公女殿下の家庭教師外伝 私と騎士と先輩と
七野りく
プロローグ
私の故国である王国において、王都にある大学校と言えば知らない人はまずいない最高学府です。
魔法士を志した者であれば、誰しもが一度はそこで学ぶことを目指す、と断言してもいいくらい。
一族の中で入学者が出たらお祝い沙汰で、現に私も奇跡的に合格が決まった際、三日三晩の祝宴に付き合わされました。
……気持ちは分かりますし、文句は言いませんでしたけど、本当に大変なのはこれからなんですよね。
大学校の入学者達は紛れもなく、英才、奇才、異才、天才達。
私も西都の魔法学校ではそれなりに優秀でしたけど……どうなるかは分かりません。自信はありますけど。
――私は、古く大きな木製扉の前で愛杖を握りしめます。
大丈夫。
これは神様が私に与えてくれた得難い好機。
何しろ
「……あの『教授』が研究生を募集するなんて、これから先もないかもしれないんだから! 頑張るのよ、テト。私は出来る。私なら出来るんだからっ!」
――そう、忘れもしない一週間前。
私は大学校の入学式に参加しました。
入学試験は西都で行われたので、大学校の壮麗とも言える大理石や明らかに数百年は経ている木材で建てられている校舎や、王国でも名高い方々しか部屋を与えられないことで国の内外に知られる『竜魔の塔』を見た時は思わず興奮してしまいました。
大学校生は原則、研究室に所属しなければならない習わしがあるので優秀ならばあの塔に設けられている研究室へ属することが出来るかもしれません。
大講堂で期待に胸を膨らませた私達、新入生の前で大学校統括である王国最高魔法士の一人にして前王宮魔法士筆頭、通称『教授』は時候の挨拶をした後、最後にあっさりとこう言ったのです。
『さて、これは私事なのだけれども――……去年まで私が研究生を採ってこなかったことは、君達もよく知っていることと思う。そして、今年も採るつもりはなかった。が、研究生が怖……こほん。要望があってね、今年も研究生を幾人か採ろうと思う。試験内容については後で張り出しておく。ああ、あと、これは老婆心なのだがね――……くれぐれも選択を誤らないように』
一瞬、何を言われているのか分かりませんでした。
教授が王宮魔法士筆頭を退かれ、大学校へ来られて早数年。
その間、ただの一人も研究生を採らずにいたことは王国西方でも知れ渡っていました。……王国最高の魔法士である御方です。
昨年、二人の生徒を研究室に迎え入れた、とは聞いていましたが、まさか今年も継続するなんて!
私の周囲の生徒達は言葉を理解し、快哉を叫びました。
教授の研究室に入れれば……将来は約束されたも同然です!
――それから、一週間。
私はこうして指定された面接会場にやって来たのです。
……不思議なことに、私以外は誰もいませんが。
握っている送られてきた用紙を確認。
『面接をするので、来週炎曜日、指定された時間に研究室へお越しください』
男の人? の字だと思います。何となく優しそうな……教授が書かれたのでしょうか? 用紙の右端に押されているのは――猫の肉球??
被っている帽子を深く被り直し、服装を整えます。
目を閉じ、深呼吸を数度。
「……よしっ!」
意を決し、震える手で扉をノック。
「どうぞ」
「し、し、失礼、しまふっ!」
か、噛んでしまいました。幸先が悪いです。
それでも身体は反応し中へ。
「!!! ふわぁぁぁぁぁ」
思わず、声が出てしまいます。
――研究室は想像以上に広い造りになっていました。
三方の壁には高い天井にまで届く本棚。収められているのは、見たこともない魔法書や奇書の数々。
向き合うように置かれている大きなソファや木製テーブルと椅子、どれも素晴らしい品々ばかりです。ただ、幾つかある脇机の上には書類の山。
柔らかい声がしました。
「凄いでしょう? これだけの文献が揃う場所は王都でもそうはないですよ。片付いてなくて申し訳ない。教授には何度も言っているんですが、片付けを断固として拒否するんですよ。嘆かわしい」
「は、はぁ…………え?」
視線を声がした方へ向けます。
――年代物の執務机の奥に立ち、何か作業をしている一人の少年。
人族で魔法士姿。背は普通で細身。
年齢は……私と同い年くらいかも?
少年の右肩には黒猫。……猫?
手に硝子瓶を持っている少年へちょっかいを出しています。
「アンコさん、駄目です。これは彼女の分なんですから」
少年が黒猫へ注意しながら硝子瓶を開け、焼き菓子を取り出しお皿へ盛り付けていきます。
作業をしながら、私へ話しかけてきました。
「こんにちは、今、丁度、紅茶を淹れたところなんです。お菓子も食べますよね? ここの焼き菓子は絶品なんですよ。何しろ、教授一押しの御菓子屋さんですから。好きな所に座ってください。杖も置いてくださいね」
「え、えっと……わ、私は、き、教授の研究室の試験に……」
「はい、だから、紅茶を飲みながらお話を聞かせてください」
戸惑う私に対して、少年はソファの前に置かれた木製テーブルへ紅茶ポットやお皿、カップを置いていきます。黒猫が肩から降り、ソファの中央で丸くなりました。
思考停止になりつつも、私はどうにか言葉を振り絞ります。
「……貴方は、いったい、誰なんですか?」
「あ、これは失礼しました」
紅茶ポットへお湯を注ぎ、布を被せた少年が私を見た。
とても優しく、穏やか――そして、私が今まで見てきた人達の中で一番、底が見えない笑み。
「僕の名前はアレン。貴女からすると先輩になりますね。今日の面接はよろしくお願いします――『西方魔法学校開校以来、最高の才女』テト・ティヘリナさん?」
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