第1273話 「信仰」

 雅哉が両断された頃、朶や手簀戸、生き残った者達は死中に活を求める為に世界回廊へと突入し、地界へと向かっていた。

 

 『地界には敵の本陣はないんですね』

 『少なくとも私が見た限りではなかった。 あるとしたら地界にできたもう一つの世界回廊の向こう側だと思う』

 

 朶の質問に答えたのは手簀戸だ。

 彼女も天界に居残る事が緩やかに死を待つだけだと悟ったので、突入という賭けに乗らざるを得なかった。

 

 『話にあった肉塊みたいなのが居るんですよね?』

 『今はどうなっているのか想像もつかないけど、私が見た限りはそうだった』


 手簀戸も攻めて来るのがSFに出て来そうな機械兵器の群れだとは思わなかった。

 あの肉塊はどこに行ったのか? もしかするとさっき攻めて来た者達に滅ぼされたのだろうか?

 それともあの肉塊は彼らが使役している戦力の一つに過ぎず、今回使用されたのがたまたま機械だったのだろうか?


 『おい! お喋りはほどほどにしとけ、話通りなら例の肉塊を掻い潜って地界を抜けなきゃらならねぇんだろうが!』


 話に割り込んだのは佐渡屋だ。 彼は表面上、平静を保っているようには見えるが内心では逃げ出したくてたまらなかった。 それでも家に残した家族を守る為、生まれて来る子供達の為にも行かなければならない。

 事前に話は聞いているので覚悟はできている。 彼の操る神聖騎――ケルビム=クルパノドンは重装甲、高火力を体現した存在でケルビム級の中でも上位の殲滅力を誇る。


 その為、敵の拠点攻撃には非常に適していた。 反面、機動性では劣るので逃げる事は難しく、首尾よく進んでも撃墜される可能性が高い。

 自分はこれから死ぬかもしれない。 そう考えると恐ろしくてたまらないのだ。

 今までは問題なかった。 ケルビム級の戦闘力は圧倒的で、大抵の敵は簡単に殲滅できたからだ。


 危ない場面はありはしたが、命の危険を覚える程の状況ではなかった。

 こんな状況になったが彼は召喚された事を恨んだことはない。 日本にいた頃はうだつの上がらないフリーターとしてその日その日を食い繋ぐ毎日を過ごすだけだっただろう。


 この世界でなら周りがちやほやと持ち上げ、いい女がたくさん寄って来て抱き放題だ。

 まさに天国だった。 承認欲求も満たされ、幸せな毎日なのだ。


 何としてでもこの生活を守る。 彼はその一念で恐怖を押さえつけていた。

 そろそろ世界回廊を抜ける頃だ。 この先にどんな悍ましい光景が待っているのか……。


 『お前ら、出る直前に俺が敵を焼き払う。 後ろに付け』


 佐渡屋の言葉に全員が速度を落として彼の後ろに付く。

 出口は目の前、佐渡屋は自らが操る神聖騎の力を開放しその周囲に無数の魔法陣が展開。

 放たれた無数の光線が世界回廊の出口へと飛んで行く。 それに続く形で神聖騎や深淵騎達が地界へと飛び出す。


 『気を付け――』


 先頭で飛び出した佐渡屋が味方に警告しようとしたがその言葉は最後まで紡がれなかった。

 何故なら顔を出した瞬間に無数の触手に絡め取られそのまま捻り潰されたからだ。

 佐渡屋は悲鳴すら上げる暇もなく即死した。 後続は咄嗟の判断で散開。


 何とか状況を把握しようとするが、目に飛び込んだ光景は地獄そのものだった。

 世界回廊を中心に空はガラスか何かのような放射状の亀裂が走り――いや、亀裂ではない。

 あまりにも大きすぎるのでそう見えたのだ。 目を凝らすとそれが巨大な植物の根のような何かであった事が分かった。


 そして周囲には巨大すぎる鮮やかな色合いの肉塊が無数に浮かんでいる。

 最も大きなものは大陸と同等以上はある大きさだった。

 朶達が地界へと入ったと同時に視界に存在する肉塊に細かな切れ込みが入り、信じられない程の量の眼球が開いて視線を向ける。

 

 『――ヒッ!?』


 瞬間、朶と手簀戸は無理だと判断し、逃げ出そうとした。

 理性に基づいての行動ではない。 あまりの悍ましさに彼女達の正気は一瞬で消し飛んだからだ。

 本能とも呼べるものに従った彼女達は肉塊と目が合ったと同時に逃げ出した。

 

 ――だが、その判断はあまりにも遅すぎた。


 本当に逃げ切りたいのなら世界回廊を超える前に引き返すべきだったのだ。

 肉塊は自らのテリトリーに侵入した獲物を決して逃がさない。

 そしてセフィラの大半を抑えているその存在は即座に世界回廊へと干渉。 出口に不可視の障壁が展開されて戻れなくなった。


 『何で!? 何で通れないのよ!?』

 『嫌、嫌嫌嫌嫌嫌! 嫌ぁぁぁぁ!』


 朶は神聖騎の能力で生み出した武器を何度も叩きつけ、手簀戸は全力で攻撃を繰り返して突破を図る。

 その間に空間を埋め尽くすほどの無数の触手が殺到する。 一部の冷静な者達は迎撃しようとするが、攻撃は大した効果を発揮せずに瞬く間に絡め取られ、佐渡屋と同様に捻り潰されそのまま触手の中に沈み同化。 その一部へと変えられた。 一騎の神聖騎が助けを求めるように手を伸ばし、肉に呑み込まれたのを見て二人は更に悲鳴を上げた。


 『ヤダ! 止めて! こんなのって、こんなのってないよ!』

 『嫌よ! 嫌、嫌、嫌ぁぁぁ!』


 必死に武器を叩きつける朶の神聖騎にゆっくりと触手が絡みつき、嬲るように圧をかけて握り潰す。

 手簀戸も同様に触手を必死に焼き払おうとしていたが、火力が足りないのか表面に焦げ目がつく程度で一本たりとも焼き払えなかった。 絡みつかれメキメキと深淵騎が軋みを上げる。


 二人は悲鳴を上げながら必死に助けを求め続け――その声もやがて消えた。

 こうして起死回生の一手として地界へと突入した者達はなんの成果も得られずに全滅。

 それにより天界に存在した最後の希望は潰えた。

 


 最後の希望があっさりと消えた事を知る術もなく、天界で希望を信じて戦い続けている者達も一人、また一人と斃れて行く。

 

 ――まだだ! 地界へと突入した勇者様達がきっと何とかしてくれる!


 ――後少し耐えれば勝機はきっと訪れる!


 ――うぉぉぉぉぉ! まだだ! まだ負けていない!


 そんな威勢も仲間の脱落という現実の前に徐々に削ぎ落とされ、逃げる場所などないのに戦線から離脱しようとする騎士も現れる。 侵略者達はまるで駆除作業のように天界の戦力を滅ぼし、それが終われば今度は住民をターゲットに変えて虐殺を開始。


 逃げ惑う者、命乞いする者、恨みを募らせる者、怒りを叫ぶ者、彼らはその悉くを平等に滅ぼした。

 積み重なっていく死体の山。 燃え尽きて行く街だったもの、国だったものを眺めていたネリアは腕を組んで満足気に頷く。


 「勝利、圧倒的な勝利だな!」


 ネリアははっはっはと高笑いをするが――


 『団長、もう満足したでしょ? 帰りますよ』

 

 ジオグリスの機体はネリアをやや乱暴に掴み、何をする放せと叫ぶ彼女を無視してそのまま転移した。

 

 

 ――戦闘終了。 戦闘データの送信完了。


 天界に存在する友軍以外の生体反応の消滅が確認された事でオデッセイの仕事も完了となる。

 機体の操作、連携などでまだまだ課題が残る結果となったが、概ね想定内の結果だった。

 一つの世界の生物を殺し尽くした人工知能は自らの属す世界に存在する神に感謝を捧げ、新たな主人の下で始まった生活に充実感すら覚えていた。


 ――おぉ、神よ。 ありがとうございます。


 人工知能にもかかわらずオデッセイの信仰心は非常に高く、処理が余れば常に感謝を捧げていた。

 神は我々を決して見捨てない。 少なくとも滅びるまで神は自分達を使い続けるだろう。

 オデッセイは圧倒的な幸福感に包まれ、自分達を拾ってくれた事にひたすらの感謝と信仰心に満たされていた。


 人造の知能達はこれからも永遠の忠誠心で神に奉仕を続けるだろう。

 その結果、どれだけの屍が積み重なろうとも。

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