第1272話 「迅雷」
ケルビム=エイコサテトラのスピードで一気に戦線を離脱した雅哉は瞬く間に本陣へ。
街で暴れまわっている敵を無視して指揮所として利用している城を目指すが、近づくにつれて表情が強張る。 何故なら城は半壊していたからだ。
ルクレツィアの姿を探していた雅哉だったが、幸か不幸か早々に見つける事が出来た。
彼女の神聖騎――ドミニオン=コネクトームは良く目立つ。
だが、既に全身には傷が刻まれ、今にも崩れ落ちそうな程の損傷を受けていた。
そして周囲には騎士の死体や消滅しようとしている神聖騎の残骸。
相当数がこの場でやられた事が窺える。
――敵、やった敵はどこだ。
近寄った所で何かに引き付けられる感覚。 その感覚に従って意識を向けると変わった服装の女が一人。
黒い軍服のような服を着た女で、平時なら格好いいデザインだと思ったかもしれないが今はそんな事を考えている場合ではない。
女は雅哉に気が付いたのか振り返る。
「ケルビムクラスか。 そこらの雑魚よりはマシだと思っていいのか?」
『ルクレツィア! 無事か!?』
雅哉は何故か目が離せない女を強引に無視してルクレツィアへと声をかけるが、彼女は雅哉の姿が見えていないのか荒い息を吐いて傷ついた神聖騎を動かして女へと挑みかかる。
「ドミニオンクラスで私の一撃を防いだのは大したものだったがもういい。 今、楽にしてやる」
ルクレツィアの咆哮を涼しい顔で受け流した女は剣を何気ない動作で一振り。
それだけで終わった。 神聖騎ドミニオン=コネクトームは横に両断されて崩れ落ちる。
雅哉はルクレツィアの名前を叫びながらケルビム=エイコサテトラを突撃させ、ドミニオン=コネクトームの上半身を回収。
『あぁ、ルクレツィア、そんな。 おい、冗談だろ? なぁ、何とか言ってくれ!』
雅哉の言葉が届いたのか軋むような動きでドミニオン=コネクトームの頭部が動く。
『ルクレツィア!』
『マサヤ様……。 ごめんなさい。 こんな事に巻き込んでしまって……』
ルクレツィアの声はか細く、今にも消えてしまいそうだった。
『喋らなくていい。 今治療を……』
『私はもう駄目です。 貴方を死地に連れて来てしまった身で図々しいとは思いますが、どうか私の最後の願いを聞いてはいただけませんか?』
『最後なんて言うな! 大丈夫だ! 俺が何とかして見せる!』
『彼女を――ネリアを討ってください。 自分を倒せば上へと取り次ぐと言っていました。 彼らを操る者と接触できればこの世界にも存続の可能性が……。 どうか、どうか……』
ルクレツィアは何度もお願いしますと涙声で雅哉へと願いを口にし、やがて力尽きたかのように沈黙した。 神聖騎も光の粒子となって消滅。 後には何も残らなかった。
ルクレツィアというこの国と世界の為に歯を食いしばって戦った彼女はもう雅哉の思い出の中にしか存在しないのだ。
雅哉の胸に凄まじい怒りと悲しみが満ちる。
そしてその矛先にはルクレツィアを殺した女――ネリアに向けられた。
雅哉の殺意を涼し気に受け止めたネリアは挑発するように指でかかって来いと促す。
『――上等だ。 俺の命に代えてでもお前は殺してやる』
神聖騎ケルビム=エイコサテトラの真髄はそのスピードを活かした突撃だ。
あまりにも速いその姿は遠くから見れば流れ星と形容されるかもしれない。 だが、未熟な雅哉ではその性能を十全に扱う事ができない。 それでもアクセルを全開にして突っ込むだけなら技量は不要だ。
雅哉はルクレツィアを失った怒りと悲しみ、そしてネリアの『傲慢』の権能の影響で視野が極限まで狭まっている。 今の彼にはネリアの姿しか見えていなかった。
だが、今この瞬間においてはそれが有利に働く事になる。 極限まで研ぎ澄まされた集中力は、彼の技量を遥かに超えた挙動を成功させた。
ケルビム=エイコサテトラは音すらも置き去りにする速度で急上昇。
その速度を増しながら高度を上げ、空中で大きな弧を描く。
先端を真下に向けて突撃。 衝突によって生じる破壊力は大陸すら打ち抜けるだろう。
雅哉はそれをネリアだけに使うつもりだった。 彼女が人の形をした存在である事と、言葉が通じる事、本来なら疑問を抱くべき様々な事が頭から飛び、今や彼女を貫く為の一矢と化している。
『うぉぉぉぉぉ!!』
雅哉は凄まじい咆哮を上げ、自身の全てを捧げた一撃を繰り出そうとしていた。
「はっ、中々いい感じの攻撃ではないか。 直撃したら私を殺せるかもしれないぞ!」
ネリアは雅哉の全身全霊を見て不敵に笑って見せる。
ケルビム=エイコサテトラは限界を超えた能力を発揮しているお陰で、全身に亀裂が走り今にも崩壊しそうだった。 もしかすると地表に接触する前に燃え尽きるかもしれない。
ネリアはその可能性を否定する。 自身を殺す為にだけに全てを賭けた敵なのだ。
意地でも当てに来る。 彼女はそう確信していた。
中々に骨のある奴だとネリアは雅哉の事を少しだけ評価した。 何故なら彼以外の誰も彼もが、生きて勝つ事を考えていたからだ。 圧倒的な格上に勝つ為にリスクを避ける行為をネリアは愚かと笑う。
自身を遥かに上回る敵に勝利する存在は紛れもなく勇者。 そして自身の敗北を恐れる者は臆病者だ。
ネリアの判断基準で見るならルクレツィアを筆頭に周囲に屍を晒している者達は残らず勇者の資格のない臆病者の集まりだった。 そんな中、雅哉の全てを賭けた輝きは美しく、勇者と形容するに相応しい行いと言える。
「ならば私も本気で応えよう!」
――『ジ・アース』起動。
ネリアの右足を中心に魔法陣が展開される。 彼女は剣を鞘に納めて腰を落とす。 居合の構えだ。
――龍脈接続及び『アンホーリー』からの供給確認。
雅哉が空から迫る接触までもはや刹那の時間しか残されていないが、ネリアにはそれで充分過ぎた。
――実行。
『うぉぉぉぉぉぉ! ルクレツィアぁぁぁぁ!!』
雅哉がネリアを射抜く直前にそれは起こった。
「<
瞬間、ケルビム=エイコサテトラは両断され、地面に衝突する前に幻のように消え去った。
ネリアの放った一撃はケルビム=エイコサテトラを両断するだけに留まらず落下までに蓄えたあらゆるエネルギーまでも霧散させたのだ。
それにより雅哉は自身に何が起こったのか認識する事も出来ずに生涯の幕を閉じた。
ネリアは残心しつつ、ゆっくりと剣を鞘に納める。
カチリと鞘に納まりきった剣が小さな金属音と立てたと同時に小さく息を吐いた。
「うん。 見事だった。 ……しまったな。 名前を聞いておけばよかった」
ネリアはどこかすっきりとした表情でそう呟くと、大将首を取ったから戻るとジオグリスに連絡を取ってその場を後にした。
彼女が去った後には半壊した王城が残され、山埜和 雅哉という存在が居た証は欠片も残らず寂しい風だけが小さく吹いた。
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