第1話 面接官
「わ、私のことを知って――……! あ、あ、貴方が、教授の研究室に入ったっていう二人の内のひ、一人、なんですかっ!!!」
思わず声が上ずり杖を落としてしまいました。
――けれど、音はせず。……え?
そのまま、浮かび上がりソファへ立てかけられます。ええ!?
少年はくすくす笑いながら、紅茶ポットの布を外しました。
「いや、本当に良い反応してくれますね。それくらい驚いてくれると魔法を使う甲斐があります。最近のあいつなんて反応すらしてくれませんし。ああ、普通の浮遊魔法です。魔法式は少しばかり弄ってありますけどね」
「普通、のですか……」
私に一切の魔力を感知させ得なかった魔法が『普通』と。
更に言えば、浮遊魔法はとても著名な魔法の一つですが使い手は少なく、ましてや実用水準に達しているそれを軽々と扱う魔法士なんて……初めて見ました。
アレン、と名乗った少年が悪戯っ子の表情を浮かべ、お湯が注がれているカップを手に取ります。
「次、こういうのはどうでしょう?」
「! 何…………う、嘘……」
突然、カップを逆さまに。零れ落ちるお湯。
――直後、お湯は空中で雪華となり、集結。小鳥になりました。
王国内だと、北方を守護しているハワード公爵家かその分家以外だと、まともな使い手がいない氷属性魔法!?
し、しかも、魔法生物を、こ、こんな簡単に生み出したの!!?!
ソファで丸くなっていた黒猫が、起き上がり小鳥を狙う姿勢になります。
「アンコさん、駄目です。優しくしてあげてください。はい、どうぞ」
私の目の前にソーサーに載ったカップが差し出されました。黒猫は少年の裾を可愛らしい前足で攻撃しています。
……とても良い紅茶の香り。
手に取りつつ、御礼を言います。
「あ、ありがとうございます」
「砂糖とミルクはお好みで。御菓子もどうぞ。座ってください」
「は、はい……」
向かい合わせのソファに少年が座ったので、私もおっかなびっくり腰かけます。
黒猫は普段からそうしているのでしょう、すぐさま少年の膝上で丸くなりました。
…………調子が狂います。
私、勇気を振り絞って此処へ来ているんですが。
紅茶を一口。
「あ、美味しい」
「西方の雄、ティヘリナ辺境伯の御令嬢相手だったので、少し緊張してたんです。では、改めまして、今回の面接補佐を務めます、アレンです。大学校は二年目。歳は十五歳です」
「…………はぁ」
言葉の意味を脳が受け付けず、紅茶に砂糖を多めに投入。ミルクも同じく
――……十五歳で、大学校の二年生?
可愛らしい小鳥が描かれているティースプーンでカップをかき混ぜ、半ばまで一気に飲み干します。……もう少し足すべきでした。美味しいですが、現状ではまるで足りません。
まじまじ、と私と一つしか違わない少年を見つめます。
「お伺いしても、いいですか?」
「僕に答えられることなら。ああ、貴族やお金持ちではないので姓はありません。強いて言えば、狼族のアレンです」
「狼族??? …………いえ、それも気になるんですが、今は置いておきます。その、ですね……アレン様は大学校の前は何処の学校へ通われていたんですか?」
「呼び捨てでもいいですよ。大学校の前は王立学校ですね」
「…………ひぇ」
変な声を吐き出してしまいます。
王立学校は、王国最高難易度を誇る魔法学校です。
そこから、大学校へ進む……王国内において、最高の進路と言えます。
しかも。十五歳で大学校二年生ということは……。
残っていた紅茶を飲み干します。
「おお王立学校を、とと飛び級、されたんですか?」
「……色々ありまして、仕方なく。誤解しないでくださいね? 僕は同期の子に巻き込まれただけです。その子が大学校へ進学する、と駄々――言ったので、お目付け係として僕も放逐されたんですよ。学校長にも困ったものです」
「…………」
空になったカップを覗き込む。あ、中にも赤い小鳥がいるぅ。
――冷静に考えてみます。
要はです。今、目の前で「アンコさん、何をそんなに怒っているんですか? 僕は放逐されたと思っていますし、それは事実ですよ。クッキーも食べちゃ駄目ですし、小鳥も虐めようとしないでくださいね」と膝上で鳴く黒猫に説明し、頭を優しく撫でている少年は――私よりも、ずっとずっとずっと凄い?
カップを置き帽子を深く被りなおし、頭を下げます。
「大変失礼致しました――テト・ティヘリナです。面接をお願いします」
「では、ティヘリナ様」
「テト、と。ここは大学校。学びの場では世俗の地位等、無価値です」
「ありがとうございます。テト、貴女はどうして」
この研究室を志望したのですか? ですね?? ですよね??
良し! 大丈夫です。これは想定問答集通り――
「今日、こっちの面接を選んだんですか?」
「…………ぇ? え、だ、だって、そ、それは……」
「飲みながらでいいですよ。貴女のことを教えてください」
手が伸びてきて私のカップへ紅茶が注がれました。
次いで、砂糖とミルクも。
……私がさっき入れた量よりも少し多いです。
会釈をしながらカップを手に取り、掲示された教授の試験内容を思い出します。
『研究室へ入る為、君達にはまずどちらか選択してもらう。一つは『剣姫』リディヤ・リンスターとの模擬戦だ。ああ、勝たなくてもいい。世の中には理不尽なことに『不可能』が存在するからね。君達では彼女には、天地がひっくり返っても、海という海が干上がっても勝てやしないだろう。圧倒的強者を避けることは、時に極めて重要だ。もう一つは、彼女と戦わず研究室で面接試験を受けること。その結果を見て、研究室入りに値するかどうかを決めようと思う。な~に、大学校に受かった賢い君達のことだ。どちらがより可能性が高いのか……言うまでもないだろう?』
リディヤ・リンスター公女殿下。
リンスター公爵家は王国南方を守護せし大貴族にして、北方ハワード公爵家と並び称される武門として名高く、その長女である公女殿下が一昨年『剣姫』の称号を継がれたことは、王国内で少し世間を知る者ならば誰でも知っています。
ですが、まだ十五歳という若さ。
当然ですが――研究室入りを望む者は、公女殿下との模擬戦を選びました。
教授の書き方がとにかく挑発的だった、ということもあるでしょうし、リンスター公爵家の公女殿下を納得させることが出来れば、研究室入りは間違いないからです。
……でも、私は。
俯きながら紅茶を飲みます。
「! ……凄く美味しいです」
「それは良かった。――こういう場で緊張するな、っていうのは酷だと思っています。ゆっくりで構いません。落ち着いたら教えて…………申し訳ない。どうやら、ゆっくりは無理のようです」
「え? な! ひぇ!?」
――凄まじい魔力の鼓動。
直後、私とアレンさんは広がった闇に飲み込まれていました。
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