3「幼馴染みの幽霊は今」
土曜日。今日は午前中で授業はおしまい。
なので購買でパンを買って、教室でねるちゃんと食べていたんだけど……。
「すやぁ……」
「おーい、ねるちゃん起きてよー。今日は午後の授業ないよ?」
食べ終わってすぐ、ねるちゃんはいつものように寝てしまった。
困ったな。放っておくと夜まで寝ちゃいそうだし。なんとか起こさないと。今日はこのあと予定があるからねるちゃんの昼寝に付き合えないんだ。
でもこうなると揺すったくらいじゃ起きないんだよね。
仕方ない、奥の手だ。わたしは大きく息を吸って、
「ねるちゃん! ごはんだよ! おきろー!」
「むにゃ……うーん……」
耳元でそう叫ぶとようやくねるちゃんが身体を起こした。
ご飯食べた後でもこれ言うと確実に起きるんだよね。
「ねるちゃんって意外と食いしん坊だよね」
「違う……ご飯で起きてるんじゃないよ、セイちゃんの声が大きいんだよ~」
「はいはい」
そういうけど他の方法じゃ全然起きないし。やっぱ食いしん坊だ。
「ごめんね、お昼寝邪魔して。でもわたしこのあと用事があってさ」
「……そうなの~? 夢羽君とどこか行くの?」
「え!? なんで――」
「だって~後ろで待ってるから」
「…………」
じっと教室の一番後ろでわたしたちを見ている夢羽くん。もう慣れたけど普通怖いよそれ。
「あれはいつものことでしょ。……まぁでも夢羽くんの用事に付き合うんだけどさ」
「本当にそうなんだ~。ん~……じゃあ、今日は帰って寝る」
「ほんとによく寝る子だね、ねるちゃん」
「星見、そろそろ待ち合わせの時間だ」
「わかってるから、名前で呼ばないでってば。――それじゃねるちゃん、またね!」
「うん、いってらっしゃい~」
……そのまま寝ちゃいそうでちょっと心配だったけど、教室を出るとき振り返ったらちゃんと帰り支度を始めていた。うん、さすがに大丈夫。
「さてと、校門で待ち合わせよね? 柳さんと」
「そうだ」
今日はこれから柳さんと幽霊の目撃現場巡りをする。
夢羽くんが約束を取り付け、わたしはその付き添い。
柳さん、初めて会うんだけどどんな子だろう。
「いよいよだな。頼むぜ、二人とも」
「レイチくん。それ人にものを頼む態度じゃないよ」
「……すいませんっした! よろしくお願いします!」
「よろしい」
隣りにいた金髪幽霊のレイチくんがビシッと頭を下げる。
なんかちょっと彼の扱いがわかってきたかも。
校門前にたどり着くと、背の高い眼鏡をかけたおさげの女の子が待っていた。
彼女が柳夕香さんかな。
「柳夕香、待たせたな」
「大丈夫、時間ピッタリ。それより夢羽君、その子は」
「あ、初めましてだね。わたしは――」
「知ってる。ムーの戦士のそばにいるって噂の木ノ内さん。……本当にいつも一緒にいるんだ」
「あっはははははははー……。いやいつもじゃないよ? 学校にいる時だけって約束だから」
あぁもう、ほんとに不本意な噂だなぁ。
「今日はちょっとね、付き添いで」
「どっちでもいい。私は令一の幽霊に会えればそれで」
「幽霊、ね」
わたしはチラッとレイチくんを見る。すぐそばにいるんだけどね。
彼は柳さんの言葉を聞いても特に表情を変えなかった。
「さあ、早く。回るとこいっぱいあるから。時間が惜しい」
「う、うん。りょうかいりょうかい」
柳さん、ちょっと取っつきにくい感じの子だなぁ。
よく言えばクールなんだけど、クラスで浮いちゃってないか心配になる。
「じゃあ行こっか。夢羽くん、最初はどこに?」
「それを決めるのは彼女だ。僕はついていくだけだからな」
「あれ? そうなの?」
「彼女が自分で目撃情報を収集し、今日のルートを決めた」
「へー! 柳さんすごい!」
「わ、私は幽霊とか見えないから。これくらいは自分でする。全部頼りっぱなしは嫌なの」
なるほど、真面目でしっかりした子だ。
この子を諦めさせるのは大変そうだぞ?
