第10話 リンスター公爵家
「ふわぁぁぁぁぁ……凄い……」
私はその御屋敷を見て思わず声を零しました。
王都には大きな建物がたくさんありますが……明らかに別格です。
屋敷に使われている材料一つ一つ、庭に植えられている植物に至るまで、特級品しかないことが分かります。
今、私達がいるのは、王国南方を統べるリンスター公爵家の御屋敷。
アレン先輩が『派手な魔法を使うなら、学内よりも良い場所があります。テトも今後、使うと思いますし、教えておきますよ』と言われたので、のこのこと着いて来てしまった自分の迂闊さを呪います。
先輩は普通じゃないんです。生粋の一般人である私に、この場所はちょっと……。
周囲を見渡すと、メイドさんや使用人さん達が整えられた御庭を歩きながら私達を興味深そうに眺めています。
帽子のつばをおろし、心中で叫びます。
わ、私、間違いなく場違いです!!!
身体を縮め、アレン先輩の左袖を握りしめます。
「テト、歩きにくいですよ」
「し、仕方ないじゃないですか。こ、ここを何処だと思っているんですか!? リ、リンスター公爵家の御屋敷ですよ!?!! せ、先輩の竜が踏んでも壊れない謎金属な精神と違って、い、一般人である、わ、私の精神はスポンジケーキみたいに柔らかいんですっ! す、少しは自重してくださいっ!!」
「何を言うかと思えば……僕だって一般人ですよ。ほら、手を見てください。震えているでしょう?」
先輩は右手を見せ、わざとらしく震わします。
私は、ジト目。
「…………先輩は悪い人ですね」
「まさかまさか。僕は何処にでもいる善良な男ですよ。――ですよね? アンナさん」
「ん~残念ながらその御意見には賛同致しかねますね~」
「!」
いきなり、栗色髪のメイドさんが目の前に出現しました。
…………え?
い、今、どうやって、移動してきたの??
ま、魔力も何も感知出来なかった……。
身体が強張り、ますます先輩の左袖を掴む手に力がこもります。
そんな私の状態に気づいている筈なのに、先輩は無視。この人はやっぱり悪い人です!
「酷いですね。後輩の前で、そう言われてしまうと印象が損なわれるんですが」
「事実でございますので♪ アレン様、そちらの愛らしい御嬢様を御紹介くださいませ☆」
「ああ、そうでした。テト」
「は、はいっ!」
私は、背筋を伸ばします。
すると、先輩とメイドさんは目をぱちくり。直後、笑い始めました。
「テト、そこまで緊張することはないですよ。警戒する必要はありますけどね」
「アレン様、語弊がございます。私共は常に御嬢様方の御味方なのでございます!」
「……と、言いながらその手に持たれている映像宝珠はいったい?」
「私の御仕事でございます☆」
「…………あ、あの」
御二人のやり取りを、おずおず、と遮ります。
なんか、周囲のメイドさん達も楽しそうに見てます……帽子のつばを更に下げます。
先輩が微笑まれます。
「ああ、失礼しました。テト、こちらはリンスター公爵家メイド長のアンナさんです。リンスターに何か言いたいことがあるのなら、リディヤよりもアンナさんへ言った方が話は早いと思ってください。アンナさん、この子はテト・ティヘリナ。僕とリディヤの後輩になった子です。仲良くしてあげてください」
「テ、テト・ティヘリナ、ですっ! よ、よろしくお願いしますっ!!」
「リンスター公爵家メイド長を務めております、アンナと申します。……アレン様には、毎回、虐められてばかりで……テト御嬢様の御気持ち、私共、リンスター家メイド一同、理解出来るものと確信致します」
「! ア、アンナ様」
「アンナ、と御呼びくださいませ☆」
ちょっと感動してしまい、小柄なメイド長さんと目を合わせ、頷き合います。
先輩は肩を竦められます。
「……テト、素直なのは美徳ですが、僕よりもアンナさんやメイドさん達の方が凄いですからね? 騙されないように」
「い、いきなり、こんな場所に連れて来る先輩の言うことなんて、し、信じられませんっ! ……あれ? でも、さっき、アンナさんはどうやって移動を」
「では、アレン様、テト御嬢様~ご案内致しますね☆ リディヤ御嬢様は内庭でございます。先程来、首を長くしてお待ちですので♪」
アンナさんが先導して歩き出します。先輩も追随。
私も慌てて後を追い、先輩の左袖を掴みます。
……神様、どうか、穏便に済みますようにっ!
※※※
「え? ええ!? あ、ちょ、ちょっと、待」
内庭に入った私達を待っていたのは――炎の翼を広げた大鳥の姿でした。
炎属性極致魔法『火焔鳥』。
リンスター公爵家を象徴せし、全てを焼き尽くす炎の大鳥が私達へ襲い掛かり――目の前で霧散、消滅しました。
先輩が肩を竦め、近づき文句を言われます。
「こらー。いきなりの『火焔鳥』は止めようって、何度も言ってるよね?」
「……うーるーさーい。来るの遅い!」
内庭に設けられた休憩場所の椅子に腰かけられながら、リディヤ先輩が拗ねた声を発せられます。
紅のドレス姿で、とてもとても綺麗なんですが、いきなり極致魔法はちょっと……。
呆然とする私を放っておき、御二人は話されています。
「遅れてないよ? 時間よりも早い位だと思うな」
「遅いわよ。私、ちゃんと時計を見ていたもの。あんたもいい加減、時計の一つや二つ買いなさいよねっ!」
「お金がないなぁ」
「はぁ? この前、四つ首大蛇を倒して貰った褒賞金は――……まさか」
「いや、ほら、さ……カレンが王立学校に入ったしね?」
「…………詳しく話を聞くわ。ええ、じっくりと、ね」
普段通りの仲良しさんです。
……この御二人にとっては、極致魔法が挨拶代わり、だと。
アンナさんへ目を向けると、変わらずの笑顔。
どうやら、この場に一般人は私しかいないみたいです。嘆かわしいです。
その時でした。
軽やかに内庭を駆ける音がして、可愛らしい、小さな赤髪の女の子が先輩に飛びつきました。
「おっと。――リィネ?」
「はい! 兄様♪ お会いしたかったです♪」
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