4「見えないということ、存在感」


 恋瑠ちゃんがいたのは意外と近い、3駅隣りの繁華街だった。

 ここって色んなお店があって表通りは明るく華やかなんだけど、一本路地を入ると飲み屋ばっかりのゴチャゴチャとした薄暗い雰囲気になる、対照的な二つの顔を持つ街だ。

 その裏の顔、路地裏に。恋瑠ちゃんは黒いジャケットを着た背の高い男二人に追い込まれていた。


「夢羽くん! あれ本気でやばそうなんだけど? 早く助けてあげて!」

「わかっている」

「待って下さい。ここは、私に任せてください」

「み、深矢ちゃん?」


 そう言うと深矢ちゃんは止める間もなく路地へと入っていってしまう。


 この場所に夢羽くんの力で飛んできたのは、わたしと深矢ちゃん、レイチくん。明伊子ちゃんは未刀ちゃんが話したいことがあるとかでお留守番。

 未刀ちゃんならこんな場面でもなんとかしちゃいそうだけど、深矢ちゃんの力ってこういうの向いてないんじゃ?


「心配すんなって。俺もいるんだから」

「レイチくん……」


 ふよふよと浮かんで深矢ちゃんの後に続くレイチくん。

 本当に大丈夫なのかな。


「いざとなれば僕がやる」

「……そうだね。夢羽くん、お願い」


 それでもちょっと心配だけど。怪我とかしないでよ? 深矢ちゃん。



「お嬢ちゃんさあ? 小学生? 中学生?」

「……な、なんで、あたしのこと」

「んん? よく聞こえないよ? どっちにしろさあ、人の店のもんに勝手に手を出していいわけないよね? ていうかどうやって入ったの?」

「勝手にって……。なにも、してないの」

「あ? 聞こえないって言ってんだろ」


 チャラそうな明るい茶髪の細身の男と、スキンヘッドのガタイの大きい厳つい男が恋瑠ちゃんに迫っていく。話してるのはチャラい方だけど、スキンヘッドの威圧感がやばい。

 二人の間から見えた恋瑠ちゃんはパーカーにミニスカートの小さな女の子。フードを被って手で掴んでいる顔はよく見えないけど、怯えているのはわかる。


「ま、いーや。とりあえずさあ、お父さんとお母さん、呼んでもらおっか」

「い、いや……なの」


「そこまでです」


 路地裏に、深矢ちゃんの凛とした声が響く。

 男二人がゆっくりと振り向いた。


「なんだ……? 今日はガキが多いな」

「……巫女服?」


 あ、そういえば急いで飛んできたから深矢ちゃんは儀式の時のまま、巫女服だ。

 いや、でも。逆にそれがちょっと雰囲気を出してるかも。


「その子を解放しなさい」

「は? ガキには関係ねぇだろ。なんなんだお前は」


 男の問いかけに、一瞬溜めてから答える。


「私は『天灯』家の巫女です」


「しらねーよ! テントウ虫か?」

「…………」


 チャラ男の声にピクリとも動じず、じっと男を見つめる深矢ちゃん。やがて、


女々平めめひら鉄男てつお

「……おい。なんで俺の名前を知ってんだよ」

「以前はホストをしていたようですね。今は……詐欺まがいのお店の店員ですか」

「なっ……なんで、お前みたいなガキがそんなことわかるんだ」

「さらに、付き合っていた女性から大金を騙し取っていますね」

「てめっ! どこでそれ聞いた! 答えろ!」

「根底にあるのは、中学時代女子生徒に苛められ――」

「やめろ! ぶっ殺すぞ!」


 ついにブチギレたチャラ男が拳をあげ、深矢ちゃんに掴みかかろうとして――


 ベチャッ!!


 ――その場でスッ転んだ。

 うわ痛そ、顔からいったよ。


「グッ……?! ってぇな! なんだ、?」


 慌てて男は足下を確認するけど、そこには躓くようなものはなにもなかった。

 ただ、金髪の幽霊レイチくんがしゃがみ込んでピースをしている。


 なるほどなぁ。レイチくんが足首を掴んで転ばせたんだ。チャラ男には見えないもんね。


「テツ、なにか、ヤバイ気がする」

「はぁ? なに言ってんだ!」

「だってそこ、なにもない。だけどあり得ない転び方だった」

「お前、またビビってんのか?」

「……ビビって、ない。わかった、オレがやる」


 今度はスキンヘッドの男が深矢ちゃんに一歩近付く。

 深矢ちゃんがじっと男を見つめる。


「あなたは、少しはわかるようですね」

「……!」

「私はそちらの女々平鉄男に初めてお会いしましたが、そのすべてを知ることができました。これこそが天灯の巫女の力。……さて、今度はあなたを視ましょうか?」


 ――パンッ! パパンッ! パパパンッ!


