第1266話 「安定」

 神聖騎が次々とラーガスト王国に集まり、前線拠点が凄まじい勢いで築かれる。

 地界崩壊の報を受け、急ピッチで迎撃準備が進められていた。

 現在、世界回廊は沈黙を保っており、動きはない。


 偵察を送り込む案が持ち上がったが、それで地界が滅んだ事を考えると軽々に行えなかった。

 もしかしたら最初は交渉になるかもしれないといった淡い期待もあったので刺激するような真似は避けるべきと判断されたのだ。 地界の生き残り達にも協力させるつもりなので彼らの深淵騎も神聖騎に混ざって作業に従事していた。


 最初に天界へと渡って来た者達の後にも地界から逃げて来た者達は現れ、総数は千を軽く超えていた。

 いや、千しかいないと言い換えるべきかもしれない。 本来ならその数百倍の騎体が居たのだ。

 天界の王達は最初から勝てる訳がないと悟っていた。 そもそも地界にすらまともにやって勝てない彼らがそれを容易く蹂躙する者達相手に勝てる訳がない。


 敵の本拠へと奇襲をかけるにも地界を経由しなければならないのだ。

 はっきり言って可能不可能を論じる事すら馬鹿らしい。だが、だからといって素直に滅ぼされてやる訳にもいかない。


 彼らは迫りくる脅威に備えるべく、やれる事をやろうと行動する。

 そんな中、雅哉は唐突に変わった状況に理解が追いつかず、ぼんやりとどこか他人事のように状況を見つめていた。 彼の神聖騎は形状から運搬作業以外には不向きなので、比較的ではあるが手が空き易かったのだ。 その為、こうして空いた時間に遠くで行われている作業を見つめていた。


 ルクレツィアも神聖騎を駆り、精力的に働いているのが見える。

 

 「サボりなんていいご身分ね」

 「ちょっと前まで働いてたんですよ」


 現れたのは手簀戸だ。

 声には覇気がなく、表情には憔悴が浮かんでいた。

 地界から逃げて来てからずっとこの調子だ。 最初に会った時とは完全に別人といえる程の代わり様だった。


 「そっちこそどうなんです? 向こうを手伝うとかはしないんですか?」

 「私の深淵騎見たでしょ? 完全に戦闘用で作業には不向きだから今は戦力外。 出番は敵が来た時になるんじゃない?」

 「そっすか」

 

 手簀戸は大きな溜息を吐いた。


 「溜息ばっかりっすね」

 「そりゃそうでしょ。 あの穴から何かが出て来た時点で私の人生終わりなんだからため息もつきたくなるわ」

 「いや、そうと決まった訳じゃないでしょ」

 「私はほぼほぼ決まってると思うけどね。 あんな悍ましい化け物を繰り出してくる連中がまともな交渉なんてする訳ないじゃない」


 最初から全てを諦めている手簀戸の口調に雅哉はやや表情を険しくする。


 「手簀戸さん。 あんたが向こうでどんな酷い物を見たのかは知らない。 でも、諦めるのは良くないと思う。 俺達はまだ生きてるんだ。 きっと何か手があるはず」

 「はは、言うね。 あの化け物達と出くわして同じ事が言えるなら君の言葉を信じるよ」


 手簀戸はできる訳がないと言わんばかりにそういって視線を遠くへ向ける。

 諦観しか感じられない口調の彼女に雅哉は掛ける言葉も見つからず、黙っている事しかできなかった。

 



 近代的なデザインの廊下があった。

 そこを一人の女が歩く。 見た目の年齢は二十前後、やや幼さが残っており、肩まで伸ばした髪を一纏めにしていた。

 服装は黒を基調とした軍服のようなデザインの衣装に腰には剣。

 

 足取りは軽く、握った拳には力が籠っていた。

 目的の部屋へと入ると彼女と似た服装をした者達――中にはゴブリン等の亜人種や形容しがたい姿をした異形の生物も混ざっている。 彼らはしっかりと整列し、次の指示を待っていた。


 女はうむうむと満足げに頷くと両手を大仰に広げて、やや芝居がかった振る舞いで言葉を発する。


 「諸君! 喜びたまえ! ついに、つ・い・に! 我々の出番だ!」


 並んでいた者達は互いに顔を見合わせ――力なく「おー……」と拳を上げる。

 

 「声が小さい! 覇気が足りない! 何だよ、お前達嬉しくないのか!? ようやく我々が大きく活躍できる機会が巡ってきたんだぞ!」

 「あの……団長? お気持ちも分かりますし、気合が入るのも分かりますが、ぶっちゃけ我々ってそこまで手柄にこだわってないんで活躍させてやると言われてもちょっと……」


 そう口にしたのは女と同年代ぐらいの男。 軍服をきっちりと着こなし、真面目そうな印象を受けるが、吐き出す言葉は見た目とは真逆だった。


 「ジオグリス! 貴様、それでも私の副官か!」

 「はい、まぁ、一応、そうですが」


 男――ジオグリスの言葉に団長と呼ばれた女は声を荒げる。


 「そこは胸を張ってそうですという場面だろうが!」

 「そっすね」

 「何だよぉ……。 私の下は不満なのかよぉ……」


 団長はジオグリスの素っ気ない態度に肩を落とし、目尻に少しだけ涙を浮かべる。

 

 「はい、団長のテンションが落ちた所でブリーフィングを始めましょうか」

 「えぇ!? 何でぇ!? 何でだよ!?」

 「いや、団長ってテンション上げていくと大抵失敗するからこうやってクールダウンさせとかないと」

 

 団長は何かを言いかけ――自分の過去の失敗を思い出してがくりと肩を落とした。

 ややあって気を取り直したのか、深呼吸して背筋を伸ばす。

 

 「……ジオグリスには後で罰を与えるとして、これから任務の詳細を伝える」


 団長の言葉にジオグリスが頷くと彼女の背後に立体映像が映し出される。

 球状の何かの内部に複数の大陸らしきものが浮かんでいた。


 「オデッセイによる内部のスキャニングは完了しているので後で自分でも確認するように。 目的は殲滅で、特に確保するような物もないので気を使う必要はないから思いっきり暴れられるぞ。 敵戦力は融合召喚型の天使と悪魔だ。 セラフィムクラスの個体は過去には居たらしいが現状では確認できていない。 居ない可能性が高いが、確実ではないので油断する事のないように」


 団長がパチンと指を鳴らすと複数の光点が出現した。


 「敵の主力は大した事はないが、セフィラは別だ。 どこまで使いこなしているかは何とも言えないが、に押される程度なら、そこまでではないだろう。 ジオグリス、戦力評価は?」

 「総合評価Fと聞いています」

 「F? 低いなぁ……。 あ、知ってると思うけど、十段評価の九番目ね」


 団長はまた肩を落とした。 彼女の部下達はテンションの乱高下には慣れているので、特に何も言わないが思っている事があった。


 ――団長のキャラはいつになったら安定するのだろうかと。

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