4「幽霊と世界の秘密」


「実は俺、トラックに轢かれたあと死んだことに気が付かずフラフラしてたみたいでさ。そん時の記憶は曖昧なんだけど、気付いたら未刀に踏まれてたんだ」


 レイチくんが天灯姉妹の奴隷。

 と言われてもまったくわからなかったので、どうしてそうなったのかレイチくんに語ってもらっている。もちろん姉妹に踏まれたまま。顔を地面に付けてるからちょっと聞こえにくい。


「払おうとしたのよ。成仏できずにウロウロしてる浮遊霊だったから」

「そういうことらしいぜ。でも俺そんなのわかんなかったからさ。まだ死にたくない! って言ったんだよ」

「死んだんだよね?」

「だから死んだことに気付いてなかったんだって。とにかく死にたくないって叫びまくってたら深矢が来たんだ。んで――」

「私はこう言いました。踏まれて嬉しいのですか? と」

「はい?」

「こいつあたしに踏まれて嬉しそうな顔してたらしいのよ」

「いまさらだけどレイチくんドMなの?」

「俺もその時まで知らなかったんだ。……女の子に踏まれるのがこんなに気持ちがいいなんてな!」

「気持ちわるっ」

「気持ち悪いわね」

「気持ち悪いです」


 自分で言っておいてなんだけど辛辣だ。

 いや言われて当然だけどねそんなの。

 それでもレイチくん嬉しそうだから始末に負えないな。


「あまりにも憐れなので、仕方なく私たちで保護することにしました」

「もちろんタダでウロウロさせておくわけにはいかないから、奴隷にしたの」

「正確には式神です」

「それって陰陽師とかそういう?」

「よく知ってるじゃない、星見」

「いやぁそういう手合いの人が近寄って来たことあってさ。勝手に説明してくれたんだよね。結局偽物だったけど」

「後でその偽物の名前を教えてください。……ですが、その式神で間違いありません。彼は私たち姉妹と式神の契約を行いました。名をレイチと変え、調査などの仕事を手伝わせています。絶対服従です」

「この様子だとそんな契約しなくても喜んで服従しそうだけどね。でもそっか、それでわたしたちにもレイチって呼ばせたのね」

「そういうことだ。いまはこれが俺の名前だからな。ちなみに金髪になったのもその契約をした時だぜ」

「おぉ~! なんか色々納得したよ」


 なんで金髪になるのかとかはともかく。

 レイチくんに出会ってから不思議に思っていたことのいくつかは解消した。


「なるほどな。式神契約とはつまり、レイチの中の僅かな改造霊子とリンクし力を増幅しているのか」

「なんて?」


 黙って話を聞いていた夢羽くんがなんか言った。


「……詳しく聞かせていただきますか?」

「ふむ。力はあるが改造霊子の把握はできていないのだな」

「私はすべてを知ることができますが、それは力の及ぶ範囲内でのことです。そして力のルーツについては一切知ることができない」

「ええっと……?」

「深矢がわかるのはあくまで常識の範囲内ってことよ。でもそんな説明するの面倒でしょ? だから、すべてを知ることができるってことにしてるの」

「平たく言えばそうなります」

「ははぁ。なんとなくわかった」


 そういえば夢羽くんもわたしの木の声のことは範囲外とか言ってたっけ。それと似た感じなのかな?


「ていうかそうだ。わたしも聞こうと思ってたんだよね。改造霊子ってなんなの?」

「聞いてこないからすでに知っているか、興味が無いのかと思っていた」

「知ってるわけないでしょ。興味なかったんだよ。でもさすがに気になってきて」

「わかった。いい機会だ、説明するとしよう」


 柳さん眠らせっぱなしだけど……まぁいっか。

 夢羽くんが説明を始める。


「ムーの力、君たちの理解のレベルに併せるならば、かつて存在していたムー大陸の戦士の力だ。戦士は改造した霊子を使い宇宙の力を取り込み、万能の力を使うことができる」

「宇宙の……力? えーと先生、まず霊子がなにか教えてくださーい」

「そうだな、魂や精神を構成している霊的物質と言えばわかるか? 戦士はその霊子を人工的に改造し、宇宙の力を取り込めるようにするのだ」

「んー、じゃあその宇宙の力ってのは?」

「宇宙を構成するためのエネルギーだ」

「オッケー、わからないけど続けて」


 全部理解するなんて無理な話だった。だいたいでいいや。


「霊子を改造し戦士はこの惑星でなんでもできた。だが、惑星を襲ったとてつもない天変地異に、我々は星を離れる決断をした」

「なんでもできたなら天変地異も止められたんじゃない?」

「もちろん可能だ。しかし、ムーの人々は惑星の運命を捻じ曲げることを嫌った。我々が移住すればいいだけのことだと」

「はー……なんでもできるってことは他の星でも住めるってことなのね」


 うん、理解はできなくてもそういう理屈はなんとなく想像できる。

 と、一人納得していたんだけど、


「……木ノ内さんは順応が早いですね」

「そうね……スケールでかすぎるわ」

「あ、あれ? あはは、そうかな?」


 よく考えたら天灯姉妹の反応が普通なのかも。

 いやもう月面とか行っちゃったからなー。今さら驚けない。


「ムーの人々は新たな星へ旅立ったが、僕はこの惑星を愛していた。天変地異の後、惑星がどうなるか。見届けたいと願った」

「……え?」

「天変地異で荒れに荒れた惑星の中、僕は一人残ったのだ」

「一人でって……」


 みんな他の星に行っちゃうのに、一人で残るってどんだけ地球が好きなの夢羽くん。


「あ、待って。もしかしてそれで死んじゃったの?」

「いいや、それでは死ななかった。ムーの戦士の力で生き残ることができた」

「そ、そうなんだ。でもなんか生まれ変わりとか言ってたよね?」

「天変地異では死ななかったが――長い年月により、身体が限界を迎えた」

「寿命ってこと?」

「そういうことになるな。君たちよりは長い寿命だが、いつかは限界が来るとわかっていた。

 だが改造霊子は違う、不滅だ。改造霊子が残っていればすぐに新しい身体を構成することが可能だ」

「なにそれ不死身じゃん」

「そうだな。しかし、それは

「お、なんか予想外のことが起きた?」

「ああ。僕が受けた霊子の改造に欠陥があった。最後の最後でそのことに気が付いたのだ」

「欠陥て。なにそれ、酷くない?」


 理解はできてないけど、聞いた感じそのムーの人たちに改造されたんだよね?

 それに欠陥があったって。


「まったくだ。しかもその欠陥とは、身体が死を迎えた際に改造霊子が砕け、大爆発を起こすというものだった」

「だ、だいばくはつ?」

「いま思えば霊子改造技術班はこの欠陥に気付いていたのかもしれないな。隠蔽したかったのだろう、僕が惑星に残ることを強く賛成してくれていた」

「もう一度言うけど、酷くない?」

「そうして僕の改造霊子は大爆発を起こし、惑星中にその欠片が飛び散った。死の瞬間に欠陥に気付いた僕は、惑星が壊れてしまわないように被害を抑え、尚かつ霊子の核が砕けてしまわないように処置をした」

「自分でそれができちゃうのがすごいよ。ていうか地球滅びかける爆発って……」


 そりゃそんな爆弾抱えてたら置いてかれるか……本当に酷い話だ。


「滅亡と消滅を回避した結果、僕は海の底で長い眠りにつくことになった」

「長い、眠りに……」

「核は無事だったからな。そこから霊子を修復するのに何千年もの時間を必要とした」

「はぇー……。気の遠くなる話だね」

「僕は眠りながらも惑星の動向を窺っていた。霊子の大爆発により少し大陸の形も変えてしまったからな」

「うわっ。ていうか! また寿命が来たら同じように大爆発起こすの?」

「霊子修復の際に爆発する欠陥は直したから問題ない。それよりも飛び散った僕の改造霊子が別の意味で世界を変えてしまったことが問題だった」

「どゆこと?」


 わたしが首を傾げると、夢羽くんは未刀ちゃんと深矢ちゃんの方を向く。


「天灯未刀、深矢。力のルーツがわからないそうだな。教えよう、それは僕の改造霊子の欠片を受け継ぐことにより得た力だ」

「夢羽君の……霊子を」

「ふぅん……。納得の行く話ね。あんたから、あたしたちの力に近いなにかを感じてはいたわ」

「へぇー、そうなの? ていうかいまの流れだと、近いなにかじゃなくてそのものじゃないの?」

「同じでは……ない、と思います」

「その通りだ。ベースは僕のムーの力だが、長い年月により力が独自に進化、変化を遂げている。僕には彼女たちと似たことはできても完全に同じことはできない。その逆も然りだ」

「うーん、枝分かれしていった結果違うものになってるイメージかな」

「その認識で合っている。

 星見、僕の使命は飛び散った改造霊子がこの惑星に与えた影響をすべて確認することなのだ」

「あぁー、それが入学式の時に言ってやつ? 時間がかかるって」

「天灯の力のように、力は進化や変化をしている。そのため一つ一つ確認するのは膨大な時間がかかるだろう」

「ははぁ。そのへんはさすがに楽できないんだ?」

「そうだな。加えて君だ、星見。君が聞くことのできる木の声がいったいなんなのか。本当に改造霊子の影響を受けていないのか? 受けていないのならば、なにか僕の知らない力が干渉しているのか――確認せずにはいられない」

「ふぅん。全部把握できたわけじゃないけどさ、まーなんとなくわかったよ。あと名前で呼ばないでって何度も言ってるでしょ」


 なんか、やっと夢羽くんがやろうとしていることがわかった気がする。

 あと地球大好き過ぎるってことも。


「……ですが、力の行く末をすべて確認する意味はあるのですか? 進化、変化しているのならば、すでにあなたの手から離れた力なのでは?」

「そうとも言えるな。だが……惑星の運命を曲げることを嫌ったムーの意志に反し、爆発により世界を変えてしまった責任があるのだ」

「なるほど……」

「夢羽は真面目ね、ほんっと」


 やれやれ、とため息を吐く未刀ちゃん。

 わたしも似たような感想かも。ほとんど捨てられた感じなのに、責任感じちゃうなんて真面目すぎる。


「なぁ、もうなにがなんだかわかんねーけどさ、一つ聞いていいか?」


 と、踏まれたままのレイチくん。


「もしかして俺の中にもその改造なんちゃらって力があるのか?」

「レイチ、改造霊子だ。君の中にあるのはごく小さな破片だ。ムーの力を使うことはできない。だが身体が死んでもしばらくの間、精神を保持することができる」

「お、おう?」

「つまり……それが霊、ということなのですか?」

「その通りだ、天灯深矢。レイチと同じように破片を持つ人間は他にもいる。君たちが幽霊と呼ぶ存在は、破片を持った者が身体を失った状態を指すのだ」

「では、私たちが霊と式神の契約ができるのは」

「より大きな霊子を持つ君たちとリンクすることで破片の力を保ち、長く精神を維持できるのだろう。しかし宇宙の力を補給できているわけではない。消滅までの時間稼ぎだ」

「……そういうこと、でしたか」

「ふぅん、式神が消えちゃうことがあるのはそういう理由なのね。でも何百年も仕えてる式神がいるわよ?」

「おそらく通常よりも大きな霊子を持っているのだろう。その者も力を使えたはずだ」

「確かに。……ふぅ、まさか天灯家長年の謎がこんなあっさり解けちゃうなんてね。実感が湧かないわ」

「……はい。本当に」


 未刀ちゃんなんともいえない苦笑いをして、深矢ちゃんは遠くを見るような目でなにかを考え込んでいた。


「ていうか俺もそのうち消えちまうのかぁ……ま、しょうがねぇのかなぁ」

「あ、そろそろ話を戻そ? 未刀ちゃんたちが踏んでるそのレイチくんがね、柳さんと会いたくないんだって。今のこの姿を見られたくないみたいで」

「見られたくない、ですか。なるほど。それで私たちにもレイチがここにいることを黙っていて欲しい、ということですね?」

「うん! そういうこと!」

「頼む! この通りだ! 未刀、深矢!」


 この通りって、地面に這い蹲ったまま動けてないけどね。ある意味それがすっごく低い姿勢だけど……。


「しかし――」

「まあいいじゃない、深矢」

「――姉さん?」

「深矢も気になるでしょ? この依頼を夢羽がどうするのか」

「……それは、そうですね。わかりました、私たちは口出ししません」

「ほんと? よかった~」


 あ、でも夢羽君のお手並み拝見ってことだよね。

 ぶっちゃけ、柳さんに諦めてもらうっていうのが本当にいいのかどうか、まだ迷ってる。こんな状態で大丈夫かな?


「天灯未刀、深矢。協力感謝する。では柳夕香を起こすぞ」

「ま、待ってくれ! その前に頼みがある! 木ノ内!」

「わたし?」


 地面に顔をつけたまま、レイチくんがわたしの名前を呼ぶ。なんだろ?


「お前のその綺麗な足で俺を踏んでくれないか! ずっと気になってぐがっ!!」

「見るな変態」


 反射的にレイチくんの頭を踏んづけていた。

 あ、望み通りのことしちゃったな。でも踏まずにはいられなかった。


「うへ、うへへへへ」

「うっわ気持ちわるっ」

「……木ノ内さん。契約の際に彼は踏まれている間顔を上げることができないようにしました。ですのでなにも気にせず、気兼ねなく踏んでください」

「お、さっすがー。そうじゃないとスカートの中見られちゃうもんね。オッケー」


 ほんと、こんな姿は幼馴染みに見せられないね。

 わたしも色んな変態を見てきたけどこいつは特にやべーヤツだ。

 あぁ柳さんが不憫でならない……。


「では今度こそ起こすぞ」

「うん。――――あっ」


 待って、って言おうとしたけど間に合わなかった。


「ッ――!?」

「ほっと!」


 思った通り、柳さんの手からカバンとミニトートバッグが落ちた。

 咄嗟にミニトートの方は掴めたけどカバンは間に合わなかった。

 ま、カバンは大丈夫だよね。こっちは……。


「わ、私……」

「あっ――ど、どうしたのー? 柳さん。はい、これ落としそうだったよ。鞄は落ちちゃったけど、こっちはセーフ」

「えっ!? あ……ありが、と」


 柳さんはミニトートを受け取ると慌てて中身を確認して、ホッとした顔になる。

 ……渡す時に中見えちゃったけど、あれって……なんで?


「木ノ内さん!」

「うわぁ! な、なに? わたしはなにも――」

「今、私、なにかおかしかった。もしかして幽霊がいた? その影響?」


 おおっとビックリした。

 そっか、眠ってたこともわかってないんだ。


「えーっと、わたしはなにもなかったよ? でもここには幽霊いないみたい! 次に行こう柳さん!」


 ごめんね柳さん。いまあなたの幼馴染みの頭を踏んでるよ、なんて、絶対に言えないんだ。




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