 深矢ちゃんがそう言った途端、突然あちこちから手を叩くようなラップ音が聞こえ出した。

 スキンヘッドの男が慌てて音のする方をキョロキョロと見回すも、なにも見つけられず困惑するばかり。


 まぁ、本当にクラップなんだけどね。レイチくんが飛び回りながら手を叩いてる。なんか踊ってるみたいでわたしは笑いを堪えるのに必死だった。


「――――!! テツ、逃げるぞ」

「あっ、てめぇヒョウ! お前本当にこういうのに弱いな! 放せ! やめろ!」


 スキンヘッドの男がチャラ男のテツを抱きかかえて路地から飛び出してくる。

 うわっ、わたしたち見付かる!? と思ったけど一目散に逃げていったから気付かれなかった。


「よっしゃ、上手くいったな」

「ご苦労様です、レイチ」


「はぁ~……ほんとに追い払っちゃったよ。深矢ちゃんすごいね」


 わたしと夢羽くんも路地に入り、深矢ちゃんの隣りに並ぶ。


「さっきのテツって男のこと、なんでわかったの? 儀式とかしてないのに」

「この至近距離、目を合わすことができれば儀式は必要ありません。……先ほどはすべてを知ったと言いましたが、実際は極一部、彼の経歴と記憶に強く刻まれている出来事のみです。それだけでも十分効果がありますが」

「未刀ちゃんの時も迫力あったけど、今の深矢ちゃんもすごかったよ。見入っちゃった」

「ありがとうございます。ですが、夢羽君ならばもっと簡単に解決していたでしょう」

「え? あぁー……」


 思わず確かに、って思っちゃった。

 このムーの戦士なら何事もなかったかのように終わらせることができたのかも。夕香ちゃん時みたいに眠らせたりして。

 でも、それをわかっていながら深矢ちゃんは自分で恋瑠ちゃんを助けた。


「私の力をきちんと披露しておきたかったのです。それと、天灯家の依頼に夢羽君の力を頼ってしまいました。ですからこれは、私なりのけじめです」


 なるほどなぁ。未刀ちゃんの言う通り、深矢ちゃんは真面目だ。

 でもすっごくしっかりしていて、ちゃんとしているからこそ。天灯の巫女としてやっていけるんだろうな。


「しっかり見させてもらったぞ。ところで天灯深矢、至近距離で目を合わせれば知ることが出来ると言っていたが、?」

「……それは秘密です」


 深矢ちゃんが口元に小さな笑みを浮かべる。

 おおーう……ミステリアスだ。



「ね、ねぇ! あなたたちもあたしのことが見えるの? なんで、どうしてなの?」


 あ、肝心の恋瑠ちゃんをほったらかしにしてた。

 さっきまで思いっきり怯えてたけど、さすがに立ち直ったみたいだ。


「そこの金髪のおにいちゃんは浮いてるし!」

「おっ? 俺のこと見えるんか。やっぱ力があるやつは違うんだな。俺は幽霊だぞー」

「ゆ、ゆうれい?」

「しかも色々触ったりできる幽霊だ」

「やめてよ!」


 レイチくんが恋瑠ちゃんの頭を撫でる。するとかぶっていたフードが取れてしまい、出てきたのはかわいらしい短めのツインテール。背も小っちゃくてかわいい。深矢ちゃんも結構背が低いけどもっと低いかも。夢羽くんの半分くらいかな。うそ、半分は言い過ぎた。でもお腹くらいまでしかなさそう。

 その夢羽くんが恋瑠ちゃんの前に立つ。


「稲井恋瑠、周りの人間に君のことが見えるようになったのは、僕が君の力を封じたからだ」

「えっ? 封じたの? え?」

「常に力を使い続けていたおかげで解析が捗った。遠隔でも君の改造霊子に繋ぐことができたのだ」

「このおにいちゃんなに言ってるの?」


 ごめんね。わたしも意味わかんなくて説明できないんだ。


「つまり僕の力は君の力の上位にある。よって干渉も容易だということだ」

「よくわからないの。でも、なんかすごいのね……」

「そう、その認識でいいと思うよ」


 とにかく夢羽くんが力を止めた。それだけわかれば十分。

 恋瑠ちゃんも同じことを思ったのか、小さなため息と共にがっくりと肩を落とした。


「はぁ。力、使えなくなっちゃったの。じゃあ家出もおしまいなのね」

「今、一時的に封じているだけだぞ」

「そうなの? じゃあまた使えるようになるのね。ふーん、そうなの」


 あ、これは使えるようになったらまた家出するな。

 やっぱり連れ帰すだけじゃ根本的な解決にならないんだ。


「稲井恋瑠さん。私の名前は天灯深矢、あなたの捜索を依頼された者です」

「天灯って、聞き間違えじゃなかったの。ほんとーにいるのね」


 うっ、中学生でも知ってるくらい知名度があるんだ!?

