6「きっとあなたも見ている」


「つ~か~れ~た~の~」

「あはは、恋瑠ちゃんお疲れさま。ほらほら、お肉焼けてるから食べて食べて。高級肉だぞー」

「うぅ、足の綺麗なおねえちゃん~! 食べるの~」


 お、わたしは足の綺麗なおねえちゃんなんだ。嬉しいこと言ってくれるじゃない。自分用に育ててた肉もあげよう。


 恋瑠ちゃんは夢羽くんに連れ回されて謝罪巡りをしてきた。もちろん瞬間移動で。

 二人で行っちゃったからわたしたちは深矢ちゃんの家に戻り、未刀ちゃん明伊子ちゃんと合流して恋瑠ちゃんたちの帰りを待っていた。

 結局お昼は食べ損ねてペコペコで動けなーいもう限界! ってところでようやく二人が帰ってきて、全員でこないだ行った高級焼肉店に行くことになったのだ。もちろん夢羽くんのお金で。またこのお肉が食べられるならお昼抜きでも全然気にしない、っていうかその分食べられるからむしろ嬉しいよ。


「それでどうだったの? 謝罪の旅」

「ほんとーに全部のとこ行ってちゃんと謝ってきたの」

「えっ、謝れたんだ?」


 二人が飛んだあと深矢ちゃんと話していたのだ。

 お店の人、いきなり現れた女の子に「無銭飲食しましたごめんなさい」と言われても、なんのこっちゃってなるんじゃないかって。


「最初は驚かれたがな。僕が日付と時間を伝えるとすぐに信じてもらえた。店側が記録していた売り上げが合わなかった日時と合致したのだ」

「あ、そうだよね。お店ってそういうのちゃんとチェックしてるもんね」

「信じたって言ってもずっと不思議そうな顔はしてたの」

「うん、まぁそりゃそうだ」

「だが代金を真っ先に払ったからだろうな、大したトラブルにはならなかった」

「へぇ、意外……って、あの黒いジャケットの二人組は?」

「行く必要がなかった」

「あそこは入っただけでなにもしてないの。すぐに見付かったの」


 なるほど。もしそこでなにか食べたりしてて謝りに行ってたらさすがに問題が起きて――いや夢羽くんがなんとかしてたな。


「飲食に関してはトラブルがなかったが、ホテルは多少問題があった」

「どんな問題?」

「誰も泊まっていないはずの部屋に誰かが入った形跡があり、しかし監視カメラにはなにも映っていない。ちょっとした幽霊騒ぎになっていた」

「それ恋瑠ちゃんの仕業ってどうやって証明したの」

「謝罪する前にまず泊まった部屋に潜りこみ、写真を撮った」

「自撮りをさせられたの」

「うわ、なんつー力技」

「それでも信じがたい顔をしていたがな。代金を支払って謝罪し、すぐに次に向かった」

「言い逃げなの」

「あはは……」


 それはそれでホテルに別の噂が広まりそうだ。

 とにかく謝罪の旅は無事(?)済んだみたいでよかったよ。変な騒ぎにならないかちょっと心配だったし。あとは……。


「夢羽君、ご苦労様でした。ですが稲井さんの悩みは解決できていませんね……」


 深矢ちゃんの言う通り。結局そこが解決できていない。と、思ったんだけど。


「ううん、天灯の巫女さん。もういいの、家出もしないの」

「え? 解決、したということですか?」

「謝って回ってよーっくわかったの。あたしのしたことは全部残るの。その時は見られてなくても、したことは見られるの」


 透明人間でも無ければ、存在が完全に消えるわけでもない。

 したことの結果は残って、それを誰かが見付ける。

 恋瑠ちゃんの存在に気付く人はどこかに必ずいるんだ。


「巨大化なんてするよりもずっとよくわかったの。どんなに存在感が薄くても消えるわけじゃないんだって。あたしが気付いていないだけで、知らないだけで、見ている人はいるの」

