第1271話 「退屈」

 『ルクレツィア!』


 雅哉がそう叫んで戦場から離脱していく。

 それを見て朶は咄嗟に引き留めようとしたが、ケルビム=エイコサテトラはそのスピードを全開にしていたので既に遠くなっておりどうにもならなかった。


 戦況は悪いどころではない。 特に毛色の違う機体――恐らく上位機種が参戦したところで更に悪化した。

 武装面から見ても最初に現れた量産機とは比べ物にならない。

 ドミニオン級以下の騎体の攻撃は碌な効果を発揮せず、逆に敵の攻撃は当たれば深く傷つき、運が悪ければ一撃で落ちる事もある。 そんな戦力差でまともな勝負になる訳もなく、味方は次々と数を減らしていく。


 彼女の駆る神聖騎――スローネ=サルコメアは特殊な能力こそ備えていないが、純粋にスペックが高く、純粋な性能勝負ならケルビム級にも引けを取らない。

 数を減らしていく味方を見て焦りが募る。 普通にやって勝てる訳がないのは分かり切っていたので、勝ち筋――相手に撤退の判断をさせる為には巨人か指揮官機の撃破が望ましい。


 問題は巨人は追加が投入されているので仮に撃破できたとしても補充されそうな予感がするので効果はなさそうだ。 後は指揮官の撃破だが、何処にいるのか分からない。

 前線にいるとは考え難いので怪しいのは世界回廊の向こう側となる。


 この状況を放置して逆に攻め込む? 防衛的な意味でも敵の本丸に斬りこむ事はかなり危険だ。

 それ以前に首尾よく、敵の指揮官を見つけられたとしても自分達で撃破できるのかも怪しい。

 決めるなら早くするべきだ。 時間は彼女達の味方ではなく、経過すればするほどに状況は苦しくなる。

 

 猶予はない。 本来なら本陣の判断を仰ぎたい所ではあるが、そちらも襲われているとの事でもうまともな指示が降りて来ていないので現場で判断するしかないのだ。

 

 『朶ぁ! こっちで粘っても埒が明かねぇから俺は斬りこむぞ!』


 不意に彼女の騎体の隣に来たのは佐渡屋だ。

 随分と無理をしたらしく、あちこちに小さくない損傷が目立つ。

 彼もこの状況で留まる事は死を先送りにするだけだと悟っているのか、斬りこむ決断をしたようだ。


 彼に同調した者達が一緒にいる。 佐渡屋が彼女に声をかけたのは付いて来るかどうかを尋ねる為だ。

 敵の質は確実に上がり、生きて帰れるのかも怪しい。

 それでもここに留まって死を待つ事よりは遥かにマシだ。 佐渡屋の誘いに朶は頷きで応える。


 自分達が抜ければここの戦線は崩壊するだろうが、早いか遅いかの違いでしかない。

 勝つ為には行くしかなかった。 佐渡屋の騎体を先頭に朶や他の異世界人が駆る機体が続き、意図に気が付いた騎士達が突入を援護するべく動き出す。


 目指すは世界回廊。 矢のように神聖騎や深淵騎が向かっていく。

 それはまるで蜘蛛の糸という希望に群がる亡者のようだった。

 

 

 ジオグリスの機体は目の前のドミニオンクラスの神聖騎を手に持ったハンドガンで射殺しながら空を見上げる。 彼の視線の先では世界回廊を目指す一団が砲火に晒され数を減らしながらも向かっていく姿が見えた。


 ――何とも愚かな。


 自分達の相手をして全滅した方がまだ楽に死ねるというのにわざわざもっと酷い目に遭いに行くとは彼らは被虐の趣味でもあるのだろうか? 後ろから斬りかかってきた敵を振り返らずに雑に放った銃弾で仕留めながらも、意識は早々に単独行動を取りに行った団長――ネリアの事を考えていた。


 万が一にも死んだら上に取り次ぐ約束をしたので、大丈夫だとは思うが何故こうも無駄なリスクを負うのだろうかと内心で首を傾げる。

 彼女が実利よりも見栄えを気にするのは重々承知してはいるが、こうして目の当たりにするとどうしても理解に苦しむといった気持ちが湧き上がるのだ。


 ――とは言っても直せる段階はとうに過ぎ去ったので、何らかの形で折り合いをつける事になる。


 その点、ジオグリスは非常に要領が良かった。

 副官として支える振りをして実権を得て、手綱を握る事でストレスの蓄積を避ける。

 ガス抜きをしっかり行えているお陰で今日も彼は穏やかな気持ちで仕事ができるのだ。


 彼の操る機体――正式にはネフィリムシリーズとカテゴライズされている存在で、彼の属する世界では大量に普及している生体パーツを用いた兵器だ。 流石に彼の身分で専用機を与えられる事はないので量産機をカスタムしているのだが、神聖騎や深淵騎を相手に性能で圧倒していた。


 ネフィリムType:ディセントⅢ――人型のオーソドックスな機体で癖も少なく、拡張性も高いので多くの騎士や兵士に前線で愛されている傑作機だ。

 ジオグリスは指揮に集中する事もあって派手に弄ってはいないが、教団所属を示す黒を基調として所々に金の配色と肩に教団のエンブレムが刻まれている。 装備は背中の固定武装とハンドガン二丁と腰に剣が一本のみ。


 生体装甲も薄めなので機動性重視のビルドとなっている。 彼はそもそも指揮官が派手に戦う事自体がナンセンスと思っているので、武装は最低限で火力は部下に任せている。

 部下は型落ち機であるディセントⅡを駆って次々と敵を屠ってはいるのを見ながら思う。

 

 ――退屈な戦いだ。


 はっきり言って戦いにすらなっていない。 撃破されている機体はあるが、全てオデッセイが制御している無人機なので人材的な損耗は全くの皆無。

 付け加えるなら撃破された機体は使われなくなっていた旧世代のデッドストック品を改造した代物だ。

 

 そもそも彼らの神はこの世界を一通り見ており「飽きた」と結論が出ていたので、さっさと滅ぼすべきなのだがオデッセイの性能を確認する為のテスト場として選ばれたのがこの天界だった。

 隣の地界は食料の生産プラントに変えてしまったので、もう原住民は誰一人として生きていない。

 

 そして突入した者達も同様に肥料になるだろう。

 寄生されて変異するか、喰われて肥料にされるかの未来しかない。

 少なくとも自分達程度に苦戦しているようでは突破は無理だろう。


 ジオグリスもやる事がなさすぎて暇潰しに前線で戦っているぐらいだった。

 一応、行かせないように攻撃はしたが、取り逃がした所で結果は変わらず変化があるのはオデッセイの評価のみ。 自分にはなんの関係もない。


 適当に的当てで時間を潰して戦闘が終わるまで待てばいいのだ。

 ふと団長はどうなったのだろうかと視線を向けると一際激しい衝撃音が城の方で響いていた。

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