「そういうわけだから、私についてきて。急いで、絞ったけど30か所あるから」
「さ、さんじゅう?」
「それでも見つからなければ情報が曖昧な20か所を追加で回らないと」
「うわぁ……ていうかなんでそんなに目撃情報があるの」
わたしは夢羽くんを見るフリをしてレイチくんを見る。
「お、俺は悪くねーし」
いや絶対レイチくんがあちこちフラフラしてるせいだよね……。
そんなことを思っていると、夢羽くんが律儀に答えてくれる。だけど、
「僕がこの地に来た影響で、各地に埋もれた改造霊子の破片が活性化し、目撃しやすくなっているのかもな」
「はい?」
何を言ってるのかわからない。ていうか出たよ改造霊子。
そういえばまたそれのこと聞くの忘れてた。詳しく聞きたいけど今は柳さんがいる。
「なにをブツブツ言ってるの? 早くして」
「ごめんごめん。急がないとだよね!」
「……」
柳さんはなにも言わずにツカツカと歩き出す。
あれ? 柳さん学校のカバンの他にミニトートバッグを持ってる。
なにが入ってるんだろう?
「柳さーん、その――」
「なに?」
うっ、関係ないこと聞ける雰囲気じゃないな。まぁ中身は別にいっか。
「えーっと、最初はどこに行くの?」
「……すぐ近く。一番目撃情報が多い、大本命」
「おお、そうなんだ!? これは一発で見つかっちゃうかな?」
って見付かっちゃダメじゃん。
視界の端に慌てるレイチくんが見えたけど、だいじょうぶだいじょうぶ。上手くやるよ。
それに、そうやって話を合わせないと怪しまれちゃうからね。
「そう願いたいけど、私はまだ夢羽君のこと信用してないから」
「幽霊が見えるかどうか? まーそりゃそうだよね」
わたしは色々体験しちゃってるから疑うもなにもないけど、なにも知らない柳さんが彼を疑うのは当然だ。
それでも……頼るしかないってわけだ。
だとしたらやっぱり心苦しい。本当にこれでいいのかな……。
柳さんの後をしばらくついて歩いていくと、突然それまでの住宅街の景色がガラッっと変わった。大きなお屋敷と、道の反対側には雑木林が広がってる。
実はこっちの方、家と反対方向であんまり来たことないんだよね。こんなお屋敷があったんだ。
「この雑木林が一番目撃されてる」
「へぇ~。確かになんか雰囲気あるよね。こっちにはでっかいお屋敷があるし……」
ていうかずーっと塀が続いてる。少し先に門が見えるけど、どんだけ広いの?
なんて思っていると、
「やっぱりね。夢羽と星見だわ」
突然そんな声が聞こえ、辺りを見渡す。
誰もいない……いやこのパターンはまさか。
わたしは視線を上に向ける。
「未刀ちゃん!? なんで塀に乗ってるの!」
「天灯さん……?」
天灯未刀ちゃんが塀の上で仁王立ちしていた。
さすがの柳さんも驚いてる。
「なんでって、力のある人間が近くに来たから見に――」
「姉さん、だとしてもちゃんと門から出てください」
今度は道の先から声がする。見ると門から一人の女の子が出てきた。
和服を着た背の低いおかっぱ頭の女の子。
未刀ちゃんのことを姉さんと呼ぶってことは……。
「初めまして。夢羽千示さん、木ノ内星見さん。私が天灯深矢です」
「やっぱりそうなんだ! 初めまして!」
未刀ちゃんの双子の妹、深矢ちゃん。
活発な感じの未刀ちゃんとは全然違う、物静かで大和撫子な印象だ。
「未刀姉さんがお世話になったと聞きました。……姉さん、いい加減塀から降りてください」
「わかってるってば」
未刀ちゃんが塀から深矢ちゃんの隣りに飛び降りる。
「ぐえっ」
何故かレイチくんを踏みつけて。
え? ていうかいつの間にあそこに? まるでわざわざ踏まれに行ったみたいだ。
驚いたけどそれを口に出すわけにはいかないし、どうすればいいのあれ。
姉妹はそんな状況など気にせず、今度は柳さんの方を向く。
「そちらは柳夕香さんですね」
「う、うん」
「どうやら『天灯』に御用があるわけではなさそうですね」
「わ、私はその……」
「あー! そっか、このお屋敷未刀ちゃんの家なの!?」
深矢ちゃんここの門から出て来たし、未刀ちゃんも塀に乗ってた。その時点で気付くべきだった。
そっかここが……天灯家なんだ! すっごいお金持ちじゃん!
