5「彼らは透明人間を否定する」


 結論。夢羽くんはやっぱり夢羽くんだった。ていうかムーの戦士だったわ。


「まままま待ってなの! どういうことなの!!」


 叫ぶ恋瑠ちゃん。

 わたしたちはそので呆然と立ち尽くし、恋瑠ちゃんを見上げていた。


「なんだあれ!」

「巨人だ! 踏まれるぞ!」

「なになに、撮影?」


 八階まである駅ビルと同じくらいの高さかな。

 夢羽くんの力で巨大化した恋瑠ちゃんが泣きそうな顔で立っていた。

 ちなみにミニスカートからズボンに履き替えさせてある。そのへんは夢羽くんも紳士だった。


 突然現れた巨人に駅前はパニックだ。

 逃げ惑う人、スマホで写真を撮る人、どっかに電話してる人……。


「ねぇ夢羽くん、これどうするの」

「後で印象操作をする。記憶の改竄は手間がかかるが、印象操作ならば簡単にできる」

「いやこんなの、どう印象操作しても意味なくない?」

「むしろインパクトがある方がやりやすい。みな同じ印象を持ってくれるからな」

「はぁ……」


 よくわからないけど、なんとかなるならいいや。

 夢羽くんなら本当になんとかするでしょ。……するよね?


「私は夢を見ているのでしょうか」

「夢じゃないよ深矢ちゃん。でもそう言いたくなるのもわかるよ。慣れてるわたしでもさすがにこれはビックリだから」

「そう、ですか。でも、これに意味はあるのでしょうか?」


 わたしはなにも答えることができなかった。

 そりゃ、こうやって巨大化すれば誰だって恋瑠ちゃんのことを見るけどさ。いいの? それで。


「こ、こわい! お願い、戻して! 助けて!」


「……夢羽くん?」

「ふむ、では次だ」




「ねえ! 今度はあたしどうなってるの? 眩しくてなんにも見えないの!」


 場所を変えて商店街のど真ん中。すでに夢羽くんの次のプランが始まっている。


「恋瑠ちゃん、少し言いにくいんだけどね。……大きさは元に戻ったんだけど、今度はすっごくピカピカ光ってる。ミラーボールみたい」

「あ、あたしが光ってるの!?」


 正直眩しくてわたしも見ることができない。でも、


「あそこなんか光ってない? 行ってみようぜ」

「今日お祭りかなんかだっけ?」

「なぁそれより駅前に巨人が現れたって聞いたんだけど、どうなったん?」


 だんだん人が集まって来た。

 駅前の巨人の噂も広まってるなぁ。


「夢羽君。確かに人は集まり、多くの人が彼女に注目しています。ですがこれは……」


「み、見ないで! よくわからないけどなんか恥ずかしいの!」


「……光を消すと同時に場所を変えられますか?」

「わかった。次に行こう」



 そのあとも恋瑠ちゃんは色んな目立ち方をした。

 燃えたり凍ったり、空を飛んだり、噴水みたいに水を出したり、声が100倍大きくなったり、フローラルな香りが溢れ出したり、アイドルになって歌ったり?

 夢羽くんはやっぱり夢羽くんだった。やることメチャクチャだ!


「ちょ、ちょっと休ませてなの!」

「わかった」


 さすがに限界を迎えた恋瑠ちゃんがそう叫ぶと、わたしたちは広い河川敷の土手に飛ばされた。

 恋瑠ちゃんはそこにごろんと倒れる。


「どうだ、稲井恋瑠。君は透明人間ではなかっただろう?」

「はぁ、はぁ、はぁ、もう! こんなの、誰だって目立つに決まってるの!」


 だよね。恋瑠ちゃんの悩みってそういうことじゃないんだよ夢羽くん。

 でも……。


「恋瑠ちゃん、すっごくいい笑顔」

「うん! 振り回されて、あり得ないことばっかりだったの! 面白かったの!」


 悩みとは関係ないかもしれないけど、恋瑠ちゃんを笑顔にしたことに関してはグッジョブだよ夢羽くん。


「……木ノ内さん。夢羽君はいつもこうなのですか?」

「あはは、そうだね。明伊子ちゃんの時とかやばかったよ」


 月面行ったからね。あれは忘れられない。


 しっかし巨大化したり光ったりなんでもありだな夢羽くん。

 それでもわたしの木の声のことはわからないって言うんだから、ほんと不思議。


 しばらくぼーっと川を眺めていると、寝転がったままの恋瑠ちゃんがポツリと呟く。


「本当にすごかったの。やっぱりここは夢の世界なの」

「夢の世界?」

「なんでも起きる世界なの。でも現実は、やっぱりあたしのことを見る人なんていないの」


 夢羽くんのメチャクチャは確かに夢の中にいるみたいだけど……。

 うーん、やっぱり悩みの本質は解決してない。なんて声をかければいいんだろう?


「おい、恋瑠って言ったな」

「金髪のおにいちゃん?」

「レイチだ。覚えとけ」


 どうしようか悩んでいたら、金髪のおにいちゃんことレイチくんが恋瑠ちゃんに話しかけた。

 お? なんだ? なにを言うつもりだろ。


「最初に言ったが、俺は幽霊だ。ちゃんと説明する暇なかったけどな」

「銀髪のおにいちゃんも金髪のおにいちゃんも、おかしなことばっかり言うの」

「おかしくねーよ! 本当のことだ。お前には見えてるけどな、あの黒いジャケットの二人組には俺が見えてなかっただろ」

「うん……見えてないみたいだった。金髪のおにいちゃん本当に幽霊なの?」

「そーだ。でな、俺は一部の人間にしか見えないんだ。ある意味、お前よりもずっと透明人間なんだよ」

「うーん、そうかもなの」

「俺はな、見えない人には絶対に見えないんだ。見てもらいたい人がいてもその人に力がなければ見えない。どんなに願っても、そばにいても、見ることも話すこともできないんだ」


 レイチくん……。

 先日の夕香ちゃんとの別れを思い出す。

 幽霊のレイチくんは消えなかったけど、でも、芦浦令一くんは消えてしまった。


「だけどお前は透明人間じゃない」

「…………」

「夢羽のやることはメチャクチャだ。普通できないことをやっちまう。でもな、こいつの力なんて借りなくても、目立つ方法なんていくらでもあんだろ」

「え……?」

「巨大化しろって言ってんじゃねーぞ。もっと身近な、見てもらいたい人に見てもらうことはできるんじゃないかって話だ」

「……でも、あたし」

「いないのか? 学校に、自分のことを見てもらいたい人」


 恋瑠ちゃんは身体を起こして、俯いたままボソボソと喋る。


「……いるの。あたしみたいに、一人でいる子。……ほんとは気になってるの」

「よし、じゃあその子に話かけてみろよ」

「む、無理なの。いきなり話しかけるなんて、そんなの難しいの」

「はぁ? 話しかけるだけだぞ?」


「――レイチ」


「ぐっ……悪い」


 深矢ちゃんに窘められ、レイチくんは恋瑠ちゃんから目を逸らす。

 恋瑠ちゃんは俯いて暗い顔をしていた。


 話しかけるだけ。恋瑠ちゃんにとって、それは簡単なことじゃないんだ。

 自分に興味を持ってくれるのか、自分のことを見てくれるのか、わからないから。

 臆病になっちゃってるんだと思う。


 でも、勇気を出して話しかけて欲しい。


 恋瑠ちゃんに勇気を持ってもらうには、どうしたらいいんだろう? 今度こそなにか声をかけたい。力になりたい。

 わたしは目の前を流れる大きな川を見ながら、考えて、考えて……。


 ――ぐぅぅぅ……。


 お腹が鳴った。


「木ノ内さん……」

「!! み、深矢ちゃん聞こえた?」

「星見、腹が減っているのか」

「夢羽くんハッキリ言わないで! ていうか呼び捨てやめろ!」


 うぅ、だってもう午後三時だよ? お昼食べてないんだよ? おなかすいたよ!


「ん、そういや恋瑠。お前五日間も家出して、飯とか宿とかどうしてたんだ? 金そんなにないだろ」

「おぉ、そういえばそうだ! 恋瑠ちゃん、どうしてたの?」


 中学一年生に五日間も過ごせるだけのお金があるとは思えない。

 実はすごい金持ちの家とかならともかく。


「そんなの簡単なの。力を使えばなんでも食べ放題だし、勝手にホテルに入ったりもできるの」

「待って恋瑠ちゃん、それってもしかして」

「無銭飲食していたのですか?」

「うん。だって力を使って好きにするといいって――」



 恋瑠ちゃんの言葉を遮り、強い声で否定する夢羽くん。


「それは駄目だ、稲井恋瑠。改造霊子の力を犯罪に利用することはこの僕が許さない」

「は、はう……」

「夢羽くん?」


 あれ、なんかちょっと怒ってる?

 ここまで強く言うのは珍しいな。


「行くぞ、稲井恋瑠」

「い、行くって、どこになの?」

「無銭飲食、宿泊をしただ。謝りに行くぞ」

「えぇぇぇぇ!?」


 あ、これは大変なことになるぞ。




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