第1270話 「高慢」
ラーガスト王国に存在する天界軍の本陣。
戦場から離れていたので比較的安全ではあったのだが、そこにも戦火が及ぼうとしていた。
敵が入り込み、防衛の為に配置した戦力と交戦を開始。 そんな中、ルクレツィアは城で指揮を執っていたのだが――
「通すな! ここを突破されては不味い!」
「神聖騎を呼べ、我々では止められん」
彼女の耳に少し離れた場所から戦闘のものと思われる音が響く。
ルクレツィアはまだ戦闘に参加していなかったので、最初は味方を鼓舞する為に神聖騎を纏っていたが、今は丸腰だ。 異変に気付いた者達が「見てきます」と部屋を出ようとしたが、この状況では指揮どころではない。 この場で戦力になる神聖騎を扱えるのは自分だけだったので、同行しますと指揮所を部下に任せて異変の起こった場所に向かう。
そこは王城のエントランスホール。 上階から見下ろす位置から入った彼女の目に飛び込んで来たのは大量の死体と見慣れない装束を身に纏った女が一人。 雰囲気から騎士と分かる。
手持ちの片手剣以外に武器を持っている様子はない。 驚くべき事に剣一本でここまで来たようだ。
騎士達は迂闊に斬りこめないようで、遠巻きに取り囲んでいるだけだった。
「お待ちなさい!」
ルクレツィアは声を上げる。 目の前の騎士らしき女は明らかに敵側の人間だ。
会話が可能ならどうにか譲歩を引き出すか、交渉の窓口にできるかもしれない。
彼女はそんな思惑もあっての行動だった。
「私はルクレツィア・マグダレーネ・ラーガスト。 このラーガスト王国の指導者にして天界軍の総大将を務めております。 貴女は敵方の騎士とお見受けしますが?」
女はゆっくりとルクレツィアへ視線を向ける。
反射的に何かを言おうとして――固まった後、少し慌てた様子でぶつぶつと何かを呟く。
独り言ではなく恐らく何処かの誰かと何らかの手段で話しているのだろう。
「――名乗って良かったよな? え? これから滅ぼす相手だから好きにしろ? そんな事も分からないのか? う、うるさいな。 確認しただけじゃないか!」
話を終えたのか女は小さく咳払いをすると取り繕ったように表情を引き締める。
「私はオラトリアム教団、混沌騎士ネリア・テウデリク・ヒュダルネス。 お前が大将というなら首を取って私が一番手柄を貰うとしよう」
騎士――ネリアは剣をルクレツィアに向ける。 ただ、剣を向けているだけにもかかわらず、信じられない程の寒気――命の危険が実感として圧し掛かる。
見た目からは想像もできない恐ろしい何かを纏っていた。
「お、お待ちください。 我々に交戦の意思はありません。 可能であればそちらとの話し合いを望んでいます。 どうか上にお取次ぎを願いたいのですが……」
本来なら上から言うべき言葉ではないのだが、彼女の纏う剣呑な雰囲気のお陰で近寄る事は躊躇われた。 ネリアはルクレツィアの言葉に首を傾げる。
「――? 何を言っているんだ? 我々の神がこの世界を滅ぼす事を決めたのだから話し合いもなにもないぞ? 何せお前達が全員死ぬのは既に決まっているからな」
ネリアは決まりきった事実かのようにルクレツィア達に未来はないと告げた。
「それは私達が降伏すると言ってもですか?」
「よく分からん事を言う奴だな。 お前達の降伏に何か価値でもあるのか? どうしたって結果は同じなのにわざわざ命を助けてやる理由もない」
「そこを何とか、何か必要であるなら提供する用意があります!」
必死に食い下がるルクレツィアだが、ネリアはよく分からない事を言うなと噛み合っていない。
「えぇ……。 あるのってどうせ召喚陣とかいう「異世界人誘拐装置」だろ? 似たようなガラクタを持ってる連中なら掃いて捨てる程いたけど、あんまり珍しさは感じないなぁ……」
「せめて話だけでも……」
「しつこいなぁ。 ――あぁ、だったらこうしよう。 私を倒せたら上に掛け合ってやる。 どうだ?」
ルクレツィアは返事に迷う。 本来なら即断するべき内容だ。
ネリア一人を仕留めれば外の軍勢を相手にせずに穏便に事を収められる。
だが、彼女の存在に不吉な物を感じていたルクレツィアは思わず躊躇してしまう。
――それを言ってもいいのかと。
「悩む事か? あぁ、もしかして億、いや兆が一、私を殺してしまった事を考えているのか? だったら安心しろ、私の死体を見せれば話を聞くように通しておいた」
ネリアはルクレツィアの迷いをそう解釈し、勝手に外堀を埋める。
そうなった事で彼女はもう別の手を取れなくなった。 この選択が何を齎すのか。
願わくば生き残るための一筋の光であってほしい。 ルクレツィアは小さく祈り――
「騎士達よ。 その者を殺しなさい」
――そう告げた。
ネリアは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「いいぞ。 無抵抗の敵を殺しても手柄にならないからな! 何ならもっとやる気にさせてやろう!
ネリアを中心に不可視の波動が広がり、その影響を受けた全ての者達が自身に起こった変化に戸惑う。
目の前のネリアから目が離せない。 必ず倒さねばならない。 いや、倒すんだ。
そんな気持ちに突き動かされ、騎士達はネリアへと突撃していく。
権能『
『傲慢』を冠するその能力は思考の狭窄。 術者であるネリアを殺さなければならないと言った強迫観念に近いそれは防御手段を持たなければ絶対の正しさと認識されてなりふり構わずの行動に変換される。
そうなる事で彼らの脳内から「撤退」や「逃亡」の概念は完全に消滅してしまう。
この能力の真髄は敵の退路を完全に断つ事にある。 影響下に置かれた騎士達は勝てないと分かってはいても行かずにはいられなくなり、無謀とも言える行動を取らせた。
それはルクレツィアですら例外ではなく、彼女も自らの神聖騎を呼び出してネリアへと挑みかかる。
「はは、いいぞ! 戦いとはこうでなくてはな!」
ネリアの腕が霞み、騎士達は自分が何をされたかも自覚できずにバラバラになって散らばるが、生き残った者達は仲間の無残な死に様に恐怖や動揺すら抱けずただひたすらにネリアへと向かっていった。
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