3「フラれたら、つら過ぎて」


「彼は岩室いわむろ連司れんじ。僕に助けを求めに来た2年生だ」

「カッコ悪いとこ見られちまったなぁ」

「夢羽くんが岩室先輩に告白されたの?」

「相談内容の告白という意味でならそうだが」

「はぁ!? やめてくれよ変なこと言うの! 話聞いてもらっただけだって!」


 なーんだ。告白で呼び出されたんだと思って来たから、夢羽くんが岩室先輩をフっているようにしか見えなかった。


「ビックリしたね、明伊子ちゃん。わたしたちの早とちりだった」

「でもあたしにも告白現場にしか見えなかったわ」

「だよねー。……え?」


 相槌を打ってから、返ってきた声が明伊子ちゃんじゃないことに気が付いて振り返る。


 そこには背の低いポニーテールの女の子。

 腕を組み、夢羽くんたちのことを睨むように見ていた。


 えーと、だれ?


「あ……天灯てんとうさん……」

「ん? あらよく見たら前布田さんじゃない」

「明伊子ちゃん知ってる子?」

「う、うん。同じクラス……」

「あたしの名前は天灯未刀みと。よろしく」

「うん、よろしくね。わたしは木ノ内星見だよ。それで、天灯さんはどうしてここに?」

「未刀でいいわ。双子の妹が同じ学校だから」

「そうなんだ? へぇ……」


 双子かぁ。同じ一年生なら話題になってそうだけど……ムーの戦士が話題をさらってしまったのかな。わたしは知らなかった。


「あたしもに用があるんだけど、取込み中みたいだから後でいいわ」


 未刀ちゃんはそう言って顎をくいっと夢羽くんの方に向ける。

 あれ、この子もムーの戦士絡みなの?

 不敵な笑みを浮かべて自信に満ち溢れた感じで、なにかに困ってるようには見えないんだけどな。


「ふむ、天灯未刀か。興味深いが、今は岩室連司だ」

「あの……夢羽君、今度は恋愛の相談……ですか?」

「その通りだ明伊子。それも、失恋したばかりだ」

「失恋かー。そういえば先輩、『なんで俺じゃダメなんだー』的なこと言ってましたね」

「ぐっ、女子に聞かれたのメチャメチャ恥ずかしいな。あーそうだよ、フラれたんだよ」


 岩室先輩は失恋をしたからムーの戦士に助けを求めたわけか。なるほどね。


「いやなるほどじゃないな? なんで? なんでそこでムーの戦士?」

「痛いとこ突くなぁ君。なんかもう、どうしたらいいかわからなくってさ」

「どういうことです?」

「失恋したのがつらくてさ……。諦めきれないっていうか。なんにも手がつかないくらいつらいんだ。そんな時こいつの話を思い出して、ダメもとで頼んでみたんだよ」

「藁にも縋る気持ち……私は少しわかります」

「岩室先輩はその辛い気持ちをなんとかしたいってことかー」


 相手が自分のこと好きになるようにしてくれ、とかじゃなくてよかった。

 ムーの戦士なら謎の力でできるのかもしれないけど。

 え、できるのかな? 人の心まで操作できちゃったらさすがにやばくない?

 あとで確認しとこ。


 それはそうと……。


「あのー、良ければわたしたちも聞いていいですか? どんな人なんです? 岩室先輩の好きだった人」

「いまも好きな人だぞ……」


 ちょっと先輩の失恋に興味が出てきた。そんなに辛くなるほどの相手って?


