第7話 条件
「――掌底? ああ! 教授、どうしましょうか?」
先輩が小首を傾げられた後、両手を叩かれました。
確かに、昨日の実技試験で二人の少年を吹き飛ばされていました。
……リディヤ先輩から助ける為に。
なので幾ら何でも難癖だと思います。
教授が両手を少しだけ上げられて、肩を大きく竦まされました。
「それを僕に聞くのかい、アレン? なら、一先ず合格にしておいて、君とリディヤ嬢が昨年片付けた諸問題を彼等に解いてもらおう。もって一週間……いや、三日……」
「聞いた僕が馬鹿でした。リディヤ?」
紅髪の公女殿下はカップを手に一言。
「手加減し過ぎたかしらね……仕方ないわ。燃やしてくる」
「駄目です。……はぁ、まったく。いいかい? 君は仮にもリンスター公爵家の公女殿下で、今やリサ様から『剣姫』の称号まで譲り受けたんだからね? その自覚をきちんと持たないと」
「うーるーさーいー。あんたは私の親なわけ? 違うでしょう? あんたは私の」
「世界で唯一人の相方」
「………………う~!」
リディヤ先輩はカップを空中に放り出し、クッションに顔を埋められ、手足をバタバタ。首筋から耳まで真っ赤です。
……僅か二日ですが、御二人の関係性が理解出来てきました。
一見、リディヤ先輩が上位に見えますが、実質は先輩の絶対優位!
私の隣で丸くなられていたアンコさんが、小さく鳴かれました。まるで『正解』と言っているかのようです。
カップは、ぷかぷか、と浮いています。先輩の浮遊魔法。
同時に私の膝へ帽子が届きます。恐ろしく静かな風魔法。……もう、驚かなくなってきました。
「テトはどう思いますか?」
「あ、は、はいっ!」
「立ち上がらなくていいですからね。同期生がいた方がいいですよね?」
「え、えーっと……」
私は帽子のつばを触りつつ考えます。
同期生がいるのは心強いかもしれないけど……私は自分の角を触ります。
大学校内において表立った差別行為は厳格に禁止されている、とは聞いていますが、あくまでもそれは『表』の話。
私の故郷である王国西方ですら根絶出来ていない問題が、魔王領と直接接していない、ここ王都で『存在しない』と断言出来る程、私は人を信じていません。
先輩やリディヤ先輩や教授みたいな人は、きっと大多数ではないでしょう。
だけど――私は先輩を見ました。
「事情は聴いてあげてもいいのかな? って思います」
「ふむ。理由はなんでしょう?」
「……リディヤ先輩と先輩に叩きのめされて、それでもすぐに研究室入りを望むのって、普通出来ないと思うんです。その取っ掛かりはちょっとどうかな~と思いますけど」
「――だって、さ。リディヤ?」
「……知らない。勝手にすれば」
「はいはい」
「……はい、は一回でしょう? バカ。意地悪。後でお願い聞いてもらうから」
「善処するよ」
そう言うと、先輩は立ち上がられました。
浮かんでいるリディヤ先輩のカップを取られて、テーブルの上へ置かれます。
私の隣で丸まっていたアンコさんがソファを降りられて、先輩の足下へ。抱き上げ、右肩に乗せつつ、教授へ向き直られました。
「教授、僕等で対処します。認めるかどうかは」
「君に一任する。そう言えば、アレン。妹さんが王立学校に入学されたそうだが……どうなのかね?」
「そうですねぇ……いきなり、前期試験で学校長が相手すると間違いなく泣くでしょうね。入学試験は緊張したらしく筆記も実技もかなり落としたみたいなので。当分は僕が見よう、と思っています」
「そうか。ふっふっふっ……いやぁ、それは今から楽しみだ。前期試験は見学しに行かねばな!」
「……また、そうやって。教授、そろそろ夜道に気をつけた方がいいのでは?」
「アレン、人の不幸は蜜の味。まして、それがあの腐れエルフ……こほん。御老体のならば、僕はそれだけで寿命が延びる、というものだ。分かるだろう?」
「分かりません。…………何れ、カレンが大学校のこの研究室に来た時、御自身にも降りかかるでしょうに」
「? 今、何か言ったかね?」
先輩の呟きは教授には届かなかったようです。
とりあえず、先輩の妹さんは『カレン』さん、と……。
頭の中にメモし、私は帽子を被り直し立ち上がります。
「先輩、今から、候補生の子に会うんですよね? 私もついて行っていいですか?」
「ええ、勿論です。何処かの公女殿下は留守番を」
「……しないわよ」
リディヤ先輩が顔を上げられました。
クッションを抱えながら立ち上がり、先輩の傍へ。クッション、余程、お気に入りなようです。
二人が相対されます。こうして見ると、リディヤ先輩の方が長身です。
拗ねた口調で公女殿下が提案されます。
「……阿呆は容赦なく落とす」
「却下」
「……なら、条件を厳しくする」
「あ、それはありだね。そして、これがお願い」
「……なわけないでしょぉぉぉ」
「はいはい」
「え、あ、あの、その……」
私の戸惑いを他所に先輩がリディヤ先輩の頭を優しく撫でられます。紅髪の公女殿下は為されるがまま。むしろ「ふっふ~♪」鼻歌まで歌われています。
教授とアンコさんに視線を送ります。説明がほしいです!
対して、御二人? の回答は『これが君を研究室へ入れる理由の一つ』。
……なるほど。
先輩が手を離されました。「あ……」リディヤ先輩が切ない表情されます。
うわぁ、うわぁ……恋愛小説みたいな場面……。
「さ、では、話を聞きに行きましょうか。イェン・チェッカー君とギル・オルグレン君に」
「は、はい!」
「…………条件、まだ決めてないわよ」
先輩の隣に立ったリディヤ先輩が唇を尖らせながら指摘されました。
あ……私、気づいちゃいました。
リディヤ先輩、先輩の袖を摘まもうかどうしようか、悩まれてます!
本物の御嬢様な公女殿下、しかも天下の『剣姫』様にこんな想いを抱くのは不敬かもしれませんけど――この人、可愛過ぎです!
はぁぁ……私、この研究室に入って大正解かも……。
幸福な思いに包まれていると、笑顔の先輩が一瞬、私を見ました。
――背筋がゾワリ。
私は声を出そうとし
「せ、先輩」「それは後のお楽しみにしよう。テトもいいですよね?」
「え、えーっと……」
「はい、この話題はまた後で! さ、行くよー」
「あの、その、ち、ちょっと待」
先輩がリディヤ先輩と研究室を出て行かれます。
扉が閉まる直前、アンコさんの瞳が私へ告げられました。
『がんばって』
私は両手で帽子のつばを押さえつつ、最後の希望、教授へ視線を向けます。
すると、これから私の師になられる筈の大魔法士様は、カップを掲げられ
「テト嬢は余程、アレンに気に入られたようだ。君の前途は多難……こほん。常に嵐かもしれないが、なに、それも人生。これも人生。あれも人生だ。頑張ってくれたまえ。応援はしよう。応援は」
「…………」
この研究室の上下関係を今、はっきりと理解しました。教授、許しませんし、忘れません。
杖を持ち、研究室を後にします。
さぁ――先輩の出される条件は、どんな無理難題なんでしょうか。
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