3「理想の世界がここにある」


 さっきまで海底に刺さった岩の群れをふよふよと浮かんでいたわたしたち。

 でも気が付くとものすごく広い石畳の床を歩いていて、周囲も壁に囲われていた。


(え、いつから? いやそんなことよりも――)


 正面の石の壁。高層マンションかってくらい巨大なんだけど、よく見ると中心に線が入っていて、これはとてつもなく大きな門だと直感的に理解する。


 そして、その門の下に座る女の子。


「――なんでねるちゃんがいるの!?」


 海中うみなかねる子。

 小学校からの幼馴染で、いつでも眠そうで隙あらば寝ちゃう女の子。

 昔はみんなと同じようにわたしのことを木の妖精と呼んでいたけど、次第に略してセイと呼ぶようになった。ちなみにそのあだ名は広まらず、ねるちゃんだけが使っている。広まって欲しかった。


 変なのとかヤバいのばっかり近寄ってくるわたしにとって、唯一の普通の友だち。ううん、親友。それがねるちゃん。


 そのねるちゃんがここにいる理由って……。


「海中ねる子。? 木の声の主は」

「…………!」

「海中さん、が……?」


 木の声の主。うん、そういう、ことに、なるよね。


「いやいやいやいや! なに言ってんの夢羽くん!!」

「星見こそなにを言っているんだ。ここに彼女がいることこそがその証明だと、君もわかっているだろう」

「っ……でも!」

「セイちゃん、でもじゃないよ~。彼の言う通り、ここにいるワタシの声がずーっとセイちゃんに聞こえてたみたいだね~。セイちゃんに力が無かったのと、木を通してるからか、ちゃんとした言葉では届かなかったみたいだけど~」

「ねるちゃん……」


 声の主はねるちゃんだった。

 もうそれは受け入れるしかないみたいだ。受け入れたくないけど。


 でも意味がわからない。ねるちゃんになにを聞けばいいのかもわからない。

 頭が追い付かないよ。


「ねる子。ここは一体なんだ? ムーの戦士の力を以てしても、この場所がわからない。触れても情報を読み取れない」


 夢羽くんはしゃがみ込んで石畳の床を触ったりしている。それでもなにもわからないみたいだ。

 ねるちゃんは壁、もとい巨大な門の下に座ったまま答えてくれる。


「ここはね~なんだよ」

「ねるちゃんの夢の中? ここが……?」


 この石畳の……部屋? かなり広くて部屋と呼んでいいものか。高層マンション並みに巨大な門が収まってるわけで、当然周囲の壁はそれ以上に大きい。壁面は灰色、模様かなにかが刻んであるっぽいんだけど、目を凝らしても見えなかった。

 壁を目で上までなぞっていくと、実は天井があることに気が付いた。壁と同じ灰色の天井だ。

 それから……後ろ。ねるちゃんから目を離せなくて振り返れなかったんだけど、他の面と同じように巨大な壁がそびえ立っていた。岩の群れは無くなっていた。


 ……ここが夢の世界だから?

 こんな超縦長の石の箱みたいな部屋が、ねるちゃんの見ている夢なの?


「セイちゃんたぶん勘違いしてる」

「え? 勘違いって?」

「今いるこの場所だけじゃないよ。

「……ねるちゃん? なに言ってるの?」


 ここだけじゃなくて、世界すべてが夢の中??


「バカな、そんなことがあり得るのか?」

「あれあれ、ムーの戦士でも理解できないんだね~。でも無理もないか~。この世界の人も物もなにもかも、ワタシの夢が生み出したものだから。創造主のことなんて理解できないよ~」

「しかし……」

「思い出して欲しいな~。セイちゃんを暴走トラックから助けた時のこと。あれってワタシのことも助けてくれたよね?」

「あっ、そういえば! あのトラックねるちゃんの家に突っ込んでたかもしれないんだっけ」

「ふふふ。夢羽君は予測から事故を察知したんでしょ? あれ以降同じことができたかな~?」

「できないな。あそこまでハッキリとした予測ができたのはあの時だけだ。……ねる子、君が干渉していたというのか?」

「干渉っていうかね、ここは理想の世界だから。ワタシは助けられるんだよ。ムーの戦士のすごい力で救ってくれる。まさに理想だよね~」


 わたしはぽかーんと話を聞いていた。

 よくわからなかったけど、世界はねるちゃんの都合のいいようになっていて、夢羽くんはそれによって動かされたってこと? わたしが助けられたこと自体も? ていうかトラック事故そのものが? うーーーーん?


「ダメだわたしじゃぜんぜんわからーん!! 夢羽くんなんとかして!」

「……ねる子。この世界が君の夢の中ならば、この石の部屋はなんだ? 夢の世界でも異質な場所なのではないか?」

「さすが~。ここは夢と現実の境目。この門の向こう側は現実の世界だよ~」

「げんじつのせかい……現実? あ、そっか。夢の世界ってことは、現実のねるちゃんは寝てるってことだよね?」

「お~、セイちゃんにしては賢いね」

「どうせいつもはバカでーす」

「拗ねない拗ねない~。セイちゃん、ワタシはね、この夢の中でずっと過ごすことにしたの。ここはワタシの理想の世界。もう現実で目を覚ますことはないよ~」

「え? 起きないってこと? そんな」


 ここがねるちゃんの理想の世界で、リアルな夢の世界なんだとしたら。

 確かに起きたくなくなるかもしれない。


 それとも、現実の世界でなにかあったの?


「あの……海中さん」

「なにかな、前布田さん」

「私はまだ……理解できていないし、受け入れられていません。でも……ここが本当にあなたの夢の中なら……すべてを生み出したのなら。どうして星見ちゃんは、?」

「…………」

「えっと明伊子ちゃん? どゆこと?」

「星見ちゃんが声を聞くことができなかったら、夢羽くんと星見ちゃんが出会うことはなくて……。ここに来ることも無かった、ですよね」

「あっ……! そーだ明伊子ちゃん賢い!!」


 ここがねるちゃんの夢の世界で、理想の世界で、すべてを生み出したというのなら。

 なんで声を聞こえるようにしたんだろう?


「確かにここはワタシの理想の世界だけど、でもね。頭の中身をすべて思い通りにできるわけじゃないんだな~」

「そ、そうなの?」

「つまり~。セイちゃんは心の中の目を覚まそうとするワタシが作り出した存在なんだ。ってこと」

「い、イレギュラー?!」


 心の中の目覚めようとするねるちゃん?

 まだまだ寝てたい、でも起きなきゃだめだー、みたいなせめぎ合いをしてる感じ?

 で、起きろーって側のねるちゃんがわたしを作り出した、と。

 そんなわたしだから、寝ているねるちゃんの声を聞くことができってことか。


 ……なんだろう?

 さっきまでわけわかんなくて、夢羽くんに助けを求めていたのに。

 今のねるちゃんの説明、すんなりわたしの中に入ってきた。


「セイちゃんはね、勝手に動いて、いつかワタシを起こしちゃうんだよ」

「わたしが……ねるちゃんを、起こす」

「だから待っていたの。この夢と現実の狭間でなら……セイちゃんを消すことができるから」

「……!!」


 本当に、なんでかな。ねるちゃんのその言葉も、すんなり理解できてしまった。

 そしてわたしは――。




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