます。

 ティヘリナ家は爵位こそ賜っていませんが、その成立過程から、実質的には男爵位と同等の権利を、西方で得ているからです

 

 けれど――実際には、下位の下が存在します。

 

 すなわち、外国からの移民者。

 そして――獣人族。

 西方において、魔王戦争における獣人族の活躍ぶりは寝物語として、誰しも知っている話なんですが……王国内では、古からの慣習として姓を持たないかの一族を蔑む空気が強く、現国王陛下の諸政策をもってしても、払拭までには至っていません。

 胸が痛くなります。

 ……つまり、この御二人の関係性は、大学校を出てしまったら――頬っぺたを引っ張られました。


「? せ、ひぇんぱい??」

「テト、難しいことを考え過ぎです。気楽にいきましょう、気楽に。未来のことは誰にも分かりません。それに」


 手が離され、耳元で囁かれます。


「(僕は、自分が狼族の一員であることを誇りに思っています。心配は無用です。でも、ありがとう)」

「!?」


 辛うじて、頷きます。

 ……この先輩、やっぱりただ者じゃありません。

 リディヤ先輩が肩を竦められました。まるで『慣れないと、身がもたないわよ?』と言っているかのようです。……確かに!


※※※ 

 

 『竜魔の塔』入口では、二人の少年が思いつめた様子で私達を待っていました。

 先輩が声をかけます。


「やぁ。イェン・チェッカー君とギル・オルグレン君。昨日ぶりだね」

「「…………」」


 無言でほんの少しだけ頭を下げました。

 周囲には、野次馬が多数。

 けれど――


「あんた達、邪魔よ。……散れ」

『! は、はいっ!』


 リディヤ先輩の冷たい一言で、一斉に人が逃げ出しました。

 次いで腕組みをされて、私の同級生へ告げられます。


「……あんた達。昨日、あれだけ、無様に負けておきながら、再戦したいんですってね? しかも、その理由は『掌底の身体強化魔法』ですって??」

「……はい」「……納得出来ません」

「なるほど、ね」


 リディヤ先輩の瞳に業火が宿ります。

 ――周囲の温度が一気に上がりした。

 少年達の顔から血の気が失せ、蒼白に。

 ま、魔力の奔流!?

 圧倒的な魔力の持ち主であれば、起こりえる、とは聞いていましたけど……先輩が公女殿下の頭に手を置かれました。

 魔力は霧散。


「こーら。危ないだろう?」

「……だって」

「だってじゃない。さて」


 先輩が少年達へ微笑まれました。


「手短に――分かりました。再戦を受けましょう」

「「!」」

「ただし」


 自分で頭を動かしているリディヤ先輩をあやしながら、先輩の視線が動き――私で固定。

 …………とてもとても嫌な予感がします。


「君達の相手をするのは、このテト・ティヘリナさんです。彼女に勝てたら、研究室入りを、教授へかけあってあげましょう。勝負は……そうですね。今から、一ヶ月後でどうですか?」

「先輩っ!?」

「無論!」「異存はありませんっ!」

「良し。なら、決定、ということで。ああ、一点だけ」


 突然、襲い掛かってきた『嵐』に私は唖然。

 そんな私を見て先輩は片目を瞑り、意地悪な微笑を浮かべられます。


「どうか、この一ヶ月、死ぬ気で努力をしてください。そうしなければ……テトには到底敵いませんから」 

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