第二章「その失恋は空に舞う」
1「わたしはこうしてムーの戦士を信じました」
「じゃ、また明日ね〜」
「うん。待っててくれてありがとね、ねるちゃん」
入学式の後、わたしは友だちと一緒に帰って彼女の家の前で手を振って別れた。
ねるちゃんは先生に呼び出されていたわたしのことを待っていてくれた親友。
すぐ解放されたからそれほど待たせなかったけど……はぁ、まったく。入学早々災難だった。
わたしの名前は
木の声を聞くことができる至って普通の女子高生です。
うん、言いたいことはわかってる。木の声ってなに? でしょ。
そんなの言葉通りの意味に決まってるのにさ。
ただそうだね、だいたいの人は誤解するから言っておくけど、木は日本語で喋ったりしない。ウヴァーとかウボアーとかボエェェとかそんな音を発してる。
正直気持ち悪い。
だから子供の頃の私は周りに言いふらしちゃったんだ。木から変な声が聞こえるって。
もしもタイムマシンがあったなら、わたしは子供の自分の口を封じるよ、絶対。
でも出した言葉は引っ込められないから。わたしのあだ名は木の妖精になった。木ノ内星見っていう名前のせいもあるんだけど。
このあだ名はしばらく呼ばれることになり、新たな問題へと発展していく。
木の妖精、木の声が聞こえる、なんて話が広まってしまったせいで、まぁ変な人が近寄ってくるんだよ。例えば、
「ぼくは君の美しい足に履かれた靴下の声が聞きたいんだけど、どうすればいいかな?」
「木の声よりも俺の美声を聞いてくれないか?」
「キャラ付けならもうちょっとちゃんとした方がいいよ。で、この動画配信サイトで私と一緒にデビューしない?」
「綺麗な足ですね。触ってもいいですよね?」
「靴下……」
「俺の声で君の目を覚ましてあげよう。さあ、おいで」
「木の妖精って一周回って新しいと思うんだ。私が水の妖精やるよ」
「頬擦りもしたいんです。いいですよね?」
「靴下!」
とまぁ騒がしい毎日だった。
そんな一部の変態はともかく、中学も二年、三年になると木の妖精って呼ぶ人は減った。呼ぶ方もちょっと恥ずかしいみたい。知らない人が聞いたらまず呼んだ方をぎょっと見るからね。
このままいけば高校には完全にあだ名はなくなると思ったのに。
……あの
入学式でムーの戦士とか言うだけならヤバいヤツでしかないんだけど、よりにもよってわたしに用があるとか言ってくれちゃって。おかげでわたしの名前まで知れ渡ってしまった。ひょっとしたらあだ名が復活しちゃうかも。そう考えると、あいつ……本当に腹立つな。
ま、今頃まだ先生に絞られてるはずだ。
「待っていてくれと言ったのに、やはり学校から出てしまったか」
「……………………え? あ、あんた! 夢羽千示!」
ふと顔を上げると背の高い銀髪の男、入学式で見たあいつが立っていた。
「なんでここにいるのよ! 先生は? しかも先回りされてるし!」
「急ぎの用だったからな。ムーの戦士の力を使わせてもらった」
「は? あー……そう」
うわ、これはマジでヤバいのかも。これまでの変態もかなりアレだったけど、こいつは頭がおかしいぞ。
「自己紹介をしよう。僕は夢羽千示。ムーの戦士、その生まれ変わりだ。キミは木の声が聞こえるそうだな。詳しく教えて欲しい」
「そんなの聞いてどうすんの……」
予想はしていたけど、やっぱりそのことを聞こうとしてたんだ。
はぁ、めんどくさいな。だいたいムーの戦士ってなんなの? ムー大陸とかそういうのだっけ? ついにそっち方面が来ちゃったかー。
「キミの中に改造霊子を感じない。そもそも散らばった改造霊子の影響にしては関連性が無さすぎるのだ。教えてくれ、木の声とはなんだ?」
なんだって言われても。
こっちが言いたい。改造れいし? ってなに?
と、ここでようやく、わたしはあることに気が付いた。
「ところで、あんたは疑ってないの?」
「疑う? なにをだ?」
「なにをって、その、木の声のこと」
わたしに近付いてくる人で、木の声について詳しく聞いてくる人はいなかった。
何故なら最初からわたしの言うことなんて信じてなくて、ヘンなことを言う女の子として近寄ってくるだけだから。もしくはわたしの美脚狙いの人。
「なにを言いたいのかわからん。聞こえるんだろう? 木の声が」
「まぁ、うん。そうなんだけど。信じてくれるの?」
「君が聞こえると言ったんだ。何故疑う必要がある?」
この人……。
……いやいや。よーく思い出してみたらそうやって言い寄ってくる人いたわ。いました。
もちろん結局信じてなくて、近寄るための口実だったんだけど。
「…………」
「どうした?」
うーん、でもこの人、とても騙そうとしてるようには見えないな。
純粋に、わたしの聞こえる木の声に興味があるの?
だったら本当にヤバイ人だな。いますぐ逃げるべきかも。
「どうやら僕を信用してくれていないようだな。だから話せないのだろう?」
「まぁ……会ったばっかりの人にぐいぐい来られてもね」
話さないのは信用してるしてないの問題じゃないけど。
「む、そうか。そういうものか」
「うん、そういうことだから。じゃあね」
さっさと帰ろう。
あぁでも、この人同じクラスなんだよなぁ。
「――待ってくれ。そろそろだ」
「そろそろ?」
なにが――と思っていると、
ブロロロロォォォ――
迫ってくる低い音、空気が震えるプレッシャー。咄嗟に振り返ると、大きなトラックがわたしのいる歩道へと突っ込んでくるところだった。
(あ、寝てる)
見えてしまった。運転席、完全に寝てる。居眠り運転だ。運転中にあそこまでぐっすり眠れるの? こわいなぁ。
頭は冷静に、あぁこれは止まらないなと判断しているのに、身体がまったく動かせなかった。
まるで時間が止まっているみたいだ。勢い良く突っ込んできたトラックが止まって見える。ていうか……本当に止まってない?
「予測通りだな。この時間にトラックが突っ込んでくるのはわかっていた」
「え……?」
前に向き直ると、トラックに向けて右手を伸ばす……彼、ムーの戦士とかいう夢羽くん。
その手のひらから青い光を放ち、トラックを包み込んでいた。
「時間とか止めた?」
「さすがの僕にもそんなことはできない。トラックを止めただけだ」
トラックを止めただけって。え?
彼が右手を降ろす。もう一度振り返ると、トラックのエンジン音は止んでいて、激しく回転していたタイヤも止まっている。だけど運転手は気持ちよさそうに寝ていた。
「あ……ははははは。うそでしょ、なんなのあんた」
「先程名乗った通りだ。夢羽千示、ムーの戦士の生まれ変わりだ」
*
「ムーの戦士、ムーの戦士ね。とりあえず、助けてくれたのよね。ありがとう」
居眠り運転のトラックが突っ込んできて、危うく異世界転生とかしちゃうんじゃないかと思ったけど、ムーの戦士こと……夢羽千示くんが謎の力でトラックを止めてくれた。
これ、一応命の恩人ってことになる?
「そういえば、予測通りとか言ってなかった?」
トラックが突っ込んでくるのはわかっていたとかなんとか。
「その通り。ここでの出来事はムーの力により予測できることだった。僕が止めなければトラックは歩道に沿って暴走、そのまま家屋に突っ込み爆発を起こし、大火災となって多くの人が事故に巻き込まれた」
「そっ――そう、なんだ」
ぞっとする。そうだよね、こんなところでトラックが暴走したら大惨事だ。
「じゃあ夢羽くんはわたしを助けるために……?」
「半分はそうだな」
「半分かい」
あくまで本命は木の声についてってわけね……。
と、思っていると。
「もう半分はクラスメイトの
「え? ねるちゃん?」
さっき別れたばかりの親友、小学校からの幼馴染みねるちゃん。なんで彼女の名前が?
「トラックが家屋に突っ込むと言っただろう。それは海中ねる子の家だ」
「ひっ……」
わたしは慌ててトラックとねるちゃんの家を見比べる。
……確かに! このままいけば突っ込んでたかも!
あの迫ってくるトラックのプレッシャー。思いだすと体が震えそうになる。
「あ、あははははは……なんかもう、笑うしか、ない」
もちろん無事だったからこそだ。
そしてそんな大惨事を防いでくれたのが、この……夢羽くん。
「あんたがすごいってことは、よーっくわかったよ。で? ムーの力とやらで事故を予測できるなら、わたしに木の声のことなんて聞くまでもなくない?」
「予測と未知のことを知るのは違う。先ほども言ったが改造霊子との関連性が無い。キミが聞こえるという木の声は、ムーの力の範囲外なのだ」
「は、はぁ……」
範囲外? だめだ、なにを言ってるのかさっぱりわからない。
でも……しょうがないなぁ。
「まぁ別に、話してもいいんだけどさ。でも面白くもなんともないよ?」
「面白いかどうかなど関係ない。知りたいのだ、僕は」
「はいはい。あのね、木の声と言ってもうめき声みたいな感じで――」
わたしは自分が聞くことのできる木の声について話した。いつからとか、頻度とか声の大きさとか。色々聞かれた。
「――聞けば聞くほど不思議だ。やはり改造霊子の範囲外の事象だな」
「わたしもわかんないな。改造れいし? ってなに?」
「ムーの力を使うための霊子だ。僕をムーの戦士として形成している核だな」
「ごめんぜんぜんわかんない」
「ムーの戦士の力を使うために必要な物だ」
「ああ、なるほど。わからないけどわかった」
ムーのなんちゃらはわからないけど、すごいちからを使うのに必要な物なのね。改造霊子。
彼は少しの間目を閉じ、開くと。
「……よし、決めたぞ。今後僕はキミの側でキミを観察する」
「は?」
「木の声について知るために、キミと行動を共にする。24時間ずっとだ」
「ちょ、なに言ってんの? やめてよ!」
え、やっぱり言い寄ってくる系?
……いや、違うかな。彼は他の変態とは違う。
本気だ。本気で木の声のことを知りたいだけなんだ。
「ああもう、24時間とかダメに決まってるでしょ! ……学校にいる間だけならいいけど」
しょーがない。
本当になんかすごい力があるみたいだし。木の声のことがわかるなら願ったりだ。わたしだって気にはなっているんだからね、これのこと。
それになにより……夢羽くんはわたしだけじゃなくて、ねるちゃんの命の恩人でもある。
「どう?」
「――わかった、それで構わない。よろしく頼む、星見」
「だからって馴れ馴れしく名前で呼ばないで!」
……そんなわけで、わたしと夢羽くんは学校にいる間一緒に行動することになった。
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