「しょうがねぇなぁ、言いふらしたりするなよ? 降野ふるの二奈になさん、近所に住む年上の人だ。昔から憧れてたんだよ」

「ちなみに大学生で20歳だそうだ」

「おお~、大学生! 年上お姉さん!」


 なにが「おお~」なのかわからないけど。なんとなく。


「俺みたいなガキにも気さくに話しかけてくれてさ。綺麗な人なんだ。長年隠してきた想いを打ち明けたんだが……見事にフラれちまった。くそう、なんで、なんでだよぉ……二奈さん」

「先輩……」


 さすがにちょっといたたまれなくなってきた。興味本位で聞いて申し訳ない。

 本気で好きな人がいて、その想いが届かなかった時……こんなに辛くなるもんなんだ。

 わたしにはまだわからないなぁ。わたしの周り変な人ばっかりだったから。

 アハハ、我ながら乾いた青春してるよ。


「岩室連司。あなたは確かに降野二奈にフラれてしまった。長年の想いの分、辛い気持ちも大きいのだろう。

 だが気持ちは伝わったはずだ。あなたが今までどんな想いで自分と接していたのか? 彼女は考えただろう。そして気付いてくれたはずだ。あなたの想いの強さ、大きさに。それはきっと無駄にはならない。降野二奈の中に、岩室連司という男の名前が刻まれたはずだ。誇りに思うといい」

「誇り……! 俺が二奈さんを想い続けてきたこと、その気持ちを打ち明けたこと、間違いじゃないってお前は言うのか?」

「当たり前だ。あなたの行動に間違いなどあるものか」

「っ!! へへっ……お前、いいヤツだな」


 おぉ、夢羽くんがいい感じに慰めてる。そんなことも言えるんだ。

 ま、失恋の辛さを緩和するにはこういう言葉がいいのかもね。

 ムーの戦士、力でなんとかするだけじゃないんだ。


「それで、どうする? 僕はその辛い気持ちを消すこともできるが」

「ちょっと待った夢羽くん。それは具体的にはどういう?」

「岩室連司の記憶から降野二奈に関するものを消去する」

「うーわー! やばそうなこと言い出した! せっかく感心したのに!」

「ふむ。確かにそうだな、僕も記憶の消去はできれば行いたくない」

「だよね、だよね」

「失敗すると精神が崩壊するからな」

「ダメじゃん!」

「だが一回目なら問題ない。何度も行うと崩壊する確率が上がる」

「もういい、それは無しで!」


 わたしが慌てて夢羽くんを止めているのに、


「記憶を……。二奈さんの記憶を消す、か。はは、それもいいかもしれないな」

「いやいや先輩精神崩壊するかもしれないんですよ、自暴自棄にならないで」

「でも一回目なら問題ないって」

「あーもー! 本当にそれでいいんですか先輩!」

「落ち着けって後輩。木ノ内だっけ? 

