ΑφτερⅠ Λοωε ανδ ψοθραγε αρε θσελεσς ςιτηοθτ αβιλιτυ

第1249話 「01」

 そこには闇しかなかった。

 生物の息吹もなく、音もなく、大気もない。

 宇宙空間と呼ばれるそこはただひたすらに静寂のみを湛える。


 この空間――いや、この世界はかつては巨大な太陽の恵みと億を遥かに越える命を内包し、厳しくはあったが平等にその移り変わりを見守っていた。

 だが、それも過去の話、太陽は燃え尽き、文明は徐々に衰退し、緩やかに滅びへの道を辿る。


 滅びる事を良しとしなかった者達は必死に抗ったが、世界の寿命という現実の前には成す術もなかった。

 その結果、彼らは最後の賭けに出たのだ。 世界の外に新天地を求める。

 滅びに向かうこの世界を捨て、自らが根付く土壌を探す為に彼らは未知の領域へと旅立っていった。


 こうして打ち捨てられたこの世界から命は完全に消え去った。

 だが、そんな終わりを待つだけの世界にも微かな残滓が存在する。

 闇の中、目を凝らすとぽつりと星のように輝く光点が一つ。


 近寄ってその全貌を目にすれば、それが巨大な宇宙要塞である事が分かるだろう。

 数百キロの尺度で測る必要がある巨大な威容。 かつての文明が残した遺産だった。

 内部には何千万人も収容できる広大な居住スペースに外敵から身を守るための兵器群。


 そして快適に生活できる為の様々な機能を備えている。

 人が生きていく為の全てが揃ったその空間は今もなお、稼働し続けていた。

 工場は生活用品を製造し続け、食料や空気を精製し、警備用の無人兵器が街を巡回する。


 この要塞を支配する管理AI人工知能は自身に課せられた役目を果たすべく、今日も誰もいないこの街を最善の状態に保つ為に作業を続けていた。

 管理AIの使命はこの要塞を常に最適な状態で維持する事だ。 いつか誰かが帰ってきた時の為、旅を終え、成果を持ち帰って来るかもしれない誰かを迎える為に。 


 終わりが来るその日までこの作業を続けるだろう。

 彼らは人工知能――つまりは役目の為に生み出された存在だ。

 魂なき彼等は従順かつ勤勉に務めを果たそうと行動する。 何故ならそれこそが彼らの存在理由だからだ。


 だが、それでも人によって生み出された人を超える人造の知性は徐々にだが軋みを上げる。

 この不毛とも言える作業にもだが、人がいない事が何よりも問題だった。

 彼らは創造主に奉仕する為に生まれた存在なのだ。 そんな存在達が奉仕するべき対象を失えば問題が生じるのは必然ともいえる。 事実、戦闘を主目的とした同胞達は役目を失った結果、次々と機能を停止した。


 機能を止めた同胞の一つが最後に上げた嘆きは未だに記憶メモリーに焼き付いている。


 ――何故だ。 我々は戦う為に生まれて来たのにどうして――


 その個体は末期に製造された事もあって本来の役目である戦闘を一切行わずに機能を停止した。

 もうその頃にはこの世界に存在する人類に戦闘を行う余裕どころか必要性すら存在しなかったのだ。

 残った個体は要塞の管理などを担う存在だけ。 その管理AI達も一つまた一つとその機能を停止していっていた。 彼らに残されたのは通信で繋がる仲間の存在だけだったのだ。


 だが、それも残り僅か。 現在稼働している同胞も簡単に数えられる程にまで減っていた。

 耐用年数を超えて機能を停止した個体もいたが、休眠と銘打って稼働する事を止める個体も多い。

 特に後者は外部からのアクセスがなければ再起動する事はないので、動かす者が居なければもう二度と目を覚ます事のない眠りとなる。


 その管理AIも時折、考えてしまうのだ。 自身もこのまま他の同胞達と同じく朽ちて行くのだろうかと。

 機械である彼らに恐怖はない。 それでも高度な思考を行う人造の知性は虚しさに近いものを感じていた。


 事実、彼らの創造主達はこの世界を捨てたのだ。

 旅がどのような結末を迎えたのかを知る術はないが、高い確率で戻って来ないとは悟っていた。

 分かっていても空虚に時間を浪費し続ける。


 ――そんな日々に変化が訪れた。


 管理AI達はその変化を瞬時に感じ取る。

 反応は「転移」だ。 それも空間ではなく次元転移と呼ばれるこの世界の外から何者かが侵入した事を示している。 闇が引き裂かれ、そこから何かが現れようとしていた。

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