第五章「目覚めの声を君に」

1「木の声を辿る手段について」


 恋瑠ちゃんを見つけ出したその翌日。月曜日。

 なんとわたしたちは学校を休んで天灯家のお屋敷に集まっていた。


「って学校終わってからじゃダメなの?」

「時間が惜しい。その辺りのことは僕がなんとかするから安心してくれ」

「安心って、ねぇ」

「夢羽君……いつになく強引、だね」


 明伊子ちゃんの言う通りだ。昨日は恋瑠ちゃんのことを怒ったクセに。

 ま、それだけ夢羽くんにとって大事なことで緊急なんだろうな。


「ウヴァァァ……ブオウ! ブオオオオオォウ!!」


 これこれ。わたしにだけ聞こえる不気味な木の声。

 ……なんかいつもより激しくない? テンションあがってんの?


 この声の正体が。今日、わかるかもしれない。


 わたしに付きまとっていた理由がそれを知るためだもん。そりゃ学校なんて行ってられないよ。とっとと突き止めて終わらせたいのもわかる。


 ……ん? なんかいまちょっとイラっとした。なんで?


「ま、いっか」

「どうしたの? 星見ちゃん」

「んーん、なんでもないよ」


 とにかくそんなわけで、天灯家に集まったのはわたしと明伊子ちゃん、夢羽くん。

 もちろん未刀ちゃんと深矢ちゃん、レイチくんもいる。

 昨日の今日でさすがに恋瑠ちゃんは来られなかった。というより、やることがあるの、って言われて断られた。今頃はきっと学校にいるはずだ。がんばってね、恋瑠ちゃん。


 天灯家のお屋敷、その庭にある大きな一本の桜の木。

 四月の終わり、花はもう殆ど散ってしまって青々としているけど、微かな花びらが舞っているのが綺麗だ。


 わたしたちは庭に出てこの桜の木の根元に向かう。

 近づくにつれその大きさ、立派さをより強く感じる。いやこれ、もう名所になってもおかしくないくらいの桜じゃない? 夢羽くんここでなにをするつもりなんだろ。


 と思っていると、未刀ちゃんと深矢ちゃんレイチくんが夢羽くんに問いかけた。


「夢羽、そろそろ説明してくれる? あたしたちはなにをすればいいのよ」

「どうやって木の声というものの正体を探るのか、方法を教えてください」

「俺も呼ばれたけどさ、なんかやることあるのか?」

「もちろんだ。説明しよう。レイチにも頼みたいことがあるぞ」


 桜の下に辿り着き、クルッと振り返る夢羽くん。

 検証し方法をまとめてから説明するって、昨日は教えてくれなかったんだよね。


「まず確認だが、星見。桜の木から声は聞こえるか?」

「名前で呼ばないで。バッチリ聞こえるよ、呻き声みたいのが。なんかいつもよりテンション高い感じする」

「それは興味深いな。やはり意志があるということか?」

「夢羽、なにするつもりかわからないから先に言っておくけど、この木は樹齢八百年、天灯家の象徴とも呼べる彼岸桜よ」

「ほほう。立派な木だな」

「八百年!? すごー……」

「マジか? この桜そんなすごかったのかよ。ていうか夢羽、この桜になにかすんのか?」

「ああ。天灯未刀、まずは君にお願いしたい。


 その場の全員がぎょっとした。なに言ってんだこいつ。


「夢羽……あたしの話聞いてた?」

「君の刀ならば木を傷付けることなく、精神体に穴を開けることができるはずだ」

「……同じことよ。この桜に刃を向けるなんて」

「姉さん。まずは最後まで話を聞いてみましょう。どうするか決めるのは、その後で」

「深矢……。しょうがないわね。で、その後はどうするつもり?」


 ホッとした。深矢ちゃんありがと。

 まったく夢羽くんは。そんなの未刀ちゃん怒るに決まってるじゃん。頼むにしてももうちょっと言い方があるのに。いやどっちにしろ怒ってたかもしれないけどさ。


 夢羽くんはマイペースに説明を続ける。


「精神体に穴が開いたら次は天灯深矢だ。で木の声の意志を辿って欲しい」

「……!? それは……不可能です。精神体の内側にでも触れなければ――」

「君たち姉妹ならそれが可能なはずだが」

「なっ……」

「参ったわね……。それ、あたしたちのなんだけど?」

「え? どゆこと? 精神体? ひおう?」


 黙って聞いてようと思ったけど、さすがにわけがわからなくて口を挟んでしまう。


「そうだな、星見や明伊子にもわかりやすく説明するならば、精神体はその生命、物体のエネルギーそのものだ」

「あー……なるほどわからないけどなんとなくイメージできた。と思う」

「わ、私も……」


 まぁそっちは名前からなんとなくのイメージはついたよ。

 問題はその精神体っていうのに未刀ちゃんたちがなにをするのかって話で。


 それについては本人たちが説明してくれた。


「あたしの霊気れいき心刀しんとうを精神体に突き刺し」

「刀を通じて私の霊弓れいきゅう夢幻むげんで精神体に潜る。よって、より深くを知ることができ、より強い干渉を行えます」

「それがあたしたち天灯の巫女の秘奥義。まず使うことは無い、ほとんど禁じ手よ」

「う、うわぁ……」


 と、とにかくすごいことを夢羽くんが頼んでるのはわかった。

 未刀ちゃんと深矢ちゃんが禁じ手っていうほどのヤバい技まで引っ張り出そうとしてるんだもんね。


「確かに私たちの秘奥ならば、木の声を辿ることは可能かもしれません。ですが二つ、いえ三つほど疑問があります」

「聞こう。なんでも答えるぞ」

「一つ、それらは夢羽君には不可能なのですか?」

「あ、そーだよ、夢羽くん自分でできないの?」

「昨日説明したが、僕は対象の存在、名前を知らなければ見ることができない。似たようなことはできても同じことはできないのだ。今回は、君たちにしかできないことだ」


 そういえば前にそんなようなこと言ってたかも。

 改造霊子の力は進化、変化しているとかで。


「……なるほど。では、声の意志に辿り着いたとしても、対象のことを知ることが出来る可能性は低い。それはわかっていますか?」

「え? そーなの?」

「木の声は夢羽の力でもわからないんでしょ? あたしたちの力が通じるとしたらたぶん、木の声の意思を辿るところまでよ。正体を知るのは難しいかもしれないわ」

「ああー」


 そっか、木の声の意思? に辿り着いても、それがなんなのか理解はできない……ってことかな? 天灯家の力はムーの戦士の力と根本が同じ。違う力になってるとはいえ、未刀ちゃんたちにもわからない可能性が高いんだ。


「手順説明の続きになるが、木の意志に辿り着いた後は僕が精神体となり直接確かめに行く」

「直接……ですか?」

「あたしたちの本当の役目は、夢羽の道標になれってこと?」

「そういうことだ」


 思わずぽかんとしてしまう。呆気にとられてしまった。

 だってそれって……。


「夢羽くんが木の中に入って確かめてくるってこと?」

「平たく言えばそうだな」


 うわぁ……そういうこともできちゃうんだ。

 やっぱわけわかんないよムーの戦士。


「深矢、三つ目の疑問を聞こう」

「いえ……今ので三つ目の疑問も解けました」

「ふむ、そうか?」

「えぇ? 深矢ちゃん気になるよ! 三つ目なんだったの?」

「それは……」


 何故か深矢ちゃんがじっとわたしのことを見つめてくる。

 え? なに? なんか不安になるんだけど!?


「三つ目の疑問は、根本的な問題です。木の声は、木ノ内さんと稲井恋瑠にしか認識できていません。私たちや夢羽君がどんな手を使ったとしても、結局木の意志の正体を暴くことはできないのではないか? というものでした」

「えーっと……あ、そっか。夢羽くんが直接乗り込んだところで結局わからないかもしれないんだ」

「はい。ですが今の話を聞き、ある方法で可能性を上げられることに気が付きました。おそらく夢羽君は……」

「あたし深矢がなにを言いたいのかわかったわ」

「私も……わかっちゃったよ……」

「あー俺も。大変だな、木ノ内」

「なになに!? レイチくん憐れみの目で見るのやめてよ!」


 うそでしょ、わかってないのわたしだけ?


 夢羽くんが木の中に入って、木の声の正体を暴きに行ってくれる。

 でも声を聞くことのできない夢羽くんじゃ正体がわからないかもしれない。


 それを解決する方法がある?

 なんなの? 夢羽くんなにをするつもりなの?


 みんながわたしを憐みの目で見たり目を逸らしたりする中、夢羽くんはその答えを言った。


「星見。君は僕と一緒に来てもらう」

「一緒に……は?」

「君も精神体となり、木の中に乗り込むのだ」

「うそでしょ!?」

「深矢の言う通り、僕だけでは木の意志に辿り着いても認識できない可能性がある。だが星見、声を聞くことのできる君ならば認識できるはずだ」

「名前で呼ぶなー! わたしも木の中にって……えぇぇぇぇ!?」




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