「うっ……」

「星見ちゃん……」


 いや、本当に消すよこのムーの戦士は。

 そっか先輩はまだ信じてないから、簡単にそんなことが言えちゃうんだ。

 藁にも縋る思いでも、ムーの戦士を信じるかどうかは別問題。

 参ったな、そんなノリで夢羽くんに消してって頼んだらまずい。

 明伊子ちゃんもわかってるみたいで、心配そうな顔で見てくる。


 なんとかしなきゃ…………と、思っていると。


「ふむ……わかった、記憶を消すのは最終手段にしよう」

「え? そ、そうしてくれると助かるけど、なんで急に?」

「星見、キミがそこまで強く言うのならあまりよくないことなのだろう」

「あ、うん……たぶんだけどね」


 いくら辛いからって想い自体を消しちゃうのは違うなーって思っただけなんだけど。

 それより、わたしの発言で夢羽くんが方針を変えるのが驚きだった。


「しかしそうなると他の手段を考えなくてはいけないな」

「でも夢羽くん、こういうのって時間が解決してくれるもんじゃない? いつか割り切れる日が来るよ」

「私も……星見ちゃんと同意見です」

「だがそれでは――」

「お前らわかってねぇよ……このつらさはな、後からジワジワ来るんだよ。特に夜とか一人でいるとヤベー。まじでなんにもできなくなる」


 む、むぅ。そう言われてしまうとなにも言えなくなってしまう。

 恋の一つもしたことのないわたしじゃ説得力皆無だ。


「岩室は今現在辛くて困っているのだ。僕が導かねばならない」

「導くって、どうやって? 記憶を消すのは無しだよ?」

「わかっている。もう一度、立ち上がらせればいいのだ」

「ん? どゆこと?」


 夢羽くんが岩室先輩と向かい合う。


「岩室連司。あなたはまだ、降野二奈が好きなのだな」

「と、当然だろ。そんな簡単に諦められねぇよ」

「その想いの強さはどれくらいだ?」

「どれくらい? そりゃ、山よりも高くだ」

「富士山か? エベレストか?」

「エベレストだ! いいや、もっと高い!」

「成層圏よりも、宇宙よりもか?」

「せいそうけん? 宇宙……そ、そうだ! この想いの強さは誰にも負けねぇ! でも……っ! それでもこの気持ちは! 二奈さんには!」

「さっきも言った通り、あなたの気持ちは届いている。だが、応えてもらえなかった」

「くっ……! やっぱり俺、もう潰れちまってるんだ……バッキバキに折れちまってるよ……」

「いいや、あなたの気持ちはまだ折れていない。もし折れていたら、誰にも負けないという言葉は出てこなかったはずだ」

「――ハッ!! そうか、俺はまだ、折れていない。だからこんなにもつらいのか?」

「フラれたという事実があなたの心を折ろうとしている。だが完全に折ることはできなかった。あなたの想いは潰れていない」

「俺は……潰れていない」

「心は折れていない」

「折れていない」

「もう一度、立ち上がれるはずだ」

「もう一度、立ち上がれる!!」



 ……なんだこれ。

 正直二人がなにを話してるのかさっぱりわからない。


「星見ちゃん、もしかして夢羽君……岩室先輩にもう一度告白させようとしてるんじゃ」

「まっさかー。そんなわけ……」


 ない、とは言えなかった。

 うそでしょ、もう一度立ち上がらせるってそういうこと?


 二人はまだ向かい合って話をしていて、


「だけどさ、俺はよくても二奈さんはやっぱり応えてくれないんじゃないか? 俺のことなんて……」

「その考えはよくない。自分のことなんて、などと考えてはいけないのだ。

 あなたがずっと見てきたように、降野二奈もいままでのあなたを見てきただろう。そしてあなたのことを意識した今、同じように見ているだろうか?」

「二奈さんが……俺を見ていた……」

「よく思い出すんだ。告白したその時のことを。本当に可能性はゼロなのか? 突然の告白に驚いただけではないのか?」

「そう……だったのかも」

「ならば、あなたがきっかけを作らなければならない。降野二奈、彼女の本当の気持ちを聞くために」

「そうか……そうだよな。まだ終わってないんだ。夢羽、俺、もう一度二奈さんに告白するよ!」


 あ~あ~、ついに宣言しちゃったよ。

 突然の告白に驚いただけってさすがに無理があるよ。絶対そんなことないって。都合よく考えすぎ。

 そう考えることで辛いのはなくなるのかもしれないけど、ただの現実逃避じゃない?

 しかももう一度告白するってさぁ……。


「見てられないわね」

「未刀ちゃん?」


 後ろでずっと黙って聞いていた未刀ちゃんが、わたしたちの前に出る。


「盛り上がってるとこ悪いんだけど、ちょっといい?」

「あ? なんだよ、突然」

「どうした、天灯未刀」

「あたしの用件を先に話した方がいいと思ったのよ。みたいだからあたしはもうどうでもいいんだけど、そっちにとっては重要な話だから」


 空振り? どういうことだろう。未刀ちゃんは夢羽くんに用事があるんだよね?

 重要な話ってのも想像つかない。


 わたしが頭の上にはてなマークを浮かべまくっていると、未刀ちゃんは岩室先輩にビシッと指をさす。


「岩室先輩。あんた、降野二奈にフラれた理由を聞いてないでしょ」

「うっ……そういえば、付き合えないって謝られただけだった」

「ま、そうよね。みたいだし」

「隠してるだと? 二奈さんが? なにをだよ」


 ……あ、わたしわかっちゃった。

 明伊子ちゃんと目が合う。彼女もわかったみたい。


 未刀ちゃんは淡々と、その残酷な答えを口にする。


「降野二奈があんたを振ったのは、彼氏がいるからよ」

「――――」


 岩室先輩は静かに崩れ落ちた。




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