2「その呼び声は深き底より」


「わたしが? 夢羽くんと? 精神体ってのになって? 木の中に入って? 木の声の意志っていうのに? 会ってこいって? うそでしょ?」

「本当だ。星見、頼む。君にしかできないことだ」

「だから名前で呼ばないでよ。えぇぇぇぇ……?」


 全部夢羽くんがやると思っていたから、ぜんぜん心の準備ができていなかった。

 つまり自分で木の声の正体を突き止めてこいってことだよね?

 よく考えたら自分のことなんだし当たり前のことかもしれないけどさ。

 わたしには改造霊子ってやつが無いみたいだし、できることはない、見届けるだけかなって思ってた。

 甘かった。甘かったなーわたし。そんなわけないじゃん。


「……星見ちゃん」

「明伊子ちゃん?」


 隣にいた明伊子ちゃんがわたしの手を取る。


「安心、して。私も……一緒に行くから」

「えっ!? で、でも」

「夢羽君。私も、精神体になれますか?」

「もちろんだ。望むのならば、君も連れて行こう」

「ちょ、夢羽くん!」

「星見ちゃん。木の声って、不気味な声なんだよね。……星見ちゃんを長年苦しめてきた声の正体、突き止めに行こう」

「うっ……」


 いやぁ、実はもう慣れちゃってたり。なんなら愚痴までこぼしてるからね、木を相手に。

 でも……そうだね。


「もーわかった! わかったよ! 行くよ、行きます! 正体突き止めに!」


 木の声のせいで変なのに絡まれ続けてきたんだ。

 迷惑はすんごいかけられてる。

 よし、いっちょ正体、自分で突き止めてやりますか。


「ところで夢羽、俺もなんかすることあるって言ってなかったか?」

「あるぞ、レイチ。とても大事な役目だ。僕らは肉体と繋がった状態で精神体になる。細い紐のようなもので繋がっているのだが、君にはそれを握っていてもらいたい」

「握ってるだけでいいのか?」

「握ることにより、繋がりを強くすることができる。なにがあっても千切れず、戻って来られる。そしてそれは霊体であるレイチにしかできないのだ」

「おっ! マジか、そりゃ重要だな。任せとけ!」


 よくわからなかったけど、なんか命綱を持っててって話っぽい。

 ……それレイチくんに任せて大丈夫?


夕香ゆかのことがあるからな。木ノ内、ぜってー離さないから安心しろ」

「レイチくん……。わかったよ。任せる!」


 ちょっと疑ってごめんね。レイチくんなら大丈夫そうだ。


「ねぇ、盛り上がってるところ悪いんだけど。あたし、まだやるって言ってないわよ?」

「あっ……」


 忘れてた。って顔で振り返ると、未刀ちゃんが大きなため息をついた。


 そうだった。むしろ渋ってたんだった。天灯家の象徴の桜に刀を刺すなんてとんでもない! みたいな話だった。


「未刀姉さんはまだ反対なのですか?」

「え? み、深矢?」

「天灯深矢、引き受けてくれるのか」

「はい、もちろんです。私はどんなことを頼まれようとも応じると、決めていましたから」

「っ……深矢! 勝手なこと言わないで。刀を刺すのはあたしなのよ?」

「私だって矢を通します。……姉さん。私は夢羽君に大きな借りがあります。そしてなにより、彼のムーの力は私たちの力の祖です。原初であるムーの戦士に頼まれたのですから、天灯家は全霊を以て応えるべきかと」

「それは……」


 逡巡し、未刀ちゃんは一度屋敷の方を見て、くるっと振り返り桜を見上げる。そしてポツリと、


「……振るう刀は己で決める。心の剣は自由だ。誓いは忘れていません、無天むてん様」


 呟いて、夢羽くんに向き直った。


「はぁ、しょうがないわね。確かに深矢の言う通りだわ。……夢羽、天灯の巫女はあなたの依頼を受けるわ」

「助かる。天灯未刀」

「報酬はすでに貰ってるわ。天灯の力の源流についてと、深矢を救ってくれたこと。……天灯家としてはそれだけで十分なんだけど、あたしとしては足りないと思ってた。でも」


 未刀ちゃんがわたしを見る。ん? なんだろ?


「星見、あたしはあなたの友達として力を使うわ。前に約束したでしょ? 木の声について『天灯』の力で調べてあげるって」

「あっ……! 木に向かって愚痴ってた時の!」


 そうだ、そういえばそんな話をしたよ!

 ちゃんと覚えててくれたんだ……。


「星見ちゃん……? 木に向かって、愚痴って……?」

「――!! なななんでもないよ明伊子ちゃん! なんでもないから忘れて!!」


 しぃぃぃまったぁぁぁぁ! なにカミングアウトしてんのわたし!

 お願い、このまま流して!


「木に向かって愚痴ってお前、暗いな」

「うっさいレイチくん! ――とにかく夢羽くん! これで正体突き止められるんだね!」

「そうだな。星見も乗り気で助かるぞ」

「変んなこと言わないで! もうこのままの勢いで突っ込みたいの!」


 そして愚痴のことをみんな忘れて欲しい!



                 *



「では、お願いしたい。天灯未刀、深矢」

「ん……いいわ、いつでもいける」

「はい、準備はできています」


 一旦お屋敷に戻った未刀ちゃんと深矢ちゃんは、巫女装束に着替えていた。

 力を使う儀式を行うには、正式な、相応しい服装でなくてはならない。

 って言ってた。やっぱカッコいいなぁ二人とも。


 未刀ちゃんが桜の前に立ち、深く頭を下げる。


「天灯家、彼岸桜。『無天むてん』様。力を行使することをお許しください」


 続いて、後ろにいた深矢ちゃんも頭を下げる。


「『無天』様。深きを知ることをお許しください」


 二人はゆっくりと顔を上げると、未刀ちゃんが胸の前で手を合わせる。


「霊気心刀」


 手の中に突如現れる、一本の刀。

 押し出されるような衝撃波が走り、空気がビリビリと震える。

 一度見たはずなのに――いやだからこそかな? とてつもない力が籠っているのを感じて息をのむ。


 静寂と緊張感。

 ごくりと唾を飲み込む音がうるさくなかったか気にしてしまう。


「霊弓夢幻」


 水平に伸ばした深矢ちゃんの右手に、光り輝く一本の矢が握られる。

 昨日見た時は弓を持っていたけど、今回は矢のみ。

 深矢ちゃんの矢は未刀ちゃんの刀と違い、見ていると引き込まれるような、静かで深い力を感じる。


 未刀ちゃんが桜の木を見据え、長く大きく息を吐いた。


「ふぅぅぅぅぅぅ……。果ての一刀、無限突き」


 ゆらりと、未刀ちゃんの体が揺れる。まるで炎が揺れるように、音もなく前に。

 と、そう思った次の瞬間には、未刀ちゃんは桜の木に寄り添うにようにして刀を深く突き刺していた。

 い、いつの間に? ていうか――


(すっごく、綺麗……)


 呼吸を止めて見入ってしまう。美しすぎる存在は、時間を止める。そんなことを思ってしまう。


 そこに入り込めるのは、双子の深矢ちゃんだけだ。流れる水のように、舞うような歩みで未刀ちゃんの横に立った。


「夢幻の矢。霊気心刀を弓として、深奥に届く一矢となれ」


 刀に、矢を重ね合わせる。そして、


「天灯の巫女、秘奥」


 未刀ちゃんは左手に刀、右手に矢。

 深矢ちゃんは右手に同じ刀を、左手に同じ矢を掴み。

 弓を引くように矢を持った手を後ろに伸ばす。

 左右対称に向かい合い、一つの弓を構えているような恰好だ。


「「真刀しんとう奥矢おうや。――放てっ!」」


 二人が叫び、矢を放つと刀に沿って木の中へと消えていく。

 そしてそこから、まるで水が噴き出すかのように青い光が溢れだした。


 あれ? この光どっかで……あ、トラックに轢かれそうになった時だ! 夢羽くんが出してた青い光に似てる?


「こっ、これは……!」

「どうした、天灯深矢。なにかわかったのか」

「わかった、といいますか……」

「夢羽! 星見! よく聞きなさい! ――!」

「むっ……」

「か、からっぽ?」

「木ノ内さんが聞いていた声は木の声ではありません」

「木の声じゃない!? うそでしょ?」

「本当です。もっと、深い場所からの声です」

「木はだったってことよ!」

「えぇぇぇぇぇ!?」

「どこからだ? 深い場所――地底からか?」

「地底……いえ、ただの地底ではありません」

「そうね。……深矢、もっと深くまで」

「はい。……暗く、冷たい……これはまさか、海まで繋がって……?」

「っ……間違いないわ! 海よ! 深い、!」

「海底、だと?」

「海……?」


 は、ははははは……えぇぇぇ……? 木の声じゃなくて海の声だった?

 だめだわけがわからないや。力が抜けてしまい、ぺたりとその場に座り込んでしまう。


 そこへ、ぽんと肩に手を置かれる。


「……大丈夫だよ、星見ちゃん」

「明伊子ちゃん……大丈夫、って」

「どこから聞こえて来た声かなんて……どうでも、よくない?」

「ど、どうでもいい?」

「もともと、正体を突き止めるのが目的……なんだから」

「それは――」

驚いてたら、ダメだよ……」


 木の声だと思ってたのが実は海から聞こえてたって、わたしにとってかなり衝撃なんだけど……。


 これくらい、かぁ。


 確かにね。長年の謎だった声の正体を突き止めるんだ。きっともっと驚くことが待ってるはず。

 明伊子ちゃんの言う通り、驚いてたらダメだ。


 ……また明伊子ちゃんに勇気付けられちゃったな。


「星見。今ここに、明伊子が居てくれてよかったな。さあ、行くぞ」

「――うん。ありがと、明伊子ちゃん。行こう、夢羽くん」


 手を伸ばしてくれる二人の手を取って立ち上がる。

 夢羽くんはそのままわたしの手を握り、空いている方の手で明伊子ちゃんの手を取った。

 すると――立ち眩みみたいな感覚がして、ふわっと身体が浮き上がった。


「って違う! わたしの体、下にあるじゃん!」

「こ、こ、これって……夢羽君?」

「さっき説明しただろう。君たちは精神体になったのだ」

「聞いてはいたけどさ! もう、前置きなしでそういうことするの相変わらずだなー!」


 心の準備ができてなかったよ! ちゃんと儀式する天灯姉妹を見習ってほしい。


 下にいるわたしの体を見ると、頭から淡く光る細い線が伸びていて、精神体になった自分の頭に繋がっていた。


「あ、これ知ってる! 幽体離脱ってやつだ!」

「ふむ。厳密には違うが、そう説明した方がわかりやすかったか」

「そーだね、すごく」


 幽体離脱、確かこの線が切れちゃうと戻れなくなるってやつだよね。

 そのへんもさっきの説明と同じだ。


「っし、俺はこれを握ってればいいんだな?」

「レイチくん絶対離さないでよ!」

「まかせとけ!」


 レイチくんとハイタッチして、わたしたちはふよふよと未刀ちゃん深矢ちゃんの側に寄る。


「夢羽、道は確保しておくから。早く頼むわ」

「私たちの力で知ることができたのは、声は海の底から聞こえているということだけです。それ以上のことはわかりません。……お気をつけて」

「了解した。二人ともありがとう。星見、明伊子、急ぐぞ」

「う、うん! 未刀ちゃん! 深矢ちゃん! 行ってくるね!」

「行ってきます」


 夢羽くんが二人の間から未刀ちゃんの刀の柄に触れると、ぐるんと視界が歪んで(吸い込まれた?)、次の瞬間わたしたちは暗闇の中を落下していた――。



「――ななななにこれ!?」

「地中を降りているのだ。安心しろ、僕から手を離さなければ大丈夫だ」

「離したらやばいってこと!?」

「星見ちゃん……見て、光の筋が……」


 闇の中に、一本の光の筋。

 きっとこれが、未刀ちゃん深矢ちゃんが作ってくれている道しるべなんだ。

 自分が落下しているとわかったのも、この光のおかげ。

 闇の底の底に光の穴があって、そこに繋がっていた。


 そう認識すると同時に、ぐんっと加速する。

 夢羽くんが引っ張てるのか、それともあそこに吸い寄せられているのか……。


 でもなんだろう、最初はビックリしたけどもう怖くない。

 よく考えたら、なにがあっても夢羽くんは手を離さないもんね。

 だからわたしは、あの光の向こうのことだけ考えてればいいんだ。

 この向こう側に、いったいなにが待っているのか――。


「穴を抜けるぞ」

「いっけぇぇ! 夢羽くん!」


 バシュッ――!!


 光の穴を抜けると、そこはまた薄暗い闇の中だった。

 でも今度はわたしたちの周りだけ明るい。まるで自分が発光してるみたいに。


「ここが 深矢ちゃんたちが言ってた海底!?」

「そうだな。俺たちは今、海底を進んでいる」

「海底……でも、なにか……ある……」

「えっ? あ……」


 明伊子ちゃんに言われて気付いた。

 わたしたちの進む先に、巨大な岩の群れがある。大きな長方形の岩がたくさん、海底に突き刺さっているんだ。

 太さも大きさもばらばら、乱雑に並んでいるんだけど、なにか法則があるようにも見える。じっと見ていると不思議と心がざわざわしてきて、なんか目が回りそう……。


「なんだ、これは」

「さあ……って、夢羽くんわからないの!?」

「ああ。普通の岩ではない。いや、岩だけじゃないな。この辺り一帯、なにかがおかしい。……なるほど、天灯姉妹がわからないはずだ」

「納得してる場合じゃ――って、そうだよね、ここはそういう場所なんだった」


 未刀ちゃん、深矢ちゃんでもわからない。そして……夢羽くんでもわからない。

 ほんと、木の声――もとい、海底からの声ってなんなの?

 この岩の群れの先に声の主がいるの?

 ていうか無茶苦茶デカくて気持ち悪い怪物とかだったらどうしよ。

 不気味な呻き声だったし、その可能性高くない?


 あー、やだな。カワイイ女の子だったらいいのになぁ。



「いらっしゃい。待ってたよ~」



「そうそうそんな感じのカワイイ声の女の子が待ってて……え?」


 岩の向こうから聞こえて来たのは、本当に女の子の声。

 ――。


。ついにここまで来ちゃったね~」

「……え?」


 岩の群れを抜けた先。とてつもなく巨大な石の壁の下に、幼馴染のねるちゃんがちょこんと腰かけていた。




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