3「肉を食えば運気も上がる」


 地球に戻り、わたしたちは肉を焼いていた。

 高校生だけで高級焼き肉店へ。

 最初ちょっと怪しまれたけど、夢羽くんが話をしたら丁重に個室の席に案内してくれた。

 なにかしたの?


 まぁ、そんなことはどうでもいい。

 とにかくわたしたちは高級店で高級な牛肉をたくさん焼いて食べていた。


「やばっ、カルビすっごい柔らかい! ていうか口の中で溶ける! 普段家で食べてるのと段違いだよ!」

「あぁ、美味しい。本当に美味しい。美味しいね、星見ちゃん」


 明伊子ちゃんの語彙力が無くなって美味しいしか言えなくなってる。

 気持ちわかる。この美味しさを表現するには美味しいしかない。ただただ美味しいから。


「この自分で焼いたロースにタレを付けて、白米の上に乗せて……ぱくっ! むぐむぐ……はぁ、幸せだな~」

「本当に最高だね、星見ちゃん。しかもこれ……自分のお金じゃないんだよ」

「あぁ……そっか、これが他人のお金で食べる焼肉ってやつかぁ」


 そう、この焼肉も夢羽くんのポケットマネーだ。

 正直、女子高生の望み(しかも月面で地球を眺めながら出てきた望み)として焼肉はどうかと思ったけど、悪くない。ていうか最高じゃん!


「しかし面白いな。あれだけキミたちにとって常識ではあり得ない体験をしておいて、最後は庶民的な焼肉だ」

「いや庶民的じゃないよこんな高級店」

「結局、人が望むのはこういう贅沢なのだな。勉強になった」

「ま、ご褒美に月面に行こうなんてフツーは思わないよ」


 この言い方だと、もっとすごい望みを言うと思ってた感じかな。もしかしたら彼はそういう普通の感覚を知らないのかもしれない。


「それにしてもキミたち、カルビとロースばかり焼いているがいいのか? ほかにも種類があるだろう」

「部位のこと? さっきタンも食べたよ」

「でも焼肉と言ったらやっぱりカルビとロースという気がするんです」

「わかるー。肉って感じだよね」


 ホルモンとか他の部位のことよくわからないし。たぶんそのへん普通の女子高生の感覚というか、子供なんだと思う。

 せっかく高級店に来てるんだから色々食べた方がいいのかもしれない。でも――


「僕としては、明伊子が満足しているなら問題ないが」

「――うん、そゆこと」


 そう、これは明伊子ちゃんが自分で選んだご褒美なんだから。


「そうだ、結局不運を呼び込むオーラはどうなったの? 夢羽くん」

「望みを言った時点で半分くらい消えていたんだが、食べ始めたら完全に消えたぞ」

「おぉ! やったね明伊子ちゃん!」

「こ、これで……不運が無くなるんですね!」

「いいや、勘違いしてはいけない。多かれ少なかれ、よくないことは起きるものだ。完全には無くならない」

「ま、そりゃそうだよね。でも今までよりは減るんでしょ?」

「呼び込むことはなくなったから、そういうことになる」


 つまり不運の連続は無くなるってことだよね。


「だってさ。よかったね、明伊子ちゃん! ……明伊子ちゃん? スマホ見てなにしてるの?」

「……不運を呼び込むオーラが無くなったみたいだから、アプリを開いてガチャを……」

「はやっ。早速引いたんだ。どうだった?」


 ていうかいつの間に新しいスマホにインストールしたんだろ。

 明伊子ちゃんはスマホを凝視する。


「……このアカウントにURは実装されてないみたい」

「食べよう! いまはそんなこと忘れて肉を食べよう! そしたら運気も上がるよ!」


 なるほど、不運が完全に無くなるわけじゃないし、運がよくなるわけでもないんだ。あくまで、人並みになっただけ。


「うぅ……私、食べる。……ありがとう、夢羽君、星見ちゃん」

「あはは、明伊子ちゃんわたしにお礼はいらないよ。ぜーんぶ夢羽くんのおかげだし」


 ていうかわたしが一番得してるよね。最新のスマホをタダでゲットして、世界中飛んで回り、月面まで行っちゃった。そして高級焼き肉店でご飯だ。

 迷惑料だーって思ってたけど、さすがにこれは貰いすぎだ。その上お礼まで言ってもらったら申し訳なさすぎるよ。


「ううん、星見ちゃんが一緒に来てくれたから、楽しかった。たぶんそれも、私にとってご褒美になったと思う」

「そ、そう? じゃあこれはわたしへのご褒美ってことでいっかな」

「それに、お友だちに、なれたから」

「っ……明伊子ちゃん! な、なんかちょっと恥ずかしいね。顔熱くなってきちゃった。ありがと。――さーどんどん食べるぞー!」


 わたしは嬉しいのを誤魔化すように鉄板に肉を置いていく。


 ふふ、今日はいい一日になったな。

 入学式から夢羽くんに振り回されたけど、十分すぎる見返りがあった。


 わたしは無言無表情で肉と米を食べ続ける夢羽くんを見る。

 心の中で、ありがと。と言っておいた。



「ところで星見ちゃん。……夢羽君の、ムーの戦士の生まれ変わりって本当なんだね」

「あー、それねー……」


 夢羽くんの食べる姿を明伊子ちゃんも見ていて、そんな感想をこそっと呟いた。

 あんな体験したらそりゃ信じるしかないもんね。わたしもそうだった。

 ……ここまですごい力(お金もある!)とは思わなかったけど。


「いまなら星見ちゃんの……あの噂も、本当なのかなって」

「え? あぁ、木の声のことかー」


 そっか、そういう効果もあるんだ。

 夢羽くんのが本当なら、わたしのも本当かもしれないって思えるわけだ。


 いまの明伊子ちゃんになら、話してもいいかな。


「明伊子ちゃん、気になる? 木の声のこと聞きたい?」

「う、うん。もしよかったら……」

「オッケー。ついでに夢羽くんと出会った時のことも話してあげる。肉のおかわり食べながらね!」




第一章「不運な少女は肉を食らう」了




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