第3話 先輩二人

 ひらひら、と手を振りながら、演習場の各所で倒れ伏している私の同期生達へ宣告した紅髪の公女殿下は、一転、頬を少しだけ膨らませながら此方へやって来ました。

 そして、座りながら苦笑しているアレンさんへ近づくと細目になり、両腰へ手を置きながら頬を少し膨らませました。

 こうして見ると……言葉を喪う位の美少女です……私とは大違い。

 公女殿下は細い指をアレンさんへ突き付けました。


「紅茶っ!」

「はいはい、今、淹れるよ」

「はい、は一回っ! ……アンコ、そこをどきなさい。私の許可なく座るんじゃないって、何度、言えば分かるのかしら? さ、どきなさい。今すぐにっ!!」


 先輩である少年の膝上を占有している黒猫は、微かに顔をあげ、すぐ降ろしました。どうやら、どく気は更々ないようです。

 紅髪の美少女の身体が震えます。

 

 ――丸テーブルの周囲に炎羽が舞い散りました。


「ひぇ……」


 私は思わず悲鳴をあげてしまい、先輩の背中に隠れました。

 た、確かに、魔力が漏れて具現化する現象の報告は読んだことがありますが、じ、実際に見るのは初めてです。

 こ、この人の魔力量……常人と比較なんて到底出来ません。凄過ぎます。こ、これが、リンスター公爵家直系!

 余りの魔力量に演習場各所にいる同期生達の顔が蒼褪めています。

 武器や防具、魔力の残滓からして、『剣姫』様は一切の魔法を使った痕跡がありません。

 ……いえ、下手すると、腰の見事な剣すら抜いていないんじゃ。

 アレンさんの肩越し、美しい御顔が私を捉えました。


「――……分かるわよね?」

「は、はいっ!!」


 慌てて立ち上がり椅子をずらして、先輩の背中から離れます。

 本能が最大警戒中。


『この人には逆らっちゃダメ。逆らったら……』。


 そんな中でもアレンさんはまったく変わらぬ様子で紅茶を淹れています。ど、どういう精神構造をしているのでしょうか?

 平然と注意。


「リディヤ、幾ら何でも、これみよがしな後輩虐めはいけないと僕は思うな」

「はぁ!? ……私に黙って、女の子と二人きりになってた罪は重いのよ?」

「アンコさんもいたよ?」

「そういう! 話をっ!! してないっ!!!」


 公女殿下が手刀を三連撃。

 でも、私が辛うじて見えたのは光だけ。

 なのにアレンさんはあっさりとそれを躱して


「危ないなぁ。はい、紅茶。飲まないなら」

「…………飲む。バカ」


 ソーサーへ置いた紅茶のカップを丸テーブル上へ。

 公女殿下は頬を大きく膨らまして、腕組みをしながら、自然な動作でアレンさんの隣へ座りました。

 ここまで、我関せずだった教授が口を開かれます。


「さて……此処での面接は終わりでいいかね? リディヤ嬢」

「ええ。全員、不合格よ。名家、名門の出だか何だか知らないけれど、これだけ優しい合格基準にしているのに……情けない。全員、本当に大学校の入試を突破してきているの?」

「ははは、手厳しい。が……僕もそう思う。君に『剣無し』『魔法無し』『剣を抜かせさえしたら無条件で合格』。これすら出来なかったわけだしね。今年の研究生は無しとしよう。アレン、君も同意してくれるね?」

「……リディヤ、教授。僕は『くれぐれも穏便に』と言ったと思いますが?」

「穏便じゃない。これ以上は無理よ。……私は後輩なんていらない、って言ったのにっ! あんたが言うから募集したんだからねっ!!」

「リディヤ嬢の言う通りだ。穏便そのものじゃないか。何しろ、天下無双の『剣姫』を相手にして誰も死んでいない! 僕は入学式でわざわざ『選択を誤るな』と助言すらした。結果は……まぁ、残念だったね。君達二人の相手だけでも、僕の寿命は日々削られているのといるんだ。君達が選んだ生徒達まで加わったら……僕は自分の命が惜しい。なに、彼等もいい思い出が出来たんじゃないかな?」


 アレンさんが目を瞑り、眉間を押されました。

 対して御二人は黙々と御菓子を食べられています。

 私は気づきました。 


 ……あ、これ、そもそも誰も入れる気がないんだ。


 でも、『剣姫』様の圧倒的な実力を見た以上、何も言えません。

 どう考えても、あんな風に私はなれない……先輩である少年が微笑んできました。

 そして、黒猫を撫でながら、御二人へ告げます。


「なら――僕はこのテト・ティヘリナさんを合格にしますね」

「ひぇ!?!!」「はぁ!?」「アレン……僕等が納得する理由を提示してほしいね」 


 教授の問いかけに対し、少年は淡々と返答。


「え? 僕が気に入ったからです。理由になりませんか?」

「な、ななななななぁ!?!!!!」「……ほぉ。君が、か」


 音を立てて、公女殿下が立ち上がり、教授はカップを置きました。

 『剣姫』様はさっきまでの余裕が霧散、極度の混乱に陥り――おずおず、と不安げにアレンさんの袖を細い指で摘みます。


「…………ね、ねぇ」

「勿論、僕が君だけの相方なのは変わらないよ。あくまでも、後輩として、ね」

「ふ、ふ~ん……そ、そうなの……そうなんだ……そこの魔女っ子っっ!」

「は、はいっ!!」


 背筋を伸ばして立ち上がり、直立不動。

 公女殿下の鋭い眼光が私を貫きました。

 か、身体の震えが止まりません。


「あんた、この研究室に入って何をしたいの? 言っておくけど、ここの名義上の主は性格がひん曲がっているわよ? 生きて奈落を探索したいの?」

「リディヤ嬢、そこはもう少し言葉をだね……」

「――……何か?」

「…………アレン、紅茶をもう一杯淹れてくれないかな?」

「分かりました。苦めに淹れ直しますね」

「…………私はこの日のことを決して忘れないっ、と宣言しておくよ」


 教授の瞳に光るものが見えます。

 ……力関係も理解出来てきました。

 この研究室を実質的に支配しているのは


「即答!」

「は、はいっ! え、えっと……わ、私は、その…………養子、なんです。今の両親と血は繋がっていません。だから、出来る限り偉くなって、恩返しがしたいんです。……あと」


 帽子のつばを握りしめます。

 このことを、何時までも隠してはおけません。

 勇気を振り絞り――私の手がそっと握られました。

 アレンさんがいつの間にか近くに立たれていました。


「うん、もう十分ですよ。大丈夫。――成績はとても優秀。意欲もある。何より、何処かの怖い公女殿下と相対しても自分の言葉で話せる。こんな子は滅多にいないと思うけど?」

「…………魔女っ子、ちょっと、こっちへ来なさい」

「は、はい……」


 公女殿下に連れられ、少し丸テーブルから離れます。

 突如、私達の周囲を炎壁が覆いました。……展開すら、見えなかったんですけど。

 すいっ、と綺麗な顔が私に近づきました。


「……あいつが『合格』って言っているから、あんたは今日から一応、私の後輩になる。ほんとっ、過保護なんだからっ! でもいい? あいつは私の。手を出したりしたら――」

「だ、出しません、出しませんっ!!!」

「そ、ならいいわ――リディヤ・リンスターよ。『剣姫』とか公女殿下、とか呼ばないこと。適当に呼びなさい。あいつのことも同じ。先輩とでも呼んだらいい」

「は、はいっ!!」

「なら良し。……約束を破ったら即、故郷へ送り返すからそのつもりでいなさい」 

「…………」


 目が、目が本気です。

 ……故郷には帰りたいですが、強制送還はちょっと。

 何の前触れもなく、炎壁が消えました。

 丸テーブルの傍には先程、リディヤ先輩が蹴散らしたオルグレンの少年と騎士。


「リディヤ、テト、ちょっと、こっちへ」


 先輩が手を振っています。

 丸テーブルへ近づくと、少年二人が教授へ直訴しているのが聞こえてきました。


「俺はまだやれる……いえ、やれますっ! まだ、負けていないっ!」

「……俺も、まだ『負けた』とは言っていません」

「だがねぇ……君達とて、実力差は分かったと思うが?」

「「ぐっ……」」


 どうやら、模擬戦の再開を訴えているようです。

 ……凄いです。あれだけ叩きのめされたのに。

 当のリディヤ先輩は何ら興味を示されず、近づいていき 


「……邪魔よ。どけ」

「「っ!」」


 少年達を下がらせ、先輩の隣の席へ座ります。

 足を組み紅茶を飲まれるその御姿は、私が大好きな娯楽小説に出て来る悪役令嬢のそれです。


「で、負け犬達がまだ何か用? もう定員は埋まったわ。今期の合格者はテト・ティヘリナだけ。それでも、納得がいかないと言うのなら」


 リディヤ先輩が先輩の膝上の黒猫を抱きかかえつつ、先輩を見ながらそれはそれは楽しそうに告げました。


「――今度はこいつと模擬戦をしてみなさい。ただし、魔法だけで。より深い絶望を経験出来ると思うわよ?」

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