第1261話 「課題」
「クソッ、マジで勝てねぇ……」
息を切らせた雅哉はその場で大の字になって倒れる。
場所は戻って基地の一室。 その様子を見て朶は少しだけ得意げに笑う。
「ま、スペック差があっても腕で充分にカバーできるって証拠ね」
そうは言ったが割と危ない勝負ではあった。 結果こそ雅哉の敗北ではあったが、回避に徹してのガス欠狙いだったので実質、自滅だ。
朶は改めてケルビム級の恐ろしさを実感し、格が落ちる自分には一層の努力が必要だと決意を新たにする。
その後も何戦か行ったが全てが同じ結果に終わった。
「――取りあえずケルビム=エイコサテトラを使いこなす所から始めたら? どれだけ強くても扱えなければ宝の持ち腐れだよ?」
「あー……そうだよなぁ……」
突撃一辺倒では初見の相手ぐらいにしか効果がなく、同格なら初見ですら対応される。
雅哉は手簀戸の時は運が良かったのだと感じて少しだけ気持ちが落ち込んだが、改善の余地があると前向きに考える。
これは実戦ではなく訓練だ。 学びの機会を得たと喜ぶべきなのだ。
雅哉は気持ちを切り替えると脳裏で何故負けたのか、どうすれば勝てたのかを何度も反芻した。
ケルビム=エイコサテトラの長所はスピードだ。
それを最大限に活かせる攻撃手段は体当たり。 ここまではいい。
実際、間違ってはいないはずだ。 問題はそれを扱う雅哉自身の技量が低いので上手に当てる事ができない。
神聖騎、深淵騎の中でも最高峰のスピードは他の追随を許さないとルクレツィアも言い切った。
だが、それ故に非常に燃費が悪く、朶との模擬戦では逃げ回られてガス欠で沈むといった無様を何度も晒した。
朶と別れ、宿に戻った雅哉はベッドに寝転がりながらぼんやりと自らに必要であろう課題への対策を練る。
神聖騎の使用は非常に消耗するので日に何度も練習できないのも痛かった。
その為、もっぱら脳内でシミュレーションして訓練の機会に試すのだ。
「うーん。 こればっかりは何度も練習しないと駄目かぁ……」
神聖騎は個体差が強く、自身の専用騎となるので最適解とも呼べる戦い方は試行錯誤を繰り出して自分流を生み出すしかない。
「この旅が終われば決戦……か」
思わずそう呟く。
一通り回り、ルクレツィアの居るラーガスト王国へ戻れば準備の為の期間を経て地界へ突入となる。
決めた以上は最後までやり切るつもりではあるが、不安は付いて回る。
自分の中の弱気が寝返った方がいいんじゃないか? 今なら間に合うかもしれないぞと囁くが、首を振ってその考えを追い出す。
ルクレツィアの為に叩くと決めた時点で、覚悟は決めている。 彼女のあの縋るような眼差しに応えなければ男ではない。
――そして生き残ってあわよくば……。
「おいおい、何を考えてるんだ」
パパバシリオにも言われた事だ。 王族は異世界人と関係を結べない。
だったら、彼女を連れだして何処かへ行くか? 世界を救った英雄で報酬は思いのままともいわれた以上、彼女を求めても問題はないと雅哉は思っていた。
山埜和 雅哉という少年は選ばれし勇者ではあるのかもしれない。
だが、精神性は勇者には遠く、単純な動機に突き動かされ状況に流される程度の物でしかなかった。
指摘されても認めはしないだろう。 大仰なお題目を並べてはいるが、結局の所、彼がこの天界に力を貸す理由はルクレツィアという美しい姫に恋をし、いい所を見せたいだけだったのだ。
彼女の為にも俺は負けないと雅哉は何度目になるか分からない覚悟を決める。
それはまるで自分に言い聞かせるようだった。
やや赤みがかった空を見上げ、手簀戸 照喜名は小さく溜息を吐いた。
彼女が今いるのは住居として割り当てられた一室だ。
視線の先では次々と巨大な飛行船が行き交っている。 これから始まるのは最後の大攻勢だ。
今までの偵察で敵の戦力構成はほぼ把握した。 新たな召喚者というイレギュラーはあったが、誤差の範囲内だ。 戦力差を考えれば天界に勝ち目はまずない。
視線を遠くへ向ける。 空には巨大な穴――世界回廊とその先に見える青い惑星のような天界。
どういう理屈か分からないが、世界回廊で繋がっているから別の異世界でも視認できるらしい。
日本での感性で見るなら単に別の惑星なのではないかと思うが、世界回廊が出現する前は見えなかったと聞いている。
手簀戸からしてみれば自分達が呼び出された原因なので、忌々しい穴でしかなかった。
彼女は異世界転移だの転生だのには欠片も興味はなく、日本に帰る事だけが望みだ。
だが、呼び出した連中は戻す方法はないとほざき、力をお貸しくださいと図々しくも要求をする。
手簀戸はこの世界が大嫌いだった。 世界ぐるみで他所から人間を拉致して人生を奪い、尊厳を踏みにじる。 一言で形容するならクズだ。
そしてその原因を作った天界はそれ以上のクズだった。
どこまでが本当なのかは不明だが、元々練度の高さから地界はかなり優位に事を進めていたようだ。
負けそうになった天界は大量の日本人を召喚して戦力の拡充を図り、押し返そうとする。
召喚された日本人が操る神聖騎のスペックは圧倒的で、戦闘に関しては素人でしかない者達が地界の精鋭を圧倒していく。 それに危機感を覚えた地界も同様に日本人を召喚、こうしてこの戦争は無関係のはずの異世界人を巻き込んで泥沼化したのだ。
皮肉な事に条件が同じになった事で地力で勝る地界の優勢は揺るがず、天界は早々に再び劣勢となる。
それを聞いた手簀戸はくだらないとしか思わなかった。 結局、天界がやった事は他所を巻き込む原因を作った挙句、敗北を先延ばしにしただけ。 自分達は完全に巻き込まれ損だ。
地界と天界で言うなら地界は比較的ではあるが、マシではある。
何せ優勢なのだから。 こちらも天界と同様に空中に浮遊している大陸で構成されているが、統一国家として纏まっている。 完全にとは言い難いが天界に比べれば結束は強く、一枚岩といえた。
戦争が終わればそれなりの地位を得て人生は安泰と口にする者も多い。
確かに終わった後には可能な限り望む報酬を約束するとこの世界の王は言った。
人殺しなど好き好んでやりたくないので手簀戸はこの戦いが終わればさっさと引退するつもりだ。
支給される年金でのんびりと過ごしながら元の世界に戻る手段を探す。
この世界の者達には欠片も期待していないので、帰りたいなら自分の力でなさなければならない。
手簀戸は小さく溜息を吐いて空から視線を切った。
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