5「柳さんとレイチくんの理由について」


「夢羽君は本当に見えるの?」

「えっ!?」


 未刀ちゃんと深矢ちゃんと別れて(どこかから見てるらしいけど)、わたしたちはあちこち歩いて回った。

 もう日が落ち始めていたけど30カ所回ると言っていたうちの半分しか回れていない。

 しかもそのすべてで、


『ここに令一の幽霊はいる?』

『そうだな……そこにはいないが』

『(後ろにはいるけど)ここにはいないって! 柳さん、次に行ってみよう!』


 みたいな感じで、相談者に嘘を吐けない夢羽くんがハッキリしない返事をし、わたしがいないと言い切って次の場所に移動するというのを繰り返してきた。

 なーんでわたしが汚れ役買わなきゃいけないの? という不満が爆発しそうだから夢羽くんには後で美味しいもの奢ってもらう。絶対に。


 でまぁ、ついに不信感を募らせまくった柳さんが疑心たっぷりの目で夢羽くんを問い詰めだした。


「柳さん、夢羽くんは見えるよ? けど幽霊がいなかっただけで……」

「木ノ内さん、黙って。私は夢羽君に聞いてる」

「……はい」

「僕は見ることができる。それは本当だ」

「本当に信じていいの?」

「もちろんだ」


 うーん、嘘じゃないことはハッキリ言うなぁ夢羽くん。当たり前だけどさ。


「……そう」

「えっと柳さん、どうする? まだ半分だけどもう夜になっちゃうよ」

「私は別に夜でも問題は――いえ、私の都合で連れ回すわけにいかない」

「わたしは……。あー、じゃあ、諦める?」


 わたしは別に構わない、と言いかけてやめる。

 柳さんには悪いけど、ここは諦めてもらうチャンスかもしれない。でも、


「諦める? 私は諦めない。例えすべての場所を見て回っても、私一人でも、探し続ける。令一の幽霊に会えるまで」

「柳さん……」


 どうしよう、思った以上に意志が固い。諦めさせるのなんて無理そうだよ?


「なんでだよ……なんでそこまで俺にこだわるんだよ」


 さすがのレイチくんも困惑してそんなことをぼやく。

 確かに尋常じゃない執念というか、こだわりを感じる。

 うーん……そうだ。


「ねぇ柳さん、聞いてもいい? どうしてそこまでレイ……令一くんと話がしたいの?」

「それは」

「だって、普通は会えないんだよ。死んだ人と話をするなんて、できないんだよ」

「そんなことはわかってる」

「わかってるなら尚更だよ! 普通を捻じ曲げてでも話がしたいんでしょ? だからムーの戦士なんでしょ? そこまでこだわる理由、教えてもらえないかな?」

「そんなのっ、どうだって……――っ!」


 わたしは真剣な目で柳さんを見つめる。

 別にいい加減な気持ちで聞こうとしてるんじゃないよって伝えるために。

 本当はそばにいるレイチくんに、聞かせるために。


「……次に、行く」


 だけど柳さんはくるっと背中を向けて歩き出してしまう。

 ありゃ、ダメだったか。


「次は予定とは違う場所だけど。そこで、話すから」

「柳さん……!」


 やった! こだわる理由が聞ければ、この状況も変わるかも。


 わたしは柳さんの背中を見る。

 やっとわかった。今回の件、柳さんを諦めさせるのだけがゴールじゃない。

 レイチくんを見る。

 彼を諦めさせるのでもいいんだ!



                  *



 夕暮れ時の河川敷。わたしたちは土手の上から川面に映る夕陽を見ていた。

 ここが、予定とは違うと言っていた柳さんの次の目的地。


「柳さん、ここでも目撃情報があったの?」

「いいえ。でも、令一ならここにいるかもしれない」

「もしかしてなにか思い出の場所だったり?」


 言いながらチラリとレイチくんを見ると、首を傾げている。心当たりはないようだ。


「思い出……。どうだろう。私は印象に残っているけど、あいつは違ったのかも。目撃情報がないのがその証拠」

「それは……」


 本人が首を傾げているせいで否定ができない。


「や、柳さんにとっては大事な思い出なんでしょ? さっきの、令一くんと話したい理由に繋がってるの?」

「そう。私は令一と、ここで約束をした」


「え!?」


 と、声を上げたのはレイチくん。

 その様子だと覚えてないな? だとしたら最低だぞ?


「受験前の冬の日だった。二人で今の学校を受験することになっていて、私は余裕があったけれど令一は結構ギリギリの成績だった。それなのにもう勉強したくないって言うから」


「あっ……」


 これも、レイチくんの声。そこまで聞いて、さすがに思い出したらしい。


「私はある約束をした」

「その約束って……?」

「同じ学校に通うことになったら、一回だけお弁当を作ってきてあげる」

「お弁当! 柳さんもしかしてそれ――!」


 カバンと一緒にずっと持っていた、ミニトートバッグ。

 あれの中身は……。


「やっぱり木ノ内さんに見られてたんだ。そう、これは令一のためのお弁当」


 柳さんがバッグからお弁当箱を取り出す。

 さっきバッグを持った感じ中身も入ってそうだったから不思議に思っていた。お昼ご飯食べてから集合なのに、なんでずっと持って歩いてるんだろうって。


「もし令一の幽霊に会うことができたら、このお弁当を渡そうと思っていた。約束を果たしたって言いたかった」

「柳さん……」

「令一もお弁当を食べたくてウロウロしてるのかと思ったけど、違うみたい。本当になにしてるの? あいつ」


 そう言って、少しだけ寂しそうに笑う柳さん。

 うん、本当になにしてるんだよレイチくん。

 お弁当が理由で幽霊になったわけじゃないってわかってるからこそ、わたしは聞いていて辛かった。

 ていうか……。


「柳さん!」

「え? どうしたの木ノ内さん」


 言いたい。言ってしまいたい!

 でもそれを勝手にするわけにはいかなくて、だから……。


「令一くんは、きっとお弁当を食べたかったはずだよ! 幽霊になった理由は……違うとしても、それでもきっと!」

「木ノ内さん……?」

「だって高校受かったんでしょ? 事故のせいで通えなかっただけで、それでも受かったんなら、その約束のためにがんばったはずだよ!」

「そう……かな? でももう忘れちゃってるよ。あいつのことだから」

「でもっ!」


「もういい、木ノ内」


 レイチくんの声に、わたしは思わず振り返ってしまう。

 しまった、と思ったけど――。


「いや、ありがとう木ノ内。ちっと、目が覚めた。……夢羽、頼む」

「いいのか?」

「ああ。夕香を幽霊が見えるようにしてくれ」

「レイチくん……」

「わかった。では」


「ねぇ、なにをブツブツ――え? あ、ちょっと!」


 ガシッと柳さんの頭を掴む夢羽くん。

 柳さんがその手を払おうとするけど、その前に夢羽くんは手を離した。


「なにするの、いきな……り……」


 当然、柳さんは夢羽くんに文句を言おうするけど、隣にレイチくんの姿を見付けて言葉を失う。


「よう。夕香」

「……うそ……令一?」


 夕陽の中、二人はついに邂逅した。



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