第6話 二人の関係
先輩の思わぬ提案に、私は変な声を出してしまいました。
リディヤ先輩がギロリ。
「……どうして、そういう結論になるのよ?」
「リディヤも教授も、何時も何時も僕を虐めるじゃないか。『変だ』『おかしい』って。もしも、テトが同じことを出来るようになるのなら、僕の言い分が正しいってことになるだろ?」
「……そーいうことを、言ってなぃ」
小さく頬を膨らました紅髪の公女殿下が、不貞腐れたように先輩を見ます。
あ、なるほど。つまり、先輩との時間が減るのを懸念されているようです。
それにしても御二人は……こ、恋人関係なんでしょうか?
王国四大公爵家直系の公女殿下と自称一般人な少年。身分差の恋物語。
いいです。即、娯楽小説の題材になりそうです!
私は空気を読み、否定の言葉を告げようとし
「テトは僕と魔法の練習したいよね?」
「え? あ、はい」
! 先輩に尋ねられ思わず、肯定してしまいました。
ギロリ、とリディヤ先輩が私を見ます。先輩の肩越しに唇が動き『と・り・け・せ★』。ひぇぇぇ。
そんな私の様子を気にせず、先輩は紅茶ポットを持って立ち上がりました。
「良し! それなら、早速、今日からやってみようか。テト、使える属性は何かな?」
「え、えっと……」
「まだ、この子は言いたいことがあるみたいよ。ね?」
「は、はいっ! あ、あの、せ、先輩」
「んー? リディヤ、クッキーも食べるかい?」
「食べる」
「了解。何時ものでいいよね?」
「ん」
御二人が自然に会話されます。
……何でしょう。恋人、というよりも、連れ添った夫婦のような。
いえ、違いますね。
さっきまで不機嫌だったリディヤ先輩は、先輩から気にかけてもらったのが嬉しいのか、クッションを抱きしめ紅茶を淹れられている先輩の背中を追っています。
その姿は
「……新婚さんかも?」
「言い得て妙だね。当たっていると思うよ」
「!」
私の囁きを教授が聞かれていました。
リディヤ先輩は、身体を左右に揺らしながら先輩を待っているので気づかなかったようです。……危なかった。
いえ、きっと大丈夫な気もしますが、照れ隠しで死の恐怖を味わうのは心臓に良くありませんし。
教授が片目を瞑られました。
「うんうん。君は大成しそうだ。とっとと育って、僕の心労を軽減しておくれ」
「は、はぁ……でも、あの……お、御二人の邪魔をするのは……その」
「邪魔なんかじゃないよ。はい、リディヤ」
「ん♪」
先輩はクッキーが載った小皿をテーブルへ置かれました。色々な種類を少しずつ。わざわざ選別したようです。
空のカップへ紅茶が注がれ、ミルクと砂糖、それに小さなハーブも足されます。ハーブは私達には入っていません。
そのことがまた嬉しくて嬉しくてしょうがないのか、リディヤ先輩は「……えへへ♪」と呟かれながら、クッションを抱きしめられました。
……なんなんでしょうか、この可愛い生き物は。
剣技も魔法も、当然勉強も凄くて、家柄は公爵家。
それでいて、圧倒的な美少女。
なのに、好きな男の子の前ではきちんと可愛いなんて……。
は、反則です。こ、これは反則が過ぎますっ!
法廷は、法廷は何処ですかっ!? これは、裁判を起こさぜるを得ませんっ!!
罪状? 『神様は不公平さの度が過ぎる』ですっ!!!
義憤に駆られる私を他所に、先輩がリディヤ先輩の隣に座られ、尋ねられます。
「紅茶の味、大丈夫だったかな?」
「……ま、まぁまぁ、ね。す、少しは私の好みを覚えたじゃない」
「褒めてくれるかい?」
「! えと、あの…………う~!」
「あ、こら。それ、僕のクッキーだよ?」
…………はっ!
い、いけません。心が暗黒面に飲み込まれそうになってしまいました。
何たることでしょうか。こ、こんななのを目の前で見せつけられるなんて……神様、私に何かお恨みが!?
あまりふざけたことをされると、私にも覚悟がありますよ?