「もしかして星見、知らないでここに来たの?」
「え? だって柳さんについて来ただけだから。柳さんは知ってた?」
「当然」
「でもさっき未刀ちゃんを見て驚いてたよね?」
「突然塀の上に現れたら誰でも驚く」
それもそうだ。
やっぱり天灯姉妹を知らないなんてわたしくらいなのかなぁ。こんな大きなお屋敷だもんね……。
「あれ? 柳さん、未刀ちゃんたちのこと知ってるのに、なんで夢羽くんを頼ったの?」
「…………!」
「どういう意味だ? 星見」
「夢羽くん名前で呼ばないでってば。柳さん、このムーの戦士より未刀ちゃんたちのがよくない?」
「そ、それは……その」
珍しく言いよどみ、目をそらす柳さん。
未刀ちゃんたちの方がずっと信用できそうなのに。なんでムーの戦士なんか頼ったんだろう。
不思議に思っていると未刀ちゃんが、
「星見、言ったじゃない。あたしたちも近寄りがたい雰囲気を作ってるって。あたしたちが怖かったんでしょう? 柳さん」
「っ…………いえ。夢羽君が駄目だったら、頼るつもり、でした」
柳さんは一度顔を上げるも、やっぱり未刀ちゃんから目を逸らしてそう言った。
どうやら未刀ちゃんの言ってることは本当っぽい。
うーん、わたしはすごく話しやすい子だと思うのになぁ。
かわいいし。怖いなんてとんでもないよ。
「ふぅん、そう。それで? 柳さんの『依頼』ってなんなのよ?」
「未刀姉さん、人の依頼を勝手に聞くのはよろしくありません」
「私は、最近目撃されている男子高校生の幽霊と話をしたい」
怖かったんでしょって言われたのが気に障ったのか、柳さんは自分から話してしまった。
目的の幽霊は目の前にいるわけだけど――。
(――あっ!)
ていうか未刀ちゃんたちも幽霊見えるんじゃない?
こうして話してる間も未刀ちゃんが踏み続けてるし! ていうかグリグリしてる! 間違いなく見えてるよね? てことは、
「幽霊? この踏んづけられてるこいつのこと?」
「あーーっ!!」
未刀ちゃんが足もとを思いっきり指さして答えてしまう。
やばいやばい! 慌てて柳さんを見ると――。
「えっ!? 立ったまま寝てる?」
直立不動で目を瞑り、なんの反応もない。眠っているみたいだった。
これってもしかして……。
「天灯未刀が口を開くと同時に柳夕香を眠らせた」
「やっぱり夢羽くんか! いやでもグッジョブ!」
危ない、一発で作戦失敗するところだった。
「これは……体も支えているのですね。未刀姉さんから聞いて知ってはいましたが、実際に見るとムーの戦士の力、とてつもないです」
「でしょ? だから言ったじゃない、直接見た方がいいって。……で? 夢羽、聞かれちゃまずい話なの?」
「彼女の願いは彼と話すことなのですよね」
「ああ、そうだ」
「そうなんだけど~……実はね」
かくかくしかじか。
わたしは二人に事情を説明する。
レイチくん自身が会いたがっていないこと、でも夢羽くんは嘘の報告ができないため柳さんに諦めてもらいたいこと。
「そういうわけでね、幽霊がすぐそばにいること、言わないで欲しいの」
ちなみにまだ未刀ちゃんがレイチくんを踏みつけてる。そろそろ解放してあげて?
「事情はわかりました」
「なるほどね。そうね、今の姿を見られたくないって気持ちはわかるわ」
「えっ、未刀ちゃんわかるの? 確かに未刀ちゃんに踏まれてるところは見せたくないだろうけど」
「わかってるじゃない、星見」
「……うん?」
ドス、ドス。
足を上げてさっきよりも強く踏みつける未刀ちゃん。
え、なにしてるの?
「こういうことです。星見さん」
「み、深矢ちゃん!?」
未刀ちゃんほどじゃないけど深矢ちゃんまでレイチくんを踏みつけて!?
ていうか――
「ああ~~! もっと、もっとだ! もっと踏んでくれぇ! うひぃ~」
「……うわっ」
二人に踏まれて悦んでいるレイチくんにドン引きする。
「これでわかった? レイチは私たちの奴隷なの」
「……はい?」
いやわからないよ。でも踏まれて悦んでる姿は柳さんに見せられないなと納得した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます