第2話 紅髪の剣姫

 思わず魔法を使おうとした私に対してアレンさんの声が届きました。


「大丈夫ですよ。もう着きましたから」

「!」


 一気に視界が開け目がくらみました。思わず手で顔を覆います。

 どうやら、此処は外のようです。

 魔力の感じからして周囲には私の故郷である西方、その中でも最も厳重に警備されている血河要塞群で見た物よりも、分厚い戦略結界が張り巡らされているようですが……いったい、何――身体が自然と震えてきます。

 直後、何かが吹き飛ばされ叩きつけられる音。

 更には断ち切られ、破壊される金属音に、魔法の消失反応。

 人のうめき声や嗚咽。悲鳴や「う、嘘だ! 嘘だっ!! 嘘だっ!!! こ、こ、こんなこと、幾ら何でもっ!?」と、現状を否定する絶叫。「ま、魔法を素手で投げ返すって、な、あ、あり得ないっ!! ど、どうなってるのよっ!!」……男の人も女の人もいるようですが、私は激しく混乱します。。

 い、いったい、な、何が?

 目を開けないといけないのは分かっています。分かっていますが……絶対に開けては駄目だと、私の本能が今まで生きてきた中で最も激しく主張しています。わ、私はどうすればいいんでしょうか。

 葛藤する私の隣で少年が何かを置き、話しかけています。


「よいしょっ、と。教授、僕等は面接中だったんですが? こちらのことはこちらでしていただかないと困ります」

「事ここに至っては是非もないだろう? それとだね、アレン。普通の面接では紅茶や御茶菓子は出ないと思うよ? 僕にも一杯おくれ」

「そう思ったので、既に準備済みです。はい、どうぞ」

「ありがとう――ふむ。西方産の茶葉か。中々、珍しい物を淹れたね」

「人間、変化は大事だと思います」

「確かにね。停滞は衰退に繋がる。ま、だからといって、彼女を止める役回りは御免だけれども」

「御冗談を。飲み終わったら止めてくださいね?」

「残念だが、私は命を惜しんでいてね。何しろ引退した後は、王都を拠点にしつつ、王国各地に出向いて美味い物を食べつつ過ごしたい、という細やかな夢を温めているのだよ。君は老人のそんな夢を打ち砕こうと言うのかい?」

「大丈夫です! 勿論、根拠はありませんし、どうやら、今日のあいつは不機嫌なようですが、教授ならば止められます! 僕はここでアンコさんの御機嫌を取りつつ、面接をする、という大事な仕事があるので」

「……せめて、御茶菓子を食べる猶予はつけてほしい」

「仕方ないですね。恩師の頼みとあらば承認します。最後の焼き菓子になるかもしれませんしね」

「…………僕は優しい教え子を持って幸せだよ」

 

 意を決して目を開けます。

 そこにいたのは、古い木製の椅子に座り目元を押さえながら紅茶を飲まれている教授と、同じく椅子に座りながら膝上の黒猫を撫でているアレンさん。

 二人の間には丸テーブルがあり、その上にはさっき見た紅茶ポット等が置かれています。

 他は――……視線を逸らし、私は帽子のつばをそっと下ろしました。此処は大学校の演習場のようです。

 私は早口で、アレンさんへ問いかけます。


「え、えっと……わ、私はどうすれば?」

「ああ、申し訳ない。そこの椅子に座ってください。面接の続きは此処でしましょう」


 ――金属が壊れる激しい音。


 所々が無残に破壊された鎧を着ている騎士が私達の横を抜け、壁に叩きつけられ、更にその壁を貫通。観客席を守っている内壁をも破壊し、見えなくなりました。


「ひっ」


 悲鳴が零れ、思わず近くにいたアレンさんの袖を握ります。

 

 もう……状況を無視出来ません。

 

 目の前の広い演習場には凄惨な光景が広がっていました。

 地面に倒れ、ぴくり、とも動かない剣士や槍士。折れた剣や槍や斧、鋭利に切断された鎧や盾の破片、矢が地面や壁に突き刺さったり、転がったりしています。

 半ばから断ち切られた長杖を持った魔法士は壁に背中を預け、頭を抱え「こ、こんな差が……俺のしてきたことの意味って……」心を粉微塵にされています。

 女性の弓使いはその場にへたり込み、呆然。怪我はないようですが、弓の弦は切れ、矢筒には矢が一本も残っていません。

 この人達はおそらく私の同期生達。ここで、試験を受けていた子達です。

 数にして数十人はいるでしょうか。既に立っている人は数える程。

 そして、演習場中央に悠然と立っているのは――長い紅髪をして、私が生きてきた中で別格の美少女。

 長身で華奢。女の子にとっては一つの理想形のようなスラリとした体形。幼さを残しながらも、圧倒的な美しさは隠しようがありません。

 ……眼光は鋭過ぎると思いますけど。

 演習場に倒れ、泣き、呻いている同期生達に対して、美少女は言い捨てました。


「あんた達、本当にこの程度なわけ? 温過ぎるわね。これなら、十三の時の私とやっても同じよ? 仮にも私との面接を選んだ以上、少しは楽しませなさい。あんた達にはその義務がある! それと」


 ギロリ、と美少女が此方へ視線を向けました。

 私は怖くなり、アレンさんの背中に隠れます。

 対して少年は何ら変わらず紅茶を飲んでいます。

 美少女が詰問口調。


「……ねぇ。どういうことなのかしら? その子はだ~れ?」

「ん? 面接者だよ。テト・ティヘリナさん。僕との面接を希望する子もいた、って話したと思うけど?」

「…………女の子、とは聞いてないわよ?」

「話してないからね」

「ど・う・し・て、よっ!!! あんたは私の下僕でしょうっ!? そういう大事なことを秘密にするなんて……斬って、燃やして、斬るわよ?」

「言ったら、絶対に反対するじゃないか。リディヤ・リンスター公女殿下は心が狭いから」

「公女殿下って、いうなぁぁ」


 美少女――王国四大公爵家が一角、リンスターが誇る新時代の英雄である『剣姫』様が、その場で地団駄を踏みます。

 アレンさんは肩を竦め、テーブル上から焼き菓子を一つ摘まみ、放り投げました。

 公女殿下が咥えます。

 

「リディヤ」

「――……こんな物で、埋め合わせが、出来たと思うんじゃないわよ? あんたが淹れた紅茶も飲みたい!」

「うん。終わったらね」

「もう、終わり――ちっ」

「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」


 焼き菓子一つで上機嫌になった公女殿下が、直後、舌打ちしました。

 所謂、馬上槍を持った騎士が前方から突撃。兜を被っていて表情は分かりません。

 馬上槍の先端に淡い緑色。風魔法!


「貴女が強いのは認める。だが――こっちも退けないんだ!」


 騎士に呼応するかのように、反対側からは斧槍を構えた薄い金髪で、魔法士姿の少年も挑みかかりました。

 少年は斧槍を振るい多数の雷球を発動。

 前髪の一部が紫色……オルグレン公爵家の人間!

 対して公女殿下はつまらなそうにしつつ、アレンさんを見ました。おねだりをするかのような視線です。


「ねぇ、燃やしていい?」

「駄目」

「ケチ!」


 唇を尖らせ、無造作に手を伸ばし雷球を、それを騎士へ叩きつけました。


「!?」


 直撃を喰らった騎士は動きを止めるも、すぐに突撃を再開。

 凄い気迫に溢れています。

 残りの雷球も、手で払った公女殿下に対し、オルグレンの少年が斧槍を振り下ろしました。

 しかし


「!? は、はぁっ!?!!」

「……温過ぎるわ。オルグレンってこんな程度なわけ?」

「っ!!! 違、がっ!」「!?」


 ――斧槍は公女殿下の細い指に挟まれ、停止していました。

 そのまま、騎士へ少年を放り投げます。

 交錯する二人。動きが止まりました。

 そこへ、あっさりと間合いを詰めた公女殿下が、蹴り上げました。


「「ぐはっ!!!!」」


 二人は吹き飛ばされ、壁に激突。

 ……し、死んでませんよね?

 紅髪の『剣姫』様は欠伸をし、つまらなそうに周囲を睥睨。



「ふわぁぁぁ……もう終わりかしら? あんた達は全員失格よ。もう少し習練なさい。まるで足りないわ。ま、私との模擬戦を選んでいる時点で、論外だけれど」

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