憤る私を見て教授が苦笑され囁かれます。
「ま……見ての通りだよ。リディヤ嬢はアレンに少しばかり依存している。王立学校時代は二人ではなく三人で過ごしていたようだし、少なくとも表面上ここまででもなかったんだが、こっちに来てからは……。そのことを彼も気にしていてね。今期も生徒を採ることにした、というわけさ。ああ、無論、君の才能には疑いようもない。何しろ、彼が太鼓判を押している」
「……私に、そこまでの才能はないと思います」
昨日の光景が脳裏に浮かびます。
同期の子達を一蹴するリディヤ先輩の凛々しい姿と『火焔鳥』。
徹底的に手加減しながら、同期の子達に何もさせなかった先輩。
……私が抱いていた自惚れや過信は、昨日一日だけで砕け散ってしまいました。
この研究室内において私は『何処にでもいる生徒の一人』でしかありません。
努力はするつもりです。一族の為にも。私の細やかな夢の為にも。
でも…………帽子を被りなおそうとした、その時でした。
「! きゃっ!」
「あ、こら! アンコさん、駄目ですよ」
黒猫が私の帽子のつばに興味を持ったのか、飛び掛かってきました。
油断していて、今日は頭に認識阻害魔法をかけていません!
――帽子が飛び、先輩の手元へ。
私は両手で頭を押さえながらソファで小さくなりつつ、叫びます。
「み、見ないでっ! 見ないでくださいっ!!」
頭にあるのは、小さな二本の角。
そう――人類の宿敵である魔族の象徴です。
王国西方、大陸最大の大河である血河を挟んだ対岸には、魔族達が住む魔王領があります。
約二百年前、人類と魔族は大戦を経験しました。
これが所謂『魔王戦争』です。
戦局は一進一退。
血みどろの戦いが続く中、一部魔族が人類側に投降しました。
戦争終結後、人類側に投降した魔族は、魔王領に戻るか、王国西方に留まるのかの選択を迫られました。大部分の魔族は魔王領へ帰還しましたが……極僅かの者は王国西方で生きることを望む者もいたのです。歴史の秘話です。
そして、この二百年で血は薄まりましたが、極々稀に魔族の特徴を持って生まれてくる子もいるのです……私のように。
認識阻害魔法を忘れるなんて、私の馬鹿、馬鹿!
ああ、きっと、この研究室にも居られなくなるんだろうなぁ。
先輩の優しい声。
「テト」
「ごめんなさい! ごめんなさい!! 何でも、何でもしますから、他の人達には言わないでください。お願いしますっ!!!」
「……バカっ」
「ふっふっふっ……今、『何でも』って言ったね?」
リディヤ先輩の呟きと、先輩の楽しそうな声。
私は頭を押さえながら顔を上げます。
――御二人は、私の角のことなんか全然気にされていない。
先輩がクッキーを放り投げてきました。公女殿下がクッションを叩かれます。
「! あむ」「あーあー!」
「では、魔法の練習確定で! とっても可愛い角ですね」
「! かわ、可愛い……? わ、私の、こんな、角が??」
「ええ、とっても。なので、一つ追加です、研究室内では帽子を取りましょう」
「ひぇ!」
あわあわし、思考がまったくまとまりません。
……故郷を出る時、義理の両親に凄く念押しされました。
『人前で帽子を取る時は、認識阻害魔法を必ず必ずかけること。王都は西方程、魔王戦争時代の話が伝わっていない。いらぬ、嫌がらせを受けかねない』
西方でも結構あったのは事実です。
なのに、なのに、この先輩は……涙で視界が滲みます。
「あ、あれ? す、すいません。わ、私……」
「気にしないでいいですよ」「あんたは私達の後輩。何か言う輩がいたら、教えなさい。斬って、燃やすから」
「…………はい。はいっ」
心に温かい物が満ちてきます。
お義母さん、お義父さん、私、頑張れそうです。
突然――電話が鳴りました。凄い、個人用を初めて見ました。
教授が取られ「私だ。……ふむ。そうか。分かった」。受話器を下ろされ、私達を見ます。
「と――感動の場面ですまないんだがね。昨日、受験した生徒が再試験を求めて、ごねているそうだ。アレン、問題は君の掌底だよ。『身体強化魔法を使っていた。これは攻撃魔法だ』と言っていて、息まいているそうだ。どうする?」
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