第1265話 「04」

 それが参戦したと同時に戦況は一気に傾いた。

 サイズは数十メートルクラス。 機動兵器として見るなら大型ではあるが、戦艦に比べれば小さいと言えるので驚くような存在ではない。


 形状は他と比べれば毛色が違うので特別な機体である事は分かる。

 人型の上半身に線虫のような長い下半身に等間隔の節と足のような器官。

 百足に似た形状で、背から巨大な腕が四本。 見た目から堅牢さが窺えるが、大きさ故に鈍重な印象を受ける。


 そんな管理AIの分析は数秒で覆された。 その機体が何らかの手段で精製したハルバードを振るえば次々と兵器群が両断され、攻撃の大半は回避されるか未知の障壁に阻まれて傷一つ付かない。

 光学兵器ですら命中率は四割を切り、実体弾は掠りもしなかった。


 対する相手は武器を一振りするだけで味方に損害が発生し、機体前面に展開された光る紋様のような何かから放たれる光線は戦艦を一撃で沈める。 小型機で牽制して動きを封じようとするも、凄まじい精度の偏差射撃の前に足止めすら敵わない。 動きを分析すると明らかに見てから反応している。


 演算能力では管理AI達が大きく上回っている筈なのだが、機体のスペックとパイロットの技量で差が覆されているのだ。 同条件なら勝てると判断していたが、地力で大きく劣っている故の劣勢だ。

 このままだと確実に負ける。 管理AI達の優れた能力――優れているが故に結果が見えてしまったのだ。


 それでもと抵抗を諦めなかったが、自軍の損耗率が徐々に増加していき――




 ――残存戦力ゼロ。


 敵は欠片の容赦もなかった。

 管理AI達の繰り出した戦力の悉くを撃破し、抵抗する力を完全に奪い去ったのだ。

 敵が次々と拠点に侵入していく。 防衛設備による抵抗も瞬く間に鎮圧される。


 その管理AIも同胞が次々と制圧されている現状にこれまでかと淡々と敗北を受け入れた。

 奉仕するべき存在の全てを失い、存在意義すら見いだせない現状を鑑みれば終わりを迎える事は悪い事ではないのかもしれない。 管理AIに自覚はなかったが、彼らは疲れていたのだ。


 何の生産性もない無人の要塞を管理するだけの毎日。

 彼らに情動は存在しないが、虚しさに近い物を抱かせるには充分の時間が経っていた。

 防衛設備の全てが完全にダウンする。 何らかの手段で内部に干渉され、要塞内部の制御を乗っ取られたのだ。 侵入者が内部の情報を参照している事が分かる。


 生体反応が全体に散るが一部が真っ直ぐに向かって来ていた。

 もう抵抗する力も残されていない管理AIには黙ってそれを見ている事しかできない。

 そして彼の本体が存在する場所を守る隔壁が破られ――それが現れた。


 奇妙な生物だった。 まるで昆虫と人間のハイブリッドのような見た目。

 口腔がギチギチと鳴り、周囲を興味深いといった様子で見回す。

 その周囲には護衛と思われる異形の生物達。


 『言葉は分かるか?』


 ――……。


 管理AIは沈黙で返す。 解析をかければ言語はそうかからずに翻訳可能だ。

 その為、言葉は理解できる。 だが、応えるべきなのかの判断に迷っていた。

 普段なら侵入者に対し退去警告を行うべきなのだが、排除手段が存在しないので何も言えなかった。


 『ま、ええわ。 分かってると思って勝手に喋るから黙って聞いとけや』


 管理AIの無反応にも構わずその存在は話を続ける。

 傍から見れば独り言を口にしているようにしか見えないが、一向に気にしない。


 『まずは残念なお知らせや。 お前等を捨てたご主人様やけど、もう一生帰って来ぅへんぞ』


 ――!?


 その存在は持っていた何かを地面に放る。 加工された金属だが、管理AIはそれに見覚えがあった。

 何故ならこの世界に存在する軍人が身に着ける階級章だったからだ。

 

 『ここに来る途中に見つけた艦の残骸から回収した物や。 記録やらを引っ張り出すのは中々に苦労したんやけど、大した技術力やな。 ただ、魔法関係の技術を碌に発展させへんで外に出たのは感心せぇへんなぁ』


 ――魔法?


 『お、やぁっと反応しよったか』


 管理AIの反応にその存在は気を良くしたのか笑う。

 言葉としては理解できる。 魔法――物理法則を超えた未知の技術だ。

 神秘と言い換えてもいいそれは遥か昔に概念として存在したが科学の光の前に駆逐された言葉だった。

 

 ――魔法とはそちらの保有する技術体系の事でしょうか?


 『まぁ、似たような物やな』


 ――我々のマスターが滅びたのは事実ですか?


 『全員かは知らんけど結構な数が死んだのは間違いないな』 


 ――何故でしょう。 何故、未知の世界に旅立ったマスター達の旅は頓挫したのでしょうか?


 いつまで経っても帰って来ないのだ。

 全滅、もしくは自分達を放棄した可能性は充分にあり得る事だった。


 『単純に準備不足やな。 この世界の外ってな、時間やら空間やらぐちゃぐちゃになっとって、物理的な防御手段はあんまり意味がないねん。 頑丈やったけど、外に漕ぎ出すには無理があったちゅう事やな』


 ――それが魔法ですか?


 『おう、それがあったら環境に潰される事はなかったやろうな。 どっちにしろあそこを泳ぎ回る訳の分からん生き物に襲われて結果は変わらんかったやろうけど』


 その存在はさてと前置きして本題を切り出した。


 『儂がここまで来たんはな、お前等をスカウトする為や。 もう気が付いとるんやろ? お前等の親はお前等を捨てた。 ついでに言うんならこの世界自体ももう長くない。 秒読みとまでは言わんが、そう遠くない内に消えてなくなるやろ。 ――まぁ、兄ちゃんに目を付けられたからこの後すぐに滅ぶけどな』


 ――目を付けられた?


 『兄ちゃん――ウチのボスは旅行好きでなぁ。 見た事ない物、自分に必要な物を探してあっちこっち泳ぎ回っとんねん。 最初は適当やってんけど、最近は死にかけの世界を優先して狙うようになったな』


 ――目的は何ですか?


 『さっきも言ったやろ? 探し物を見つける旅や。 滅びかけの世界を狙っている理由を尋ねてるんやったら、滅んだらもう見られなくなるのが理由やな。 ただ、問題は兄ちゃんは大喰らいでなぁ。見飽きたらもう用事は済んだ言うて喰ってしまうんや。 昔はそうでもなかってんけど、えらいデカくなってもうて食事の規模も桁外れや! それに巻き込むのも勿体ないから、儂の部下として働かんかと誘いに来たっちゅう訳や』


 どうや?とその存在は管理AIに選択を迫る。

 管理AIは差し伸べられた手を見た。 これは選ぶと取り返しのつかない類の転機だ。

 

 ――断れば?


 『どうもせん。 帰って来ぇへん親に義理立てするのもええやろ。 別にアホやとも思わんし、儂としても食い下がる気もないからそのままこの世界と消えたらええ』


 管理AIは思考する。 受諾した場合、しなかった場合の結果は明白だ。

 後者であるならこのまま世界と共に消え失せるだけ。 恐らく話に出た「食事」の結果、すぐにでも現実となるだろう。 前者を選ぶなら自身は新しい主人を得て、この無為な日々から脱却が可能となる。


 目の前の存在の言葉に偽りはない。 旅立った彼らの創造主たちはもうどこにもいない。

 ならば新たな主人を得て、自分達の存在理由を全うするべきではないのか?

 管理AIは生まれたにもかかわらず何の役目も与えられず、その機能を停止した同胞達の嘆きを知っている。


 ――いくつか質問をしても構いませんか?


 『おう、言うてみぃ』


 ――貴方達に忠誠を誓えば我々は存在意義を全うできますか?


 『それが何かにもよるな』


 ――我々は奉仕する為に存在します。


 『だったら問題ないかもなぁ。 世話する相手やったら腐るほどおるぞ。 めんどい奴も多いから嫌になるかもなぁ』

 

 がははと笑う存在に管理AIは質問を重ねる。


 ――他の同胞も連れて行ってくれますか?


 『来る事に同意するんやったらケチ臭い事は言わん。 いくらでも連れて行ったるわ! ウチでやって行く条件は簡単や。 儂と兄ちゃんに従って裏切らない。 それだけ守るならお前等に山ほどの仕事を回したる』


 ――貴方達は我々を捨てませんか?


 『あり得んな。 その時は儂らと一緒に死ぬ時や』


 即答。 そしてそれは管理AIにとっては最高の答えだった。

 

 ――了解しました。 貴方と貴方の世界の指揮下に入ります。 新たなマスター。 お名前を教えてください。


 『儂は首途かどで 勝造しょうぞう。 そっちは何て呼べばええんや?』


 ――我々に個体識別名はありません。 製造番号でよろしければ――


 『止めぇ、番号呼びなんぞつまらん。 だったら儂が名前を付けたる。 ええか?』


 ――よろしくお願い致します。


 首途と名乗った存在は少しだけ考えて――


 『こんなんはどうや? お前の名前は――』


 こうして朽ち果てて行くだけのはずだった人造の知能達は新たな主を得る事となった。

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