 なんか知らなかったことがだんだん恥ずかしくなってきた。


「あなたは誰も自分を見てくれていないことに、悩みを感じていますね」

「……巫女さん、本当になんでもわかるのね」

「はい。心の奥深くまでは見ていませんが」

「それ十分深いと思うの。でもだったらわかるはずなの、巫女さん。あたしは影が薄いの。存在感ゼロ。遠足とかでトイレに行ってると忘れられて置いてかれちゃうの。誰もあたしのことなんて見てないの」

「恋瑠ちゃん……」


 なんて声をかけたらいいのか、わからなかった。

 わたしは、いっつも変なヤツらに声をかけられていたから。

 でもそういうのにすら相手にされなくて、さらには親友のねるちゃんがいなかったら。

 わたしも孤立してたんだろうな。


 ……そんな場合でも、こいつは――夢羽くんは現れて、声をかけてくるんだろうけどね。


 その夢羽くんがずいっと前に出て、恋瑠ちゃんに手を伸ばす。


「稲井恋瑠、ちょっといいか」

「え? なに――なっ! なにするの!?」


 そしてガシッと頭を掴んだ。

 ああもう、いきなりそういうことするのやめなよ。

 夢羽くんはすぐに手を放し、


「なるほど、力を使えるようになってからまだ間もないようだな」

「夢羽くん恋瑠ちゃんになにしたの」

「改造霊子の履歴だ。初めて力を使ったのは一か月ほど前か」

「このおにいちゃんがなに言ってるかわかんないの……でも、うん。小学校の卒業式の後だから、だいたい一か月前なの」

「卒業式? なにかあったの? 恋瑠ちゃん」

「いつものことなの。卒業式終わってみんな写真撮ったりしてたんだけど、あたしは一人だったの。あたしが抜け出しても誰も気付かない。それを見て思ったの。本当に透明人間なっちゃえばいいのにって。そしたら……」

「改造霊子が応えた」

「改造なんとかは知らないけど、でも……なんだろう、不思議な感覚なの。なにかを使ったのはわかるのに、なにを使ったのかわからない。でも確実に、使。使っているの。最初はそれがなにかわからなかったけど、途中で寄ったコンビニに入れなくて初めて気づいたの。ああ、神様が本当にあたしを透明にしたんだって」


 そういえばセンサーとかにも反応しなくなるんだっけ。自動ドア通るときは力を解かないといけないって。


「なぁ、その前に人にぶつかったりしなかったのか?」

「あっ! レイチくんの言う通りだよ。人の多いところだったら絶対ぶつかるよね」


 人だけじゃない、下手したら車にだって轢かれるかもしれない。


「それは大丈夫だったの。不思議とみんなあたしを避けていくの」

「避けていく??」

「星見、先程説明したと思うが、彼女は厳密には透明人間ではない。人の目には映らないが、それは脳が拒絶しているだけで無意識下で存在を把握し、衝突しないように避けているのだ」

「脳が拒絶って、あたしちょっとショックなの」

「夢羽くん、もうちょっと言い方あるでしょ。脳が見なかったことにするとかさ」

「そうか。さすが星見だな」

「ううん、その言い方もショックなの」

「日本語ってむずかしー!! 夢羽くんは名前で呼ぶなー!」


 さすがって言われて喜ぶ間もなく地に落とされた。

 いいと思ったんだけどなぁ。


「とにかく、あたしは透明人間になって好きなことをすればいいって教えてもらったの。透明人間がなにしたって誰も気にしないの」


 ……ん? 好きなことをすればいいって、教えてもらった?

 そんなこと誰に――。


「稲井恋瑠。君は透明人間ではない」


 わたしが恋瑠ちゃんに訊ねる前に、夢羽くんが話し始めてしまう。

 なにを言うつもりだろうって思ったけど、すぐに深矢ちゃんの方を向く。


「天灯深矢、ここからは僕に任せてもらえないか」

「……なにか考えがあるのですね。わかりました。夢羽君にお任せいたします」


 深矢ちゃんはそう言って後ろに下がった。


「いいの? 深矢ちゃん。その……」

「天灯家が受けた依頼なのに、ですか? でしたら構いません。天灯家の誇りは先ほど貫かせて頂きましたから。それに、この問題を夢羽君がどう解決するのか、非常に興味があります」

「たしかに!」


 さっき、自分は変わった、みたいなこと言ってたし。どうするのかすごい気になる。……同じくらい不安も大きいけどね。

 わたしも深矢ちゃんと並んで夢羽くんたちを見守る。


「もう一度言おう。君は透明人間ではない」

「それはさっきも聞いたの。脳が拒絶とかってショックな言われ方したの」

「力のことではない」

「え……?」

「影が薄い、存在感ゼロ、誰も自分のことを見ていない。透明人間。――そうではないと、これから思い知ってもらう」


 お、いい感じじゃん――って、思い知ってもらうってなに? なにするつもりなの夢羽くん! ほんとに変わったの!?




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