第4話 天才

「! それで勝ったのなら」「……研究室へ入れてくださる、と?」

「ええ。リディヤ・リンスターの名に懸けて誓うわ。それで、いいわよね? ね!」


 リディヤ先輩が先輩へ同意を迫り、私の同期生二人も睨みつけています。

 わざわざ『魔法戦』と限定したことから考えて、言外の意は『勝ち目皆無』。

 けど……正直言って、先輩は魔力が強くありません。

 目の前の二人は勿論、演習場からどうにか観客席まで辿り着き、荒く息を吐いている他の同期生達にも劣るでしょう。……私よりも少ないです。

 なのに、紅髪の『剣姫』様は、姓もない少年が負ける、ということなんか、一切考えていないように見えます。

 先輩のカップがソーサーに置かれました。


「……また、勝手に決めて。教授、どうしますか?」

「ん? 僕はもうこの件から、当の昔に降りたよ。好きにするといい」

「そうやって、丸投げするのは止めてください! 僕は怪我したくないんですよ?」

「これはまた面白いことを言うものだね、アレン。君が、この子達を相手にして、魔法戦で怪我? ないない。今、この瞬間に竜が天から降って来る位ないね」

「「なっ!!!!」」


 少年達がいきり立ちました。

 聞き耳を立てていた他の同期生達もざわつき、色めき立ちます。


「……あいつ相手なら」「いけるんじゃないか?」「見たところ、魔力も少ない」「それにどうやら……平民のようだぞ?」「私達もあの人相手なら!」


 戦意を粉砕されていた同期生達の瞳に、希望が戻ってきます。

 対して、先輩の隣に座ったリディヤ先輩は――微笑。

 

 ……あ、こ、これは、触ってはいけない話題なんですね。


 自然と震えてくる身体を押さえていると、回復を終えた同期生達が丸テーブルへ近づいてきます。どうやら、参加するようです。

 先輩が教授へ冷たい視線を向けました。


「…………教授?」

「なに、リディヤ嬢を相手にしただけでは納得出来ない、と言うのなら仕方ないじゃないか。君からすれば、この子達程度、二人だろうが十人だろうが変わらないだろう? 現実を若い内に知る、ということは良いことさ。リディヤ嬢、それで良いかね?」

「とっとと始めなさい。勝利条件はこいつに『攻撃魔法を使わせる』ことよ。これは心からの忠告なのだけれど」


 優雅な動作でカップを手に取り、紅茶を一口飲まれるリディヤ・リンスター公女殿下。

 その姿――正しく、娯楽小説で出て来る魔王のそれ。


「初手から、自分達の全力を尽くしなさい。そうすれば多少は形になるかもしれない。私につまらないものを見せたりしたら……もう一度、模擬戦をしましょう? 今度は剣と魔法ありで」


※※※


 大学校演習場は、悪夢の戦場と化していました。

 ……いえ、果たしてこれが『戦場』と言えるのかどうかは、大いに疑問あり、としなければなりませんけど。

 既に立っているのは、僅か三人しかいません。

 周囲には、先程、リディヤ先輩を相手にした時よりも、深い絶望を浮かべた同期生達。違うのは誰一人、身体的に傷ついてはいないことです。

 …………心は、砕かれるどころではありませんが。


「嘘だ……嘘だ……こ、こんなことが……」「ありえない! ありえない!! ……あってはならないっ!!!」「何で、何で!? 何で、私の魔法が効かないのっ!!」「じ、上級魔法が分解、された!?」「魔法が、魔法が通じないっ」


 地面に膝をつき唖然茫然。中には悲鳴を上げながら半狂乱している子までいます。

 もし、もしも……私がこの模擬戦に参加していたのなら……あの子達の姿は、そのまま私の姿だったことでしょう。

 私は戦慄を覚えながら、冷めた紅茶を口にします。

 

 ――演習場中央にいる先輩はただただ微笑。

 

 始まって以来、その場から一歩も動いておらず、魔法を直接受けてもいません。

 先輩が立っている二人へ話しかけました。


「えーっと……残っているのは、イェン・チェッカー君とギル・オルグレン君であっています? まだ諦めませんか?」

「無論!」「これからだ! ……それに、あんたの手品の種は見えた」

「手品ですか……僕としては特段、難しいことはしていないと思」


 淡い金髪で前髪の一部が薄い紫髪の少年――ギル・オルグレンが、話を最後まで聞かず、斧槍を横薙ぎ。

 前方空間に無数の雷槍が出現しました。

 ギル・オルグレンとは逆方向で大剣を構えていた騎士――イェン・チェッカーもまた、魔法を発動。

 先輩を風槍が後方から狙います。

 どちらも中級魔法。数が尋常じゃありません。

 こ、こんなの喰らったら! 

 思わず腰を浮かせ――口に御菓子を詰め込まれました。


「むぐっ」

「何の問題もないわ。座ってなさい。ちょっと! 早く終わらせなさいよ。今日はこの後、買い物に行くんだからねっ!」

「今日は無理だよ?」

「はぁ!? あんたは! 私の!! 下僕でしょうっ!!! 御主人様を最優先するのが、最低限の務めでしょうっ!!!!」


 超高速の炎の短剣が四振り先輩へ放たれるも、簡単に全て回避。

 短剣は少年達が展開している魔法を幾つか消滅させながら演習場の壁に激突。強固極まる魔法障壁をあっさりと貫通。観客席の一部を大きく抉り取りました。「……修理をするのは僕なんだがね……」という教授の呟き。

 先輩は溜め息を吐きながら、抗議。


「こら、危ない! 人がいたらどうするのさ?」

「……知らないっ! あんたなんか、そのチビ達にやられちゃえばいいんだわ! あんた達、隙を突かないでどうするわけ? 馬鹿なの??」

「「ぐっ!」」


 呆気に取られていた少年二人が、魔法を発動。

 ギル・オルグレンが叫びます。


「あんたの魔法制御は見事だ。しかし、一定数以上の魔法は同時に介入は出来ない!」

「……ふむ」

「上級魔法すら消すその技術は神業であることは認めよう。だが、これだけの数の中級魔法を前後から! 受けられるものか!!」


 イェン・チェッカーも気づいていた!

 ま、まずいです。私も数えていましたが、先輩の同時介入数は十三。今、待機している魔法槍は百を超えています。

 ほ、本当にこのままじゃっ――拍手の音。

 絶体絶命の筈の先輩が、満面の笑みを浮かべられています。 


「上手く誤魔化していたつもりだったんですけどね。バレてしまったようです」

「なら」「我等の勝ちを」


「――なので、少しばかり本気でお相手しましょう。今から、武器の使用も許可します。リディヤ、そこのケーキナイフを貸しておくれ」

「…………ん」


 不満げなリディヤ先輩が丸テーブルからナイフを取り、先輩へ放り投げました。

 その場でくるり、と回転し受け取りながら、一閃


 ――何の予兆もなく魔法槍が全て消失しました。


「「!?!!!」」

「戦場で驚いていると、リンスターのメイド長さん曰く、あっさりと死ぬらしいですよ? さ、続けるのであればかかってきてください。僕はこの後、世界で一番可愛い妹と買い物へ行かないといけないので、少しばかり急いでいます」

「……上等っ!」「……負けぬっ!」


 少年二人は得物を構え、先輩へ挑みかかっていきます。

 前後から次々と、突き、横薙ぎ、全力で斬り……周囲で見ている同期生達が沈黙しています。

 チェッカー伯爵家といえば武門として名高く、あの少年の技量は素晴らしいものがあります。

 そして、オルグレン公爵家といえば、謂わずと知れた王国四大公爵家の一角。武門の頂点です。ギル・オルグレンは、どう見ても私達の代でも有数の使い手でしょう 


 ――けれど、全く通じていません。先輩は二人の攻撃をその場から動かず、当然、魔法も使わず、ケーキナイフであしらっています。


「くそっ! くそっ!! くそっ!!!」「ま、魔法士でありながら、これ程の技量を!?」

 

 音を立てて、カップが置かれました。

 ゆらり、とリディヤ先輩が立ちあがり、抜剣。

 姿が掻き消えると同時に、先輩は二人へ掌底。吹き飛ばしました。


「ごめんっ!」

「「がはっ!!」」


 直後、振り下ろされたリディヤ先輩の剣を両手で挟み、受け止めました。

 両断されたケーキナイフが地面へ落下。突き刺さります。

 先輩が抗議。


「待ったっ! 待ったっ! い、いきなり、何さっ!?」

「……あんたの中で、世界で一番可愛いのは……」

「勿論、妹のカレンだよ。今年から王立学校なんだ」

「死・ね★」

「おっと」


 炎翼が撒き散らされ先輩が後退。

 強大、としか形容出来ない魔力の鼓動。

 

 ――演習場中央に炎の大鳥が顕現しました。


 恐怖と……そして、感動で今日何度目かもう分かりませんが、震えます。同期生達も同様です。

 ま、まさか、あれって……。

 そんな私達は気にせず、リディヤ先輩は大きく頬を膨らませています。


「……もう、許してあげない。今日こそは、斬って、燃やして、斬るっ! この、浮気者っ!!」

「……零距離での『火焔鳥』は止めよう、って言ってるじゃないか。リディヤ」

「……何よ。今更、謝っても、許してなんか」

「一緒に来る? 妹に紹介したいし。もう、立てる子はいないみたいだしね」

「! ……い、いいの?」

「勿論」

「な、なら…………行く」

「了解」


 先輩が指を鳴らしました。

 すると、炎属性極致魔法『火焔鳥』が消失。

 ……もう、声が出ません。

 リディヤ先輩に腕を取られながら、先輩が教授へ確認。


「教授、後はお任せしても?」

「ああ。構わないよ」 

「テト、明日からよろしく」

「は、はい!」


 二人の先輩は、楽しそうにおしゃべりしながら演習場を去って行きました。

 私は両手でカップを抱え、冷めた紅茶を飲み干し、呟きます。



「…………本物の天才、って、め、滅茶苦茶過ぎっ!!!」

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