「恋瑠ちゃん……」

「だから明日学校に行って、気になってる子に声をかけるの。もしあたしと同じことで悩んでるなら、教えてあげるの。あたしがあなたを見ているって」

「その意気だよ恋瑠ちゃん! もしかしたらその子も恋瑠ちゃんを見ていたかもしれない! 友だちになれるよ」


 そうすればきっと、存在感がない、誰にも見てもらえない、なんて悩みは絶対無くなると思うから。


「ふーん、よかったじゃねーか。もう透明だなんて悩むんじゃねぇぞ」

「うん。金髪のおにいちゃんもありがとうなの」

「レイチだ。覚えとけって。ったく」


 恋瑠ちゃんが笑いかけるとレイチくんは少し照れてそっぽを向いてしまう。


 今回レイチくんにいいとこ取られちゃったなー。わたしはなんにもできなかったや。

 よーし、ご褒美にあとで踏み付けてあげよ。


「ほら肉焦げるわよ。次焼くから取りなさい」

「あ、うん! 食べる食べる」


 未刀ちゃんが手際よく肉を並べていく。ありがてぇ。わたしはひたすら食べるだけだ。


「あ、そういえば明伊子ちゃん、未刀ちゃんから話ってなんだったの?」

「それは……」


 二人は話があるからって留守番してたんだ。その内容聞くの忘れてた。


「あたしたちの助手にならないかって話よ」

「じょ、助手!? 未刀ちゃんの?」


 予想外の話に驚いて食べようとした肉が落ちた。取り皿に。


「天灯家の、よ。この子、あたしたち天灯の力をしっかり見たでしょ? 夢羽の力を知っていたからか疑うこともなかった。そういう人って助手に適任なのよね」

「ほぇ~、そうなんだ」

「ま、まだ決めたわけじゃ、ないよ……」

「さっきも言ったけど答えはすぐじゃなくていいわ。ゆっくり考えて」

「う、うん……」


 明伊子ちゃんが適任かー。確かにね、先に夢羽くんの力を知っちゃったから、二人の力を疑うなんてことなかった。それはわたしも同じ――ん?


「あれ? わたしは? 適任じゃないの?」

「星見は夢羽の助手でしょ」

「えー!? 助手……助手ぅ?」


 それはないなーって思ったけど、わたしがやってることってそうなるの?

 うわー、なんかもう引き返せないとこまで来ちゃった気がするな。

 ま、木の声が聞こえる時点でなに言ってんだって感じだけどさー。


「こっちのことはいいのよ。それより夢羽、この子の力どうするの? ずっと封じとくの?」

「いいや、もう封じていない。稲井恋瑠、ステルス能力をこれからも使うのかどうか。君が決めるんだ」

「あたしが、決める……」

「もし力を消して欲しければ言ってくれ」

「わかったの。少し考えてみるの」


 恋瑠ちゃんはじっと、鉄板の上で焼ける肉を見つめる。

 自分で考えさせるなんて、夢羽くん本当にたまにいいこと言うんだよね。

 ムーの戦士の力を使う時は無茶苦茶なのに。


「星見ちゃん……お肉、焦げるよ」

「あ、食べる食べる! 明伊子ちゃんカルビガンガン焼くよ!」

「今日は……別の部位にも、挑戦する」

「おっ、いいね? なんだっけ、ザブトン? いっとく?」

「ホルモン……行ってみる」

「オッケー、なんでも付き合うよ!」


 さーて聞きたいことはだいたい聞けたし、焼く肉を堪能するぞ!


 と、いっぱい注文して焼いていると……恋瑠ちゃんが箸を持ったまま、今度は誰かを見てぼーっとしていることに気が付いた。

 視線を辿ってみると――夢羽くんかレイチくんかな?

 この熱い視線、まさか、まさかとは思うけど、どっちかに惚れた?!

 ムーの戦士と幽霊だぞ? 大丈夫か恋瑠ちゃん!


 ホルモンをじっくり弱火で焼きながら恋瑠ちゃんを観察していると、彼女がついに動いた。


「あの、銀髪のおにいちゃん! ……また力のこととか相談していい?」

「もちろんだ。僕はいつでも話を聞く。君のためになんでもするぞ」

「う、うん! えへへ……」


 わーお、そっちを取ったか!

 残念だったねレイチくん! ってそうじゃなくて。


 わたしは恋瑠ちゃんにこそっと話しかける。


「恋瑠ちゃん恋瑠ちゃん、夢羽くんに熱い視線送ってたけどあれムーの戦士だよ? わかってる?」

「え? そ、そんなの関係無いの。だって、銀髪のおにいちゃんすごいイケメンでお金持ちなの」

「たしかに! 確かにそこは大事だし、思わず納得しちゃったけど……でもなぁ」


 そう、夢羽くんはイケメンだ。黙ってれば絶対モテるって最初見た時に思ったものだ。

 あとお金もあるね。これ、本当に大事なことだね。

 でもそっかー、ムーとか関係無いって言えちゃうんだ。すごいなー。


「でも銀髪のおにいちゃんと出会って、この世界が本当に夢なのかわからなくなったの。巨大化とかは夢みたいだったけど……」

「あっ、それそれ! ずっと気になってたんだ。恋瑠ちゃん誰に言われたの? ここが夢の世界だって」



『とにかく、あたしは透明人間になって好きなことをすればいいって教えてもらったの。透明人間がなにしたって誰も気にしないの』



 会った時に恋瑠ちゃんはそんなことを言っていた。その後に夢の世界がどうのこうのっていうのも。

 家出をする前に誰かとその話をしたってことだよね……?


 わたしの問いに対して恋瑠ちゃんは、衝撃的な――ある意味で夢羽くんの力を知った時よりも仰天な――答えを返す。




「……え?」


 恋瑠ちゃん、今、なんて――ううん、

 あぁ――ガツンと頭を殴られたみたい視界がチカチカする。


「詳しく教えてくれ、稲井恋瑠」


 話を聞いていた夢羽くんが立ち上がり、恋瑠ちゃんの隣りにやってくる。


「う、うん。こないだ突然、木から声が聞こえてきたの。ここはどうせ夢の世界だから、好きなように力を使って、好きなことをすればいいって」

「その時が初めてか? その後は声を聞いたか?」

「一回だけなの。初めてだったし、その後は聞こえないの」

「ま……待って。夢羽くん。だめ、わたし頭が追いつかない。……声? わかる言葉で? 日本語喋ってたの?」

「そうだけど、それがどうしたの」


 わたしの聞こえる木の声は、ちゃんとした言葉にならない呻き声ばっかりだ。

 言葉なんて……一度も……。


「ふむ、星見とは別物なのか? しかし……」


 別物。確かにそうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 ああもう、自分以外に木の声を聞いたなんて話、人生初で頭がパニック大混乱で思考停止しちゃってる!


「星見ちゃん、ゆっくり考えよう。お水……飲んで」

「う……うん、ありがと明伊子ちゃん……」


 まだ視界がチカチカして頭がクラクラする。明伊子ちゃんに言われるがまま水を飲むと少しだけスッとした。落ち着く、というか頭は止まったままで……真っ白で……だめだお水もう一杯欲しい。


 一方、わたしの代わりに頭をフル回転させている夢羽くん。


「……いや、本質は同じ可能性が高いな。人語を話すこともできるのならば……。天灯未刀、天灯深矢。頼みがある、聞いてくれるか」

「ゆ、夢羽があたしたちに? ――構わないわよ。ねぇ、深矢」

「もちろんです。あなたにはとても大きな借りができましたから」

「なっ……なにをするの? 夢羽くん」

「決まっている。星見、君が聞いている。僕と天灯姉妹の力があれば、可能かも知れない」

「……!!」


 ――。


 心臓がドクンと大きく鳴って。何故か、ここでは聞こえるはずのない不気味な木の声が聞こえた気がした。




第四章「あなただけは見